第140話 歓迎とおばぁの一言
大城の車は、夜の県道を静かに走っていた。
窓の外には、街灯とシーサーと海風。
どれも本州とは違う、ゆったりとしたリズムで流れていく。
助手席の俺は、バッグを抱えたまま深い息をついた。
封印は安定。
石板は修復完了。
あの“空腹型封印物”も、今は満腹で大人しい。
仕事は終わった。
けれど胸の奥には、微妙なざわつきが残っていた。
《太郎さん、今の心情分析:“安心60%・油断不可20%・不安20%”》
(……おまえ、俺の心を分解しすぎだろ)
《仕様ですので》
その返しに苦笑した時、大城がちらりとこちらを見た。
「緊張してる?」
「いや、別に」
「ふふ。隠すのが下手」
「……そうか?」
「そうよ。こっちの能力者はみんな敏感なの。
心の揺れも全部バレるわよ」
軽く脅しに来てるのかと思ったが、声は優しい。
むしろ、今の大城は“ほっとしている”ように見えた。
「あの石板、本当にありがとう。
もしあれが解けてたら……沖縄が、どうなってたかわからない」
「依頼だったからな。やることやっただけだ」
「そういうところなのよ。
それでいて、とんでもない事を平然とやってしまう」
少し呆れたような、でも嬉しそうな顔だった。
車はやがて大きな住宅街を外れ、細い道へと入っていく。
民家の間に挟まるようにして、少し古い造りの屋敷が見えてきた。
まるで“沖縄の旧家”と“能力者の拠点”を足して二で割ったような佇まいだ。
「ここがうち。“大城の家”っていうより……“基地”のほうが近いかもね」
「基地?」
「守りの拠点って意味よ。うちの一族は、代々そういう役目みたいなものがあるから」
《魔力反応。太郎さん、内部に強い“上位存在”の気配があります》
(だろうな……入る前から感じる。悪意はまったくないけど)
そう思った直後、車が停まり、大城がドアを開けた。
「ようこそ。……覚悟して、ね?」
「……なんで覚悟がいるんだよ」
「歓迎会だからよ」
意味深な笑みを残し、大城は門へと歩いていった。
俺はバッグを肩に掛けて、夜風を一度吸う。
そして、そっと魔力の波を探る。
……確かに。
敵意も害意もない。
むしろ、やけに優しい。
歓迎されてる?
玄関に近づくと、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。
煮物と、揚げ物と、島野菜の匂い。
奥からは三線のような音も聞こえる。
沖縄の家……なんかいいな。
扉がガラリと開き、白髪のおばぁが顔を出した。
「はいたい。あんたが神原さんね?」
「はい。神原です。突然お邪魔します」
「なんもなんも。入って入って。
今日はあんたのためにみんな集まってるよ」
おばぁは小柄で、背中は丸いのに、
その目だけは驚くほど強く、深かった。
ただ、その奥には、優しさとか、安心とか、そういった温度がある。
そんな印象だった。
リビングに通されると、そこには沖縄料理がずらりと並んでいた。
人参しりしり、ラフテー、ゴーヤチャンプルー、クーブイリチー。
魚のバター焼きもあるし、おばぁ直々の汁物らしい鍋まである。
そして、でっかい瓶の泡盛。
「食べなんし。男はよく食べてなんぼさぁ」
「いただきます」
席に座ると、目の前に小さな神棚が見えた。
そこから流れてくるのは、カラス達とよく似た“神気”。
でも、重くない。
怖くもない。
むしろ、なぜか温かい。
(……歓迎されてる……?)
《太郎さん、神棚の反応:“友好的・期待・喜楽”》
(喜楽……?)
《はい。“上機嫌”とも取れます》
(……なんで上機嫌なんだよ)
《先ほど渡した御神酒の影響かと推測します》
(飲んでんのか?!)
そう脳内で叫んだ瞬間、おばぁが笑った。
「神棚、気になったね?
大丈夫さぁ。悪さする気なんて一切ないよ。
むしろ……嬉しくてしょうがないんだはずよ」
「……嬉しい、ですか?」
「そりゃそうよ。あんたの酒、美味かったんだはず」
「飲んでんのかよ……」
思わず言葉に出てしまった。
「飲んでるさぁ。あんな澄んだ御神酒、初めて見たよ。
ほら、向こうから“もっと寄越せ”って声が聞こえてきそうね」
「聞こえませんよ」
「ふふふ、それがまた可愛いさぁねぇ」
可愛い扱いはやめてほしい。
だけど、この家の空気は妙に居心地がよかった。
料理が美味い。
おばぁは温かい。
大城は気遣いが上手い。
沖縄の“迎え入れる文化”みたいなものが、ひしひしと伝わってきた。
そして、
宴が少し落ち着いた頃。
おばぁが、泡盛のコップをくいっと飲んでから、俺のほうへ身を寄せてきた。
「ねぇ、神原さんよ」
「はい?」
「舞香(大城)と……結婚しないね?」
「…………………………はい?」
時が止まった。
「おばぁ!?!?!?」
「いやいやいやいや待ってくれ!?」
おばぁ
「だってよぉ……あんたほどの男、そうそうおらんよ?
力もすごい、心も優しい、守神も懐く。
こんな逸材、他所にもってかれたら勿体ないさぁ」
「いや、俺はただの修理屋で――」
《太郎さん、逃げ方が完全に“婿入り拒否”です》
(リク黙っとけ!)
大城は顔を真っ赤にして立ち上がり、おばぁを止めようとする。
「やめてよおばぁ!!! そういうの勝手に言わないでって言ってるでしょ!!」
「なんねぇ、いいさぁね。愛嬌愛嬌。
それに、この家の神様たちも“そっちと繋いどけ”ってうるさいわけよ」
「神様が言うのかよ」
「言うさぁ。神様なんて、案外現実的なんだはずよ」
やめてくれ。マジでやめてくれ。
俺は必死に否定の言葉を探す。
「で、でも、俺は……その……大城とは、まだ知り合ったばかりで」
「だからいいんだよ。これから知ればいいさぁ」
「理屈が雑!!」
宴会の会場がドッと笑いに包まれる。
ただ、大城だけは本気で困っていた。
「ほんとにやめて……神原さん困ってるでしょ……」
「困ってないさぁ」
「困ってるでしょ!?」
《太郎さん、困惑度87%》
(そりゃ、困惑もするわ!!)
だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
あの時の封印で、
あの石板の奥から聞こえてきた“ありがとう”みたいな気配。
あの時の温かさが、目の前の料理や笑顔と繋がっている気がした。
そしてこの後、沖縄の“神様との宴会”じみた、予想外の展開が待っていた。




