第14話 「筋肉ターボは難易度高すぎる」
朝、目覚ましが鳴る前にふわっと目が覚めた。
体が軽い。肩も腰も痛くない。昨日までのあの鉛みたいな疲労感が、まるで夢だったかのように消えている。
「……やば、これがセルフヒールの本気か……」
布団の上で手足を伸ばすと、背中も今日は静かだ。
今までの俺は、朝起きた瞬間がすでに“疲労スタートライン”だった。
ベッドから立ち上がるのに「よっこらしょ」と声を出さないと動けない日々。
現場仕事をやってるのか、ただ体を壊しに行ってるのか、よくわからない状態が何年も続いていた。
今日は違う。
目覚めた瞬間から体が軽い。
まるで10年前の若い頃の体に戻ったみたいだ。
「この調子で毎日いけたら、腰の爆弾ともサヨナラできるかもな」
スマホからリクの声が響いた。
『生存率が上がりました。しかし魔力量は小さいままです。過労死リスクは依然として高めです』
「……朝からそれはやめよ?気持ちが落ちる」
でも正直、俺もそう思う。
魔力を増やせれば、もっと楽に生きられるのは間違いない。
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夜。現場から帰宅した俺は、ため息をつきながら作業着を脱いだ。
今日も重い鉄骨を手作業で動かすことになった。
クレーンのスケジュールが詰まっていて、結局人力で搬入。
おまけに上司が「ほら太郎、頼むよ!若いもんに負けるな!」とか言いやがる。
心の中で(俺もう若くないんだわ……)とつぶやきながら、なんとか一日を終えた。
「なぁリク。次は身体強化魔法を覚えたい」
『理由を聞いても?』
「重い資材を軽く持てれば、残業も減るし体も壊さずに済むだろ? 今のままだとマジで腰が爆発する」
『習得可能ですが、失敗すれば大怪我のリスクがあります』
「もうボロボロだから今さら驚かん」
『その発言がすでに過労死予備軍です』
「……お前の言葉選び、ほんとなんとかならん?」
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リクが説明を始めた。
『筋肉は通常30〜40%の力しか使われていません。
脳が安全のためにリミッターをかけているからです。
魔力を神経信号に上乗せし、リミッターを少し外せば、筋肉の本来の力を引き出せます』
「火事場の馬鹿力ってやつか?」
『それです。筋肉は神経からの電気信号で動きます。
魔力を使えば、この信号を強化できます。
具体的にはカルシウムイオンの放出を促進し、筋繊維一本一本がより強く収縮するようになります』
「おお、ちょっと理科っぽくなってきた」
『ただしやりすぎれば筋繊維が裂け、腱が耐えきれず関節が壊れます。
現代医学でいう“急激な負荷破壊”と同じです』
「……聞くだけで怖いわ。現場で暴発したら救急搬送コースだな」
『安全第一でお願いします』
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俺は深呼吸を繰り返した。
炉を意識し、体の奥の火種を感じる。
骨を一本の支柱と考え、その中心に光の柱を通すイメージを作る。
筋肉一本一本に電気ケーブルを張るように、魔力の道を丁寧に敷いていく。
バキッ。
「あっ、やっべ!」
ペットボトルを握っただけで潰し、中身が床に飛び散った。
『右腕だけ過剰強化です』
「これ……右腕だけパワーおじさんじゃん!」
『検索結果ゼロ件です』
「そういう時は黙っててくれ……」
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二回目。足に魔力を送って軽くジャンプ。
ドガンッ!
「うわぁぁっ!?」
天井に頭をぶつけ、着地で壁に膝を打ちつける。
『破壊神の素質がありますね』
「そんな素質いらんて!現場でやったら労災一直線だぞ!」
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三回目。全身に一気に魔力を回す。
結果、肩と背中だけが暴走し、前のめりに倒れてテーブルに突っ込む。
プリンが床に飛び散った。
「これもう家庭内災害おじさん……」
『付近住民から通報が入る可能性があります』
「近所迷惑魔法かよ!」
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四回目は慎重に。
呼吸を整え、手先から順に、前腕、肩、背中、足、体幹へと魔力を流す。
神経に微弱な電気信号を通すように、筋肉の奥に光の線を一本一本張っていく。
現場で電線を一本ずつ繋ぐ作業を思い出す。焦ると火花が散る、あれと同じだ。
炉からの熱が静かに全身を巡り、体がポカポカする。
血流が早くなり、指先の感覚が研ぎ澄まされていく。
重心が安定し、息を吐くたびに力が自然にみなぎる。
「……おお、これだ」
スクワットが軽い。
ダンベルを持ち上げると、空のペットボトルみたいだ。
動作がスローに見えるほど反応速度が上がっている。
視界がクリアになり、普段なら感じないほど筋肉が“つながっている”感覚があった。
『成功です。ただし燃費はセルフヒールの四倍です』
「これ使えたら“マッスルおじさん”って名乗っていい?」
『危険な団体を連想させるため非推奨です』
「お前の検索結果の偏りどうにかならん?」
試しにドアを軽く引くと、バンッと勢い余って全開に。
空のペットボトルを軽く投げただけで壁がペコッとへこんだ。
「これ現場で使ったら絶対クレーム来る……」
『重機より危険です』
「燃費と制御、絶対改善しよ……」
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最後に魔力量の増強訓練。
湯気のように体の外に魔力を押し出す。
体内の炉がスカスカになるまで吐き出し、また魔力を練って出す。
何度も繰り返すうちに、額から汗が滴り、頭がフワフワしてくる。
「……はぁ……これ、フラフラだ……」
『お疲れさまでした。魔力量がわずかに増加しました』
「これ毎日やるのか……ブラック企業の研修よりきついぞ……」
『しかし生存率は上がります』
「まぁ……それならいいか」
布団に潜り込むと、体の奥からじんわりとした温かさが広がった。
今日も一日、散々だったけど未来は少しだけ明るくなった気がした。
「……明日はもっと上手くやろ……」
そう呟いた瞬間、意識がスッと闇に沈んでいった。




