第137話 封印の声
夜の街を抜けて、公園へ向かう。
手には道具の入ったバッグとランプ。
大城の横顔は、昼間よりもずっと険しかった。
「人払いはできてるわ。公園の入口に人員を配置してあるから、一般人の立ち入りはできない。
関係者にも“近寄るな”って周知してある。何かあったときは電話で知らせて」
「ああ」
短く返すと、大城が少し息を吐いた。
「それとね……昼間は焦ってて伝えられてなかったんだけど、昨日まではここまで酷くなかったの。
何がきっかけかわからないけど、急に“漏れ出す”ようになったのよ。
だから何が起こるか、私達にも予想できない。本当に無理だけはしないで」
「わかった。無理そうなら、そのままにして触らないようにする」
「お願いね」
そう言った大城の声には、冗談の気配がまるでなかった。
彼女もまた、“これがどれほど危険か”を理解しているのだろう。
車が止まり、静かな夜風が流れ込んできた。
エンジン音が止むと、あたりの音が一気に際立つ。
虫の声。遠くの波の音。
それだけしか聞こえない。
「ここからは一人で行く。終わったら連絡する」
「……わかった。気をつけてね」
太郎は軽く頷き、ランプを手に車を降りた。
真っ暗な公園。
街灯は遠くに一つだけ。
昼間に見た石段までの道を、月明かりとランプの光で進む。
足元の砂利がざくざくと鳴るたび、音がやけに大きく響いた。
「……虫の声しかしないのが、逆に怖いな」
《太郎さん、心拍数がわずかに上昇しています》
「うるさいな。正常範囲内だ」
《はい、ギリギリですが》
「ギリギリ言うな」
思わず小声で突っ込んでしまう。
でもそのやり取りが、少しだけ緊張を和らげた。
昼間に張った結界は、ちゃんと機能しているようだった。
外から見れば、ただの小さな石壇。
だが、太郎が一歩中に入ると、ゾワッと肌を這うような感覚が体を包んだ。
濃い空気。
重い気配。
まるで空間そのものが「異物」を拒んでいるかのようだ。
《結界内、魔力濃度は通常の五倍以上です。警戒を》
「了解。……まずは偽装と結界の上書きだな」
太郎はゆっくりと両手をかざす。
ランプの明かりが揺れ、魔力の流れが再構築されていく。
外からは見えないように、光も音も遮断する。
空気がピンと張り詰めた。
ここからが本番だ。
「さて……作業開始するか」
太郎は工具を並べ、深く息を吸った。
冷たい夜風が頬を撫で、ランプの火が小さく揺れた。
南京錠を外し、石扉をゆっくり開ける。
軋む音が夜の静寂に響いた。
中には、昼間見たときと同じ。いや、それ以上に禍々しい気配を放つ石板があった。
表面には黒い亀裂が走り、そこから煙のように魔力が滲み出している。
「……まぁ、特級呪物と同じ感じで大丈夫そうだな」
そうつぶやきながら、太郎は結界を展開した。
石板全体を包み込むように、淡い光の膜が広がる。
漏れ出した魔力ごとクリーンを発動。
空気を満たしていた嫌な気配が、すっと消えていった。
《太郎さん、特級呪物同様に“ヒール”をかけて反転させるのはまずいかもしれません》
「おっと、危ねぇ。いつもみたいにヒール掛けそうになってたわ。
なんでまずいと思うんだ?」
《そこにある看板をご覧ください。
この場所は信仰の対象になっています。
反転行為を行うと、その信仰体系がどう変化するか予測できません》
「あー……“地震の時の祈り”とか書いてあったやつか。
変にいじって壊したら責任取れねぇし、リペアで修復だけにしておくか」
《はい。それが安全です。
ただし、この漏れ出している魔力がリペアにどう作用するかは不明です。
一応、お酒と榊も出しておくことを推奨します》
「了解」
太郎はランプを石板の横に置き、アイテムBOXからお酒と榊を取り出した。
それなりに祭壇っぽくセットしてみる。
そのとき。
徳利を傾けた拍子に、少しだけ酒が石板にかかった。
シューッ……。
白い湯気が上がり、魔力の漏れが目に見えて減った。
「……スルーだな」
《確認しますか?》
「しない。最近スルー力が上がってきた気がするな。
人間、知らないほうがいいこともある」
《はい、“平和的な現実逃避”を確認しました》
「なんだその言い方……」
太郎は静かに息を吸い、リペアを発動した。
淡い光が石板の亀裂に沿って流れ、ゆっくりと広がっていく。
だが、すぐに違和感を覚える。
魔力の流れが、どこか重い。
まるで、見えない何かが指先を掴んで“引き戻そう”としているようだった。
「……くっ、干渉されてる?」
《漏れ出している魔力の影響です。構造自体が抵抗しています》
「なるほど……素直じゃないな」
魔力操作に意識を集中する。
石の内部のひび、魔力の筋、そして奥底に溜まる何か、...そこへ意識を沈めていった。
すると、耳の奥でかすかに響く。
『……お……』
太郎は一瞬、手を止めた。
「……ん?」
誰かの声。
風の音でも、魔力のざわめきでもない。
確かに、“言葉”として聞こえた。
《太郎さん? どうかしましたか?》
「……今、何か言わなかったか?」
《音声波形には異常ありません。周囲の魔力波も安定しています》
「気のせい……か?」
そう言いながらも、胸の奥がざわついていた。
“気のせい”で済ませたくない何かが、確かにそこにあった。




