第134話 結界の維持と準備完了
翌朝。
いつものニワトリの気配で目を覚ました。
外はまだ薄暗く、庭の方から「ココッ……コココ……」という小さな音が聞こえる。
「おはようさん。今日は特盛な」
炊きたてのご飯を山盛りにして、ニワトリ用の皿に盛る。
ふわっと立ち上がる湯気を見ていると、羽音を立ててニワトリが駆け寄ってきた。
そして...高速突き。
チチチチチッ!
凄まじいスピードでご飯の山が削られていく。
こいつ、本当にすごいな。
「明日から少しの間、家をあけるからな。ご飯あげられない分、今日は山盛りだぞ。
カラスたちにも頼んでるけど……お前も頼むな」
一瞬だけ、高速突きが止まる。
ニワトリがじっとこちらを見上げた。
何か理解したような、してないような……。
次の瞬間、再びチチチチチチッ!
「……やっぱりよくわからん」
苦笑しながら、ご飯粒を拾って皿を直す。
そのあと、奥の祠にも山盛りのご飯と酒を供えた。
「少しの間、家を空けます」と告げると、ふわりと風が舞う。
榊の枝がさざめき、光を受けて小さく揺れた。
神棚にも手を合わせ、同じように家を空ける報告をする。
「出発は明日の朝一、だな。準備は一通り終わったか」
《はい。ですが、自宅結界の維持時間が現在の設定では最大三日です》
「あっ、忘れてた。三日か……短いな。沖縄から戻るまで持つか?」
《現行の供給モードでは、維持限界を超えます。何らかの補給方法が必要です》
「魔力の補給方法……リク、何かいい方法はないか?」
《例えばですが、時計修理時に使用した“魔力を辿る”方法を応用してみてはどうでしょうか?》
「あれは時計と持ち主が繋がってたからできたけど、カードと俺が繋がってる感覚は無いからなぁ」
《はい。なので、榊を介して魔力補給を行えないかと考えました。検証は必要ですが、榊の葉を体の一部、つまり“拡張器官”と解釈するなら、魔力的に繋がっている可能性があります》
「その繋がりを辿って魔力を送るのか。……やってみる価値はありそうだな」
俺は秘密基地へ向かった。
榊の根が張る地面にカードを並べ、榊に話しかける。
「榊、ちょっと実験させてくれ。
結界と隠蔽のカードに魔力を補給する方法を試したいんだ。
根っこをカードの上に伸ばしてみてくれ」
榊の根がゆっくりと壁から伸び、カードの上に置かれた。
その先端が軽く触れた瞬間、微かな魔力の流れが生まれる。
「……やっぱり、ちゃんと理解できてるみたいだな。
っていうか、このまま榊がカードに魔力を補給できないか?」
しばらく観察していると、わずかだが確かに魔力がカードへと流れ込んでいく。
微かな光が、カードの縁を淡く照らした。
「すごい……! 魔力を使えてるじゃないか!
これなら俺が補給しなくてもいいじゃん!」
《そのようです。しかし、魔力の供給源が結界内の魔力なのは変わりありません》
「それでも、結界の維持は伸びるな。
……でも、全部吸収しちゃったら維持は難しくなる。それに、酒造にも魔力使ってもらわないといけないし。
結局、補給方法は確立しておいたほうがいいな」
俺は榊の根っこに触れながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「榊、葉を持っていくから。
もし俺の魔力が流れてきたら、素直に受け入れてカードに魔力を流してくれ」
榊の根がゆるりと揺れ、まるで“わかった”と言うように応えた。
《これが成功すれば、太郎さんの旅行計画も気兼ねなく実行できますね》
「……よしっ。検証開始だ。」
庭に出て、榊の枝から二枚の葉を取る。
指先で挟むと、そこから細い糸のような魔力の繋がりが見える気がした。
「……細いけど、確かに繋がってるな」
《第一段階はクリアです。
次は“距離”と“時間”、さらに“アイテムBOX内での挙動”を検証します》
一枚はそのまま手元に残し、もう一枚はアイテムBOXの中へ。
今日はそのまま距離実験も兼ねて、実家に向かうことにした。
実家に着くと、母さんが玄関先で笑顔を見せてくれた。
「おかえり、太郎。珍しいね、平日に顔出すなんて」
「ちょっと出張前の報告をと思って。明日から沖縄なんだ」
「まぁ、沖縄! いいわねぇ。お土産は泡盛でいいわよ」
リビングには父さんもいて、新聞を片手にこちらを見上げた。
「泡盛とハブ酒か。昔の同僚が出張で飲んでえらい目にあってたな。お前は飲みすぎんなよ」
「気をつけるよ。お土産は泡盛一本にしとく」
そんな他愛もないやり取りが、なんだか懐かしい。
この家は相変わらず温かい。
自室は今も昔のまま残されていた。
机も本棚も、壁のポスターすらそのまま。
少し照れくさいが、ありがたく使わせてもらうことにした。
まずは榊リンクの確認だ。
アイテムBOXに入れていない葉を取り出して観察すると、魔力の繋がりを感じられる。
だが、アイテムBOXに入れていた方は反応がない。
《別空間の認識が作用して、魔力のリンクが遮断されているようです》
「なるほどな……空間が隔絶されてるってことか」
試しにアイテムBOXから葉を取り出すと、すぐに魔力の繋がりを感じ取れた。
「よし、これならストックしておけば時間経過が無いから、いつでも補給できるはずだな」
《距離的にも今のところ問題はありません。沖縄でも再確認が必要ですが》
「だな。じゃあ、次は意識転送のテストといこう」
床に座り、瞑想するように目を閉じる。
意識を静め、葉から伸びる細い魔力の糸に集中する。
視界がゆっくりとぼやけ、魔力を辿る感覚だけが残る。
糸の先には、自宅の榊の景色があった。
枝が揺れ、葉が光を反射している。
さらにそのまま榊の根へ意識を下ろしていくと、地下の秘密基地が見えた。
結界と隠蔽カードが、静かに佇んでいる。
そのカードへ向けて、ゆっくりと魔力を送る。
カードが一瞬だけひかり、魔力の補給を確認できた。
「……成功だな」
意識を戻し、呼吸を整える。
続けて、アイテムBOXに入れていたもう一枚の葉でも同じ手順を試す。
こちらも問題なく成功。
「よし。これで距離さえクリアできれば、俺の旅行計画も安泰だ」
《太郎さん、破損時の実験も行います。少しずつ葉をちぎって繋がりを確認します》
「了解。任せた」
リクの指示で、葉の端から少しずつ破っていく。
半分まで裂けたところで、魔力の繋がりがふっと途切れた。
《破損による繋がりの切断を確認。ストックを多めに確保しておいた方が良さそうです。枯れた場合の挙動も検証が必要ですね》
「そうだな……とりあえず、沖縄までの距離がクリアなら補給は問題なし。
もし無理なら、榊に任せて早めに帰るか」
検証も一通り終わり、夕方になる頃。
家族と一緒に夕飯を食べて、出発前の挨拶を済ませる。
母さんは少し寂しそうに笑い、父さんは「気をつけてな」とだけ言った。
夜、自宅に戻り、榊の前に立つ。
今日の実験結果を報告し、カードに根を触れさせておくように伝える。
最後に、枝葉を少し多めに分けてもらう。
「……これで明日からの沖縄の準備は完了、だな」
《はい。あとは無事に帰ってくるだけです》
「縁起でもないこと言うなよ……」
いつもの軽口に、思わず笑ってしまう。
明日は旅立ちの日。
夜風がやけに静かで、心の奥にほんの少しだけ、わくわくが灯っていた。




