第130話 新しい道と、思わぬ電話
地域修繕協力――
それは中原さんが提案してくれた新しい形だった。
ただ、正式に仕事が入ってくるのはもう少し先になりそうだ。
覚書の作成や取り決め、担当者との調整も必要になるとのことで、具体的な動きはまだ先になるらしい。
「……まぁ、焦っても仕方ないな」
《そうですね。むしろ、準備期間としてちょうど良いと思います》
「リフォーム案件なんて入ってきたら、俺一人じゃ限界もあるしな」
《はい。太郎さんの“魔法的補助”で、作業完了速度に疑問は持たれます》
「そこなんだよな。どこまでやるかも考えないと……まぁ、それでも頼ってもらえるのはありがたい」
打ち合わせの最後に、中原さんは穏やかに言っていた。
「無理はしなくていい。できる範囲でやってくれたらいい。
自分で言うのもなんだが、ちょっとした“後ろ盾”くらいに思ってくれて構わない」
――そう言われたとき、正直、少し戸惑った。
純粋な善意なのか、それとも別の意図があるのか。
けれど、社畜時代の勘と、話したときの人柄からして……悪い人には思えなかった。
「……まぁ、どうなるかはわからないけどさ。道が増えたってことは、前に進めてるってことだ」
《はい。可能性が広がるのは、良い兆しです》
「……お前、ポジティブだな」
《太郎さんの影響です。私は学習型ですから》
「言い方がちょっと怖いんだよなぁ……」
そんな他愛もない会話を交わしながら、ハンドルを握って帰路を走る。
午後の光がフロントガラス越しに差し込み、どこか穏やかな気分だった。
そのとき――スマホが軽い振動音を立てた。
車載ホルダーに差した会社用のスマホの画面に、見慣れた名前が表示される。
「……玲子ママ?」
《着信のようです。運転中ですので、私が応答します》
「ああ、頼む」
リクが自動応答モードに切り替えると、スピーカーからあの明るい声が響いた。
『こんにちは〜♡ ちょっと相談があってね〜?』
《どういった内容でしょうか?》
『あのねぇ、知り合いがね〜、ちょっと“そっち系”の修理を頼みたいんだって〜。
出張費も出すから、できれば早めに来てほしいって〜♡』
《……そっち系、というのは具体的に?》
『ん〜、詳しくは話したいんだけど、電話じゃちょっとアレなのよねぇ〜。
今から行ってもいいかしら〜?』
《太郎さん、どうしますか?》
「……今出てるし、スナックの近くだから寄ってもいいか。
昼間の店って見たことないけどな……」
《では、そのように伝えます》
『えっ、来てくれるの? うれし〜♡ じゃあ待ってるわね〜!』
通話が切れたあと、俺は小さくため息をついた。
自分に偽装をかけ、車を走らせる。
昼間のスナック街は、夜とはまるで別の顔をしている。
ネオンの代わりに、シャッターの列と静かな風の音。
看板の明かりも消え、どこか眠たげな空気が漂っていた。
「……昼間だと閑散としてんだな、ここ」
《扉の奥に生命反応があります》
「それ言い方がホラーなんだよ、リク……」
カラン――と小さなベルの音を立てて、ドアを開ける。
昼の光が差し込む店内には、カウンター越しに玲子ママが立っていた。
夜とは違う、シンプルなワンピース姿。
それでも、あの独特の存在感は健在だった。
「あらぁ、こんなに早く来てくれたのね〜♡ 嬉しいわ〜」
「……まぁ、話だけだからな。できるかどうかは聞いてから決める」
「ふふっ、相変わらず固いのねぇ〜。そういうところもいいわぁ〜」
ママの笑顔はいつも通りだったが、
その声の奥には、わずかに緊張が混じっていた。
「それでね、依頼なんだけど……実は、あたしからの依頼じゃないのよ」
「そうらしいな。誰からの依頼だ?」
「お世話になってる人なんだけど、この前連絡があってね。
“腕のいい修理ができる人を探してる”って言うのよ。
太郎ちゃん、話だけでも聞いてあげてくれないかしら?」
《呼び方が貴方から太郎ちゃんへ進化しています》
(リク、それはスルーだ。反応したら負けな気がする)
「……それは普通の修理依頼じゃないって認識でいいのか?」
「そうねぇ……その人は沖縄では“ユタ”って呼ばれてるの。
あたしも詳しくは聞いてないんだけど、
前に“数珠の修理”の話をしてたら、ぜひ紹介してほしいって言われちゃって」
《ユタとは沖縄における“神人”の一種ですね。
霊的感知や祈祷を行う能力者とされ、地域によっては信仰対象にもなっています》
(……能力者案件か。厄介そうだな)
《判断は保留しましょう。沖縄からわざわざこちらまで来るのか、それともこちらが行くのか――それも確認する必要があります》
(まぁ、聞いてみないとわからんな……)
「どうかしら? 話を聞いてみてくれる?」
「話を聞いてみないと、直せるかどうかもわからんが……まぁ、話くらいなら」
「ありがとう〜♡ じゃあ連絡先を教えておくわね。
向こうには伝えとくから、連絡が入ると思うわ。
ほんと、助かる〜! あたしも安心した〜♡」
「……で? これなら電話でよかったんじゃないのか?」
「あは♡ だって、あたしが太郎ちゃんに会いたかったのよ〜♡」
《太郎さん、いろんな意味で危険です》
「よし、帰ろう。急いで帰ろう」
「ちょっと〜! もうちょっとゆっくりしていきなさいよ〜♡」
「また今度!」
背中に甘ったるい声を受けながら、そそくさと店を出る。
昼下がりのスナック街は相変わらず静かで、
さっきまでのやり取りが夢だったみたいに感じられた。
「……リク、なんか嫌な予感しかしないんだが」
《同感です。ですが、“嫌な予感”は大体、次の章の導入ですね》
「お前、メタいこと言うなよ……」
こうして、新たな縁が静かに動き出した。