第127話 止まった時をつなぐ修理屋
帰りの車の中で、俺はバックミラー越しに後部座席の柱時計を見た。
古い木製の枠は丁寧に磨かれていて、ガラス面には曇りひとつない。
依頼主が言っていたように、本当に大事に扱われてきたんだろう。
「なぁ、リク」
《はい、なんでしょう》
「やっぱり……ほんの少しだけど、魔力感知できるよな?」
《確認しました。反応は弱いですが、確かに魔力を感知しています》
「だよな。機械的な問題って感じじゃなかった。……帰ってすぐ修理に取りかかろう」
《了解。到着後すぐに作業環境を整えます》
ハンドルを握りながら、胸の奥が妙にざわついていた。
“止まった時”と“昏睡状態の祖父”――まるで何かが繋がっているような気がしてならなかった。
自宅に帰り、柱時計を慎重に作業机の上に置く。
「よし、急いで修理しよう。魔力反応も悪い感じじゃないし……。
でも、なんか引っかかるんだよな。あの止まり方」
そのとき。
『おぉ、面白そうなことをしておるのぉ。どれ、お手並み拝見じゃわい』
「うわっ!? 出たなハムじいっ!!」
神棚の方から、盃を片手にちょこんと現れるハムスター。
顔はまるで酔っ払いのじいさん。鼻をひくつかせて、酒の匂いを探している。
「……お前、また飲みながら出てきたな」
《太郎さん、神棚の監視機構が活性化しています》
「監視って言うなリク! あれは……たぶん、神的センサーだ!」
《呼び方の問題ではありません》
「うるさいわ!」
ハムじいは相変わらずのんびり笑いながら、柱時計を見上げた。
『ふぉっふぉっ、懐かしい気配じゃのぉ。時の流れを見守る器は、命に近い存在になることがある。
さて……どうなるか、見ものじゃわい』
「命に近いって……。いやいや、ただの時計だぞ? なぁリク」
《“ただの時計”という前提は、現時点では成立しませんね》
「お前ら、揃いも揃って怖いこと言うな……」
とにかく、動作確認からだ。
スキャンを発動し、魔力の流れと構造を同時に分析していく。
「……外観は正常。ゼンマイも動作OK。歯車も問題なし……。
なんでだ、どこにも異常がない。なのに針が動かない……」
《解析結果:機構は正常。動かない理由は別の要因によるものと推測します》
「別の要因……。つまり、魔力ってことか」
《その可能性が最も高いです》
『そういうことよな。しっかり感じるんじゃぞ、坊主』
「坊主言うな!」
半ばやけくそで、俺は集中した。
視覚ではなく、感覚で魔力の流れを“見る”。
うっすらと、
時計から伸びる、一本の細い糸のような魔力。
髪の毛ほどの細さで、今にも切れそうに震えている。
「……うわ、細っ。こんなんで繋がってんのか?」
『よく見つけたのぅ。それを辿りながら見る感覚じゃ。最初は目を閉じておくとわかりやすいかのぅ』
「うぅ、めっちゃ繊細だな……。って、うわ……これ……」
景色がふっと変わる。
家を出て、見たことのある風景を辿っていく。見え方的にはドローンの映像に近いかもしれない。
辿り着いた視界の先に、白い天井と蛍光灯の光。
ベッドの上で眠る老人。その隣で手を握る女性、依頼主の美咲さんだった。
「……これ、病院だよな。てことは、このおじいさんが……」
『繋がりがわかったなら修復してやれば良い。修理は得意なんじゃろう?』
「おいおい……リペアでいいのか?」
『リペアとやらはわからんが修復したらええ。ほれ、早うせい。切れたら終わりじゃぞ』
「わかったよっ!」
魔力の糸に集中し、リペアを発動する。
まるで細い毛糸を編み直すように、ゆっくりと、確実に。
糸が針金ほどの太さにまで太くなり、しっかりと固定された。
時計の中の気配が、ふっと温かくなる。
「……よし、繋がった。これでどうしたらいい?」
『その時計は持ち主の“身代わり”となって止まっておる。そこから先は……お主の判断じゃよ』
ハムじいの声が、急に真面目だった。
「ってことは……ヒールをかければ、向こうも……?」
《太郎さん、相手はご高齢です。直接ヒールを送るのは危険です。セルフヒールを使用して、ゆっくり回復させることを推奨します。しかし、時計の修理という観点でいえば、修理自体は必要ありません。清掃し不良箇所はありませんでした、とお返しすることも可能です》
「……あの女子高生の時と同じか。わかったよ。
ズルい聞き方だな、リク。でも……それも含めて“直す”のが俺の修理だ」
『ふぉっふぉっ……覚悟を持っておるな。それが坊主の選択ならそれで良いと思うぞ』
「見た目ハムスターなのに...ありがとう」
『ほれ、セルフヒールとやらを見せてみい』
静かに目を閉じ、魔力を集中させ、“セルフヒール”を時計を媒介にして魔力を通す。
……カチッ。
小さな音がして、止まっていた振り子がゆっくりと動き出した。
金属の小さな反射音が、部屋の静寂を揺らす。
「動いた……!」
『正常に動作を再開しました』
『ほぉ、ようやったのぉ。見事じゃわい』
もう一度、魔力の糸を辿る。
病室では、ベッドの上のおじいさんが薄く目を開け、美咲さんが泣きながらナースコールを押しているのが見えた。
「……届いたんだな」
意識を現実に戻し、時計にクリーンをかけて仕上げる。
つややかな木の枠が光を反射して、ゆっくりと時を刻み始めた。
「……これでいい。届く範囲で直せるなら直す。
それが、かみはら修理店だ」
『太郎さん、今回の請求額は清掃費と特急料金のみとなります』
「今言うなよ、リク……!」
『良き相棒を持ったのぉ。大事にせい。……で、この祝いは酒が出るんかの?』
「……はぁ。はいはい、少しだけな」
酒瓶を出してやりながら、俺はスマホを手に取った。
依頼者の番号に電話をかける。
「もしもし、かみはら修理店です。時計の件なんですが、修理完了しました」
『やっぱり……そうだったんですね! 祖父が……先ほど目を覚ましたんです! 本当にありがとうございます!』
「清掃だけで直りました。壊れてはいませんでしたよ。
本当によかったです。お届けはいつにしますか?」
『明日の朝で大丈夫です!』
「わかりました。それでは明日の朝にお届けします」
通話を切ったあと、静かに振り子の音を聞く。
チッ……チッ……と、まるで心臓の鼓動のように穏やかに響いていた。
時計の針が進むたびに、心の奥まで温かくなる。
止まっていた時間が、また動き出した。
机の上では、ハムじいが盃を掲げてにやりと笑っていた。
『ふぉっふぉっ……良き仕事じゃのぉ、太郎。ほれ、もう一杯どうじゃ?』
「……お前、ほんと飲みすぎだろ」
『祝い酒は別腹じゃわい!』
今日もまた、時と命をつなぐ一日が終わっていく。
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