第125話 成長する榊と、家族の時間
朝、いつもの気配で目を覚ます。
……そう、ニワトリ。
調子に乗って飲みすぎて寝てしまったらしい。
ストックしておいた酒瓶がごっそり消えているのを思い出して、布団の中で天を仰ぐ。
「カラスと白兎と、あと新入りのハムじいさん……飲みすぎなんだよ……。ストック減りすぎて泣ける」
寝ぼけ眼で身支度を整え、庭に出る。
榊には頑張ってもらわないといけない。必死に作ってるのは榊だしな。
「プチウォーター多めにやって、ヒールもかけてやんないと……」
そう呟きながら榊の前に立った瞬間、俺は目を疑った。
「……は? でかっ!!?」
榊が、昨日の倍ぐらいに成長していた。
枝ぶりも広がり、葉は艶やか。今や3メートルぐらいまで伸びている。
「おいおいおい……何があった!? 一晩でこの成長っておかしいだろ!?
ト◯ロか? どんぐり落としていかなかっただろうな!?」
『太郎さん、冷静に。これは神棚の影響だと推測します』
「マジかよ……。いや、変な進化してるし、それ以外考えられんわな」
昨夜、神棚に三柱の御札を納めたばかりだ。
その神気を榊が吸い上げた、そう考えれば説明はつく。
「でもよ……魔力とか神気とか吸収してる時点で、ほんとに大丈夫なのか?」
『観測範囲では問題ありません』
「まぁ暴れたりしてないならいいか。でもな、お前これ以上大きくなりすぎると剪定が大変なんだよ。今の大きさぐらいにしとけよ?」
すると榊は、風もないのにふわりと枝葉を揺らした。
まるで「了解」とでも言うように。
「……やっぱり意思あるだろお前」
プチウォーターをたっぷり注ぎ、ヒールをかけると、葉はさらに青々と輝いた。
その姿を見て、少し肩の力が抜ける。
「よし。他の日課も済ませるか」
神棚の前に座り、深く一礼。
昨日の光景が頭をよぎる。やっぱり、神様に見守られているのかもしれない。
気持ちを整えたあと、作業場に移り机に腰を下ろした。
するとすぐに、リクの落ち着いた声が耳に響く。
『赤福餅をご実家に持って行かないのですか?』
「……あ」
リクの一言に、俺は完全に固まった。
そうだ。伊勢神宮のお土産――すっかり忘れてた。
「やべぇ……あれ、ゴミ捨て魔法の中に入れたままだ」
慌てて車のキーを握る。
こういうとき、仕事のフットワークより早い自信ある。
エンジンをかけ、実家への道を走る。
『太郎さん、運転中の視線は前方へ。信号、黄色です』
「わかってるって。俺の運転技術、信頼してくれ」
『過去の統計データから判断するに、信頼指数は“やや不安”です』
「やめろ、数字で出すな」
そんなやりとりをしているうちに、実家が見えてきた。
小さな庭と、風に揺れる洗濯物。
あの匂い、やっぱり落ち着く。
「ただいまー」
玄関を開けると、母がエプロン姿で顔を出した。
「あら太郎、急にどうしたの?」
「伊勢に行ってきたから、お土産」
赤福の箱を見た瞬間、母の顔がぱっと明るくなった。
「あらまぁ! 伊勢の? うれしいわぁ。お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん!」
リビングに入ると、父が新聞を畳み、祖父母もちゃぶ台の周りに揃った。
みんなの前に赤福の箱を置くと、ふんわりとした甘い香りが広がる。
「これ、久しぶりだなぁ」
「おぉ、昔わしが買ってきた時もこんな感じじゃった」
「うんうん、あの時は冷えて固くなってたけど、今日は柔らかくておいしいねぇ」
母と祖母が笑い合い、父が「太郎がわざわざ買ってくるとは珍しい」と茶化す。
「そういやじいちゃん、前来た時けっこう咳してたけど、病院行った?」
「おぉ、ばぁさんに言われてな。一応検査もしてもらったが、どこも悪いところはなかったわ」
「なら、よかったよ。健康が一番だからな。まだまだ長生きしてくれよ」
『やはりお酒の効果と推測します。異世界アーカイブでの回復薬と類似しており、効能はハイポーション以上です』
「……いやリク、ここでそれ言うなよ。雰囲気ぶち壊しだろ」
『安心してください。念話モードです。聞こえていません』
「そういう問題じゃねぇ……」
ふと見ると、祖父が盃を手に「うむ、確かに最近調子がいい」と笑っていた。
まさかとは思うが――いや、考えるのはやめておこう。
和やかな空気の中、家族で赤福を食べながら、他愛もない話をして過ごす。
母が「いつでも帰っておいで」と笑い、祖母が「無理せんときよ」と手を振る。
「また来るよ」
玄関を出て、車に乗り込む。
ドアを閉めた瞬間、リクの声が落ち着いた調子で響いた。
『太郎さん、新しい修理依頼が届いています。件名――“止まったままの古時計”』
「古時計?」
『差出人は“中原美咲”様。添付画像もありますが、かなり古い柱時計のようです』
「止まった時計、か……。さて、次は時間でも直してみるか」
『太郎さん、それは詩的ですね』
「いや、今のはたまたま出ただけだから」
車のエンジンが静かに唸り、家路の途中で陽が沈んでいった。