第124話 宴会に釣られて
作業机の上に徳利や盃を並べながら、俺はひとりニヤニヤしていた。
今日は――いや、今日くらいは盛大にやってもいいだろ。
「ふっ……準備は万端だな」
そこへ、ふわりと白い影が舞い降りる。
ぴょこんと耳を揺らした白兎が、机の上を覗き込んできた。
「飲み会の匂いがしたから来てみたけど……やっぱり正解だったみたいねぇ」
「なんて嗅覚してんだよ。まぁいいや、神棚完成祝いだから今日ぐらいは大盤振る舞いだな」
俺は盃を掲げて声を張った。
黒い羽音が聞こえ、カラスも羽ばたいて机の端に舞い降りる。
『よきよき、それでは乾杯といこうではないか』
盃を三つ合わせると、カチンと澄んだ音が作業場に響いた。
「かんぱーい!」
一口。
酒が喉を滑り落ちた瞬間、胸の奥からじわぁっと熱が広がる。
「くぅぅ……やっぱこの酒、うまいなぁ」
自画自賛したくなるくらい、素直に美味い。
リアルに疲れが吹き飛んでいく。
『なかなか良い出来じゃ。わしの好みにも合うわい』
カラスは目を細め、すでに次の盃を注ぎ足している。
「ふふっ……太郎の顔、完全にゆるんでるわよ」
白兎がクスクス笑いながら俺の頬を突いた。
『太郎さん、表情筋が緩みすぎです。締まりのない顔になっています』
「いや、お前ら……! たまにはいいだろ、今日は祝いなんだから!」
笑い声が重なり、場の空気は一気に和んでいった。
気がつけば二杯目、三杯目と盃を重ねていた。
だが俺以上にやばいのが、目の前の二羽...いや、二柱か?
「……おい、ちょっと待て。どんだけ飲むんだよ!」
カラスも白兎も、徳利を持つ手が止まらない。
盃を空にするスピードが尋常じゃない。
『飲む速度が尋常ではありません。数量に限りがありますので、控えめにしてください』
「だよな!? なぁお前ら、酒は湧き水じゃねぇんだぞ!」
カラスは気にも留めず、ぐいっと三杯目を飲み干す。
白兎も負けじと盃を傾け、目を細めて「んーっ、沁みるわねぇ」とご満悦だ。
「……先に女将に酒を渡しておいてよかった……」
俺は徳利を抱きしめ、冷や汗を流すしかなかった。
和やかな笑い声と盃の音が続いていた、その時。
――ぽっ。
視界の端で、神棚の榊が一瞬だけ揺れたと思ったら。
枝の先に、白い小さな花がふわりと咲いた。
「……えっ?」
俺とリクは同時に声を漏らし、目を見開く。
ただの榊にめったに花なんて咲くはずがない。しかもこのタイミングで。
『観測しました。榊から……いえ、氏神の社から異常反応――魔力反応です』
「いや、魔力って……え、なにこれ!?」
カラスだけは落ち着き払った様子で、盃を揺らしながら一言。
『ふむ……来おったか』
「来るって、なにが!?」
俺が慌てる横で、白兎は涼しい顔でお猪口を傾ける。
「ん〜、やっぱり匂いがしてたのよねぇ。新しいお客さんってとこかしら」
「新しいって、勝手に増えるシステムなのかよ!」
その言葉に背筋がゾクッとした。
次の瞬間、花の根元あたりから――
ちょろ、ちょろ、ちょろ……。
小さな足音が机の上に響いてきた。
砂利を踏むような、けれど妙に愛嬌のあるリズム。
「……お、おい、なんか来てるぞ」
『ええ、こちらに接近中のようです。……太郎さん、心の準備を』
「いや、準備できるかよ!」
息を呑んだ俺の前に姿を現したのは――
ちょこん、と榊の花から飛び降りてきた、小さな影。
丸っこい体。短い足。もふもふの頬袋。
――そう、ハムスターだ。
しかも。
『おぉ……よぉやっと繋がったか……』
ぷはぁ、と息を吐くように声を発したかと思えば、
俺たちが注いだばかりの盃にちょろちょろと近づき、前足で掴む。
……ゴクリ。
『祝いに一杯、もらってもええかの?』
「はぁぁぁぁぁ!?!?」
ついつい叫んでしまった。
机の上で酒をちびちび舐めているのは――どう見てもただのハムスター。
なのに、声は完全に“酔っ払いじいちゃん”だった。
『ほれ見い、宴は賑やかな方が良いじゃろう?』
カラスは実に得意げだ。
「賑やかってレベルじゃねぇだろ!!」
俺は頭を抱えた。
「ふふっ、いいじゃない。可愛いし」
白兎はすでに隣に座らせて、一緒に飲ませる気満々である。
『太郎さん、このままでは消費ペースが危険です。小動物の体積で酒を摂取するのは――』
「リク! ツッコミがそっちかよ!」
だが当のハムスターは、頬袋をふくらませながら嬉しそうにちびちび飲み続ける。
『……ふむ、この酒、美味いのぉ! こりゃ噂どおりじゃわ!』
顔も声も完全に酔っ払いじいちゃんだ。
『新しい繋がりができたから見ておったが……なるほど、噂の坊主はお主だったか』
「……噂? 俺が……?」
『しかも、噂の酒まで飲んでおるからな。居ても立っても居られんでのぉ。飛び出してきてしもうたわい』
「飛び出してきたって……どこからだよ!」
『わしの主様は酒造の神でもある。これからは、試飲はいつでも任せてくれぃ。
それに……この酒は、まだまだ美味くなる。繋がりができたからこそ、磨かれていくんじゃよ』
ハムスターは盃を掲げ、くいっと飲み干す。
その小さな姿が、妙に堂々として見えた。
『……ふむ。にぎやかになってきたのぉ』
カラスは満足そうに羽を揺らし、
「いいじゃない、楽しくなるわねぇ」と白兎はにっこり笑った。
『太郎さん……どうやら、これから宴会のメンバーがさらに増えるようです』
「いらねぇよ!!」
こうして、新しい上位存在が太郎の家に追加された。