第123話 神棚設置完了
朝、いつもの気配で目が覚めた。
……そう、ニワトリだ。
「おはようさん」
昨日買ったばかりの神具にご飯と水を用意し、コトリと器を置く。
勢いよく食べ始めた白い羽のニワトリを見ながら、つい声をかけてしまう。
「なぁ……昨日、伊勢神宮で会ったよな?」
ピタリと動きを止め、こちらをじっと見る。
コケッと首を傾げると、気にした様子もなく再び餌をついばみ始めた。
「……んー、わからん。感知した感じは似てる気もするんだけどな」
『太郎さん、神様系の存在に深入りするのは危険です。正体を突き止めるより、敬意を持って距離を置くのが最適解です』
「だよなぁ。むしろ正体知った方が逆に怖い気がするし……踏み込まないのが一番安全か」
そうは言ったものの、頭に浮かぶのは昨日の出来事。
女将さんみたいにご飯を転送してくれるとか、あんなありえない事がすでに起きてるんだよな。
正直、もう“手遅れ”感しかない。
気を取り直して、今日は神棚の準備だ。
カラス用と祠用に、新しく買った神具でご飯と酒を供える。
最後に庭の榊にプチウォーターを注ぐと、枝葉が気持ちよさそうに揺れた。
「今日は神棚を設置するから、少し枝葉をもらうぞ。ヒールかけてやるから、ちょっと分けてくれ」
スッと枝葉が伸びて、ちょうど良い量が差し出される。
「……お前、やっぱ俺の言ってることわかってるだろ」
『観察する限り、極めて高い反応性を示しています。もはや植物ではなく“存在”ですね』
「はぁ……もう気にしたら負けだな」
枝葉を摘み取り、優しくヒールをかけておく。
「これからもちょくちょくもらうけど、大丈夫か?」と問いかけると、榊は答えるように枝をふわりと揺らした。
「ありがとうな。それと……他の人間に見つかったら困るから、誰か来た時は絶対に動くなよ?」
榊は静かに葉を震わせ、それを了承と受け取る。
枝葉を抱えて部屋へ戻ると、いよいよ――神棚にお札を納める時が来た。
神棚を前にして、深呼吸をひとつ。
昨日までただの作業場だったのに、いま目の前にあるのは三社造りの木の社と神具一式。
どう見ても立派な“神前”だ。
「……よし、じゃあ置いていくか」
まずは炊きたてのご飯を小さな器に。
次に清らかな水を注ぎ、澄んだ表面が光を反射する。
徳利には酒を注ぎ、榊の枝葉は昨日祠から譲り受けたものを左右に立てる。
配置が整ってくるにつれ、作業場の空気が少しずつ張り詰めていくような気がした。
「……なんか、思った以上にそれっぽくなってきたな」
『“それっぽく”ではなく、正式に神をお迎えする形です。真剣に向き合ってください』
「わかってるって……いや、やっぱ緊張するな」
三社造りの神棚を前に、俺は三枚のお札を取り出した。
中央には――伊勢で授かった天照大御神。
向かって右には――地元の氏神様、少彦名命。
向かって左には――商売繁盛の宇迦之御魂神、お稲荷様。
「……こういうのって順番、間違えたらまずいんだよな?」
『はい。中央が天照大御神、右に氏神、左に崇敬神です。太郎さんの並びで問題ありません』
「お、おう。よかった……」
お札を一枚ずつ丁寧に差し込み、手を合わせて深呼吸する。
どれも、ずっしりとした重みがある。
この三柱を前にしただけで、部屋の空気が少し澄んだように感じるのは気のせいだろうか。
次はいよいよ祝詞だ。
「えーっと……祝詞って、難しい古語だらけだろ? 俺に言える気がしないんだけど」
『大丈夫です。現代語にアレンジした簡単な形で構いません』
「そうなのか?」
『はい。例えば――』
リクが読み上げたのは、思っていたよりずっとシンプルな言葉だった。
「……あ、これなら言えるわ。すごい普通だな」
『形式も大切ですが、一番大事なのは“感謝の気持ち”です。太郎さんらしい言葉で十分です』
「太郎さんらしいって……俺のビビり全開な祈りでもいいのか?」
『むしろ誠実さが伝わるでしょう』
「……うーん、なんか営業トークみたいに聞こえるけど……まぁいいか」
俺は改めて正座し、手を合わせる。
二度深く頭を下げ、二度拍手を打ち、もう一度深く礼をした。
そして、リクに教わった祝詞を口にする。
「……えーっと。
今日もこうして無事に一日を過ごせたことに、感謝します。
どうか、明日も変わらずに働けるようにしてください。
大きな望みなんていりません。
普通に仕事ができて、普通にご飯が食べられて、普通に眠れる――
そんな暮らしを続けられるように、見守ってください」
その瞬間だった。
神棚から光が一気に漏れ出し、作業場全体が眩しく包まれた。
肌を刺すような圧倒的な魔力の奔流――思わず息を呑む。
「っ……な、なんだこれ……!」
全身に鳥肌が立ち、膝が勝手に震える。
だが光は一瞬で収まり、残ったのは小川のせせらぎのように穏やかな魔力だった。
『三つの魔力を記録しました。現在、安定しています』
「……はぁ、心臓止まるかと思った……」
思わず天井を仰ぎ、深く息を吐く。
「いや、なんか起こるとは思ってたけどさ……想像以上すぎるだろこれ。魔力が安定したってことは、つまり……繋がったってことなんじゃ……?」
『太郎さん、自らフラグを立てるとはさすがですね。神様からの依頼が来る可能性も否定できません』
「やめろよ! 神様からの依頼なんて、怖すぎて断れないんだから!」
最後の一礼を終えると、黒い影がふわりと舞い降りた。
『うむ、これで神棚も完成じゃな。よくできておるわ』
その声を聞いた瞬間、胸の奥にじんわりと安堵が広がる。
やっぱりカラスに言われると、不思議と“これで大丈夫だ”と思えてしまう。
「……ふぅ。とりあえず一段落ってとこか」
『よし、それでは祝いといこうではないか』
「祝い……ねぇ。どうせまた飲み会だろ」
俺は苦笑しながら神棚を見上げた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
更新のペースがちょっとゆっくりめになってしまっていて、ごめんなさい。
でも――途中でエタらせるつもりはまったくありません。
必ず最後まで書き切りますので、どうか気長にお付き合いくださると嬉しいです。
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本日はこの1話のみの更新です。