表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/122

第121話 観光と定食屋



 伊勢神宮を出た俺は、参道を歩きながらふとリクに声をかけた。


「せっかくだし、家族にお土産でも買って帰るか」


『おはらい町があります。伊勢神宮の門前町で、赤福餅が名物です』


「赤福ってここだったのか! 母さんのおはぎも美味いけど、赤福は赤福でうまいんだよなぁ」


 俺は思わずよだれが出そうになった。観光なんていつぶりだ? 考えてみたら、大学の卒業旅行で当時の彼女と行った以来……もう十五年も前か。


「……うわ、時間の流れ早すぎだろ。俺、ほんと何やってたんだ」


『社畜生活です』


「言うな!! 今せっかく旅行気分なんだから!」


 そうツッコミながらも、なんだか胸の奥がじんわりする。

こうして人混みを気にせず歩けてる時点で、俺も少しは変わったんだろう。昔ながらの街並みを眺めながら歩くと、それだけで感慨深い。


「しかし人が多いな……観光地ってこんなもんか。外国の人も結構いるんだな」


 のれんをくぐる店、並んだ土産物。木造の町並み。どこを見ても“観光地らしさ”全開だ。


「なんかワクワクしてくるな。知らない土地をうろつくのって、冒険してる感じだ」


 赤福の大きな看板はすぐに見つかった。俺は迷わず二箱購入。


「よし! これで家族土産は大丈夫だな」


『一箱は太郎さん用では?』


「うっ……よくわかってんな」


 赤福を抱えて通りを歩くと、ふと小学校の修学旅行を思い出した。


「そういえば……友達みんなで木刀買おうとして、先生に“本当にやめなさい!”って怒られたよなぁ。あの頃の俺ら、なんであんなに木刀に憧れてたんだ?」


『少年の浪漫です』


「いや、浪漫で片付けんな」



 リクと念話であれこれやり取りしながら、赤福を片手に街を散策する。

美味しそうなお菓子屋、ずらりと刃物が並ぶ店、地酒の瓶が光る酒屋――歩くだけで楽しい。


「こういうの……昔なら疲れるだけだったのに、今は楽しいな」


『太郎さんの心境の変化ですね。社畜を抜け出した副作用でしょうか』


「副作用って言うな!」


 冗談を言い合いながら歩いていると、気づけば空は群青に染まり、夜の帳が下り始めていた。

そろそろ帰ろうと人混みを外れ、人気のない路地裏へと足を向ける。


 ――その時だった。


 ポツンと、淡い提灯の光が道の奥に浮かんでいるのが見えた。

どこか懐かしいような灯りと一緒に、ふわりと漂ってくる……たまらなくおいしそうな匂い。


「……なんだ、この香り。煮物? いや、焼き魚か?」


『嗅覚が刺激されていますね。お腹が鳴っていますよ』


「うっせぇ! でも……マジで旨そうだな」


 匂いに釣られるように足が勝手に動き、俺はその小さな店のドアをガラリと開けた。


 中は暖色の照明に照らされ、どこか落ち着く空間。

カウンターの奥では、ふんわりした雰囲気の優しそうな女将さんが、手際よく料理を作っていた。


「あら、いらっしゃい。初めての方ね。こちらへどうぞ」


 やわらかな笑顔で、俺をカウンター席に案内してくれる。


「あ、すみません。すごくおいしそうな匂いに釣られて入ってきちゃったんですけど……ご飯屋さんですか?」


「ええ。うちは日替わり定食しかないけど、よかったら食べていってね」


「急にすみません……。じゃあ、一人前お願いします」


「ふふっ、いいのよ。少し待っててね」


 そう言って、女将さんは湯気の立つ鍋から煮魚を取り出した。

皿に盛られた魚は照りが美しく、ふわっと湯気とともに甘辛い香りが広がる。

小鉢にはシャキシャキのきんぴら、さっぱりした酢の物。

味噌汁の湯気が立ち上り、白いご飯が艶やかに光っていた。


「……なぁリク。これ絶対うまいやつだろ」


『ええ。カロリーも栄養バランスも理想的です』


 思わず前のめりになる俺。

目の前に並んだ定食は、ただの食事じゃなく、どこか懐かしい“家庭の味”そのものに見えた。


「さぁ、召し上がれ。いただきます、って声に出すともっと美味しくなるわよ」


「……あ、はい。いただきます」


 俺も思わず背筋を伸ばし、手を合わせる。

箸を取って、まずは煮魚にそっと箸を入れる。

身はほろりと崩れ、湯気と一緒に甘辛い香りがふわっと広がった。


 口に入れた瞬間


「……うめぇ……」


 思わず声が漏れた。

しっかり味が染みているのに、全然しつこくなくて、ご飯が欲しくなる絶妙な加減。


 味わって食べていると、リクからの念話が届く。

『太郎さん、表情が緩みすぎています。だらしない顔ですよ』


「だって、旨いもんは旨いんだよ……」


 次はきんぴら。シャキシャキとした食感に、胡麻の香りが心地いい。

酢の物は酸味がすっと舌を洗い流し、味噌汁を啜ればふんわりとした優しい旨味が広がる。


「……なんだこれ、最高のローテーションじゃないか」


 カウンターの奥で、女将さんがにこにことこちらを眺めていた。


「気に入ってもらえたみたいで嬉しいわぁ。お酒も少し、いかが?」


 そう言うと、いつの間にか徳利とお猪口を用意していて、自然な流れで俺の前に置いた。

とくとく……と、白い陶器のお猪口に淡い色の酒が注がれていく。


「あ、ありがとうございます。でも俺……」


「まぁ一口だけでも。うちの定食はお酒と合わせると、もっと美味しいのよ」


 差し出されたお猪口を受け取り、軽く口をつける。

すっきりとした口当たりが、煮魚の旨味をふわりと引き立てた。


「……合うな、これ……」


『アルコール分解のためにヒールを準備しておきましょうか?』


「まだ一口だっての!」


 女将さんはくすっと笑い、また料理の準備に戻っていった。

その背中を眺めながら、俺は改めて箸を握り直す。


 こんなにも温かい食事を、旅先で食べられることになるとは。

胃だけじゃなく、心までじんわり満たされていくようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この日替り定食に、肉じゃがorポテトサラダが付いてたら、「この店の常連客の王に、俺はなる!」と、太郎さんが目指す展開になるやつですね。(違う)
ああ、良い。こんな女将さんがいるお食事処が近くにあったら通う。「うああ良き日本んんん!」とじんわり染みました。
この女将さんって実は… それだったらお返し なのかなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ