第119話 八咫烏に導かれて
出発前、念には念を入れてステルス魔法の確認をすることにした。
リクが俺のスマホを結界の外に置いて撮影し、外部からの見え方をチェックする。
《問題ありません。太郎さんの姿は完全に隠れています》
「おお……本当に透明人間になった気分だな」
準備は万端。
リクの案内で直線ルートを決定し、いざ伊勢神宮へ――と飛び立とうとした瞬間。
『準備は良いな。それではわしに付いてこい。修行の時間じゃ』
頭の中に、カラスの低い声が響いた。
「……えっ!? お前も行くのか? ていうか先導してくれるのか!?」
《八咫烏様の先導で伊勢神宮参拝ですか。熊野三山を通るルートを予定していたので、神話そのものですね》
「待て待て待て!! なんだその妙なフラグは!? 頼むから変なことに巻き込まないでくれよ!」
『カッカッカッ! そう身構えるでない。まぁ安心して着いて来い』
――安心できる要素ゼロなんですけど!?
俺は覚悟を決め、飛行魔法を発動。
黒い影を追って、空を駆けた。
スピード、高低差、突風……。
最初は必死に食らいつくのがやっとだったが、だんだん慣れてきて、景色を楽しむ余裕も生まれる。
……が、その瞬間。
「もし魔力が切れたら真っ逆さま」なんて想像がよぎり、背中がゾワゾワして操作が雑になった。
『まだまだ力の扱いが甘いぞ。常に平常心で力を使えるようになれ』
「……説教まで飛んでくるのかよ」
海を超えるときは風に煽られたが、それでも少しずつ安定してきた。
それにしても――
「なぁリク、この魔法ってさ。潜水艦みたいに海の中も潜れるんじゃないか?」
《酸素の循環さえできれば、理論上は可能です》
「だよな。……ゴミ捨て魔法の空間に空気を取り込んで循環すれば――」
『お主、余裕そうじゃの。ならばもう少し上げるぞ。しっかり付いて来い!』
「ちょ、待っ……速ぇぇえええ!」
必死にカラスの影を追う。
そして山の山頂にさしかかった頃、突然カラスが速度を落とした。
「……どうした?」
『うむ。あの場所を見てみろ』
嘴で指し示す方向に目を凝らす。
木々に隠れてよく見えないが、黄色い何かが動いている。
少し近づくと――初老の男性が何かを叫びながら慌てていた。
登山者にしては荷物も持っていない。
《太郎さん。ステルス魔法の防音を解除してください。声はあげないように注意。以降は念話での会話をお願いします》
「……わかった」
防音を解除すると、声が耳に届いた。
「おーい! 誰かー! 助けてくれー!」
思わず声を返しそうになって、なんとか堪える。
カラスへ念話を送る。
「この人だけみたいだし……遭難者か?」
『そうみたいだな。動きがぎこちない。怪我をしておるぞ』
「どうする? 助けたいけど……見つかるのはマズいだろ」
《ステルス魔法はこのまま。生活魔法のライトで誘導してはどうでしょう》
『ふむ。ちょうどこの先に、わしにまつわる神社がある。そこまで行けば人もおるはずじゃ』
「距離は? あの足じゃそんなに持たないぞ」
《セルフヒールを少しずつ。熊野三山での誘導なら“八咫烏の奇跡”として有耶無耶にできる可能性が高いです》
「伝承があるのか。知らんけど……助けられるなら今はこっちに集中だ。カラス、方向頼む。俺はセルフヒールをかけてライトで誘導してみる」
『カッカッカッ! よし、任せろ』
そこからは早かった。
セルフヒールをかけ、ライトを点滅させて気づかせる。
男は最初こそ驚いていたが、やがて覚悟を決めたように歩き出した。
「……八咫烏の導きか?」
そんな声も聞こえてくる。
実際カラスが先導しているんだから、間違ってはいない。
セルフヒールが効いてきたのか、男の足取りも少しずつ軽くなる。
やがて神社の建物が見えたところで、俺はライトをふわっと建物の方へ動かし、消した。
上空からカラスと共に見守る。
男が建物へ駆け込み、騒がしさが広がる。
『……お主はほんとにお人好しよのぉ。だが力の使い方を間違えるな。今回は、よくやった』
「……これ、知っててこのルート通ったんじゃないだろうな?」
《その可能性は否定できませんね》
『そんな訳なかろう。偶然じゃ偶然。……まあ、迷惑がかからぬようにはしておこう。さ、少し離れて姿を隠せ』
カラスが建物の上空を回りながら、ひと鳴きした。
建物の中から数人が飛び出してきて、空を見上げて騒いでいる。
助けた男の姿もあり、こちらに向かって大声で感謝を叫んでいた。
もうひと鳴き。
そして俺への念話。
『さぁ、わしらも行くぞ。修行の続きじゃ!』
「修行だの奇跡だの……俺はただの修理屋なんだけどな」
それでも、不思議と胸は少しだけ誇らしかった。