第118話 氏神とお稲荷さん
「それじゃあ、明日はお札を貰いに行くか。……神社で貰えるんだよな?」
《はい。宮司さんが常駐している神社なら、お願いすれば頂けます》
そうか。俺の人生、神社なんて初詣と受験の合格祈願くらいしか縁がなかった。天照大御神の名前くらいは聞いたことあるけど、実際どういう位置づけなのかなんて正直わからない。
「なぁリク。神棚に祀るなら基本くらい教えてくれ」
《承知しました。まず中央には天照大御神様。日本の神々の頂点であり、すべての神々を照らす太陽です。太郎さんにわかりやすく言うなら――会社の社長です》
「……社長か。うっ、三徹がフラッシュバックしそうだわ!」
《今は太郎さんが社長です》
「ぐっ……反面教師だな。まあ、それは置いといて。で、右と左は?」
《向かって右には氏神様。その土地を守り、地域の人々を氏子として見守る地元の神様です。向かって左には崇敬神。仕事や個人で特に信仰する神様を祀ります。商売人であれば商売繁盛の宇迦之御魂神(お稲荷様)が定番ですね》
「なるほどな。わかりやすいけど、会社に例えると妙に生々しいな。……でもご飯を食べられなくなったら困るし、やっぱお稲荷さんにしておくか」
《はい。お稲荷様を祀っている神社であればお札を頂けます》
「で、中央の天照大御神はどこで?」
《本来は伊勢神宮のものです。ただし全国の神社を通じても頒布されています。ただし常備されていないこともあるため、問い合わせが必要です》
「へぇ……伊勢神宮って三重県だったよな? せっかくだし、氏神様のお札をもらった後に――伊勢まで行ってみるか」
その瞬間、脳裏にカラスの低い声が響いた。
『修行だな。飛行魔法で飛んでいけ。(神棚が完成したら、賑やかになりそうじゃのぉ)』
「カラスまでノリノリかよ……! 俺の人生、どんどん変な方向に修行が増えていく気がするんだが」
翌朝。
朝の日課を終え、リクと段取りを確認する。
「それで、氏神様のお札ってどこで貰えるんだ?」
《太郎さんの居住地であれば、最寄りの氏神神社――いわゆる地元の神社で授与されます。その境内には稲荷社もありますので、宇迦之御魂神のお札も同時に受け取れるでしょう》
「一石二鳥ってやつか。助かるな」
《ただし、お札は郵送などではなく、必ず神社に足を運び、参拝したうえで授与されます》
「まぁ、それが筋ってもんだよな」
昼前、俺は軽く身支度を整えて神社へ向かった。
普段なら素通りしてしまう鳥居の前で立ち止まり、背筋を伸ばす。
鳥居をくぐると、自宅奥の神社と同様に肌がピリつくような感覚がした。
「……うわ、空気が違うな。清浄っていうか、静かに見られてる感じがする。......どこの神社も結界みたいになってるのかもな」
境内を進むと、拝殿の横から宮司さんが現れた。年配だが穏やかな雰囲気の人だ。
「いらっしゃい。今日はご参拝ですかな?」
「あ、はい。実は神棚を設置したくて……氏神様と、お稲荷様のお札を頂きたいんです」
「なるほど。ではご参拝を済ませてから、社務所へどうぞ」
宮司さんに促され、まずは本殿の前へと進む。
深呼吸して二礼二拍手一礼。
その瞬間、木々がざわめき、境内に柔らかな風が吹き抜けた。
「……一応、歓迎されてるってことでいいのか?」
《はい。少なくとも拒絶の反応ではありません》
「そりゃ助かるな……追い返されたら洒落にならん」
少し胸を撫で下ろしつつ、次は隣の稲荷社へ向かう。
赤い鳥居をくぐり、社の前に立ったところで――視界の端に、透けるような白い狐の姿が見えた。
社の上でじっとこちらを見ている。
《太郎さん。感知できていますか?》
(ああ……“いる”な。間違いなく、ただの石像じゃない)
確実に上位存在だと直感した。
……一礼をして静かに参拝を済ませる。
白い狐はしっぽをふわりと揺らし、霞のように姿を消した。
「挨拶はできたかな」
《受け取っては頂けたようですね》
その後、社務所に戻り、リクに言われて事前に準備していた初穂料一万円を差し出す。
宮司さんから丁寧に二柱分のお札を受け取った。
「少しよろしいですか?」
「はい?」
「あなたが境内に入ってから、雰囲気が少し変わった気がするんですが……神職の方ですか?」
「とんでもない! ただの修理屋です。神棚にどの神様を祀るかさえ知らなかったくらいの若造ですよ」
《嘘は言っていませんね》
(俺の信用を試すな)
「あぁ、そういうことでしたか」
宮司さんはふっと柔らかく笑みを浮かべる。
「この神社で祀っているのは少彦名命です。薬や酒造の神様として知られていますが、生活を整える神、暮らしを直す神としても信仰されております。壊れたものを直す修理屋さんなら……歓迎されているのかもしれませんね」
「ははっ、それならありがたいですね」
《太郎さん、まさに適任です》
(確かに、修理屋にはピッタリな神様の気がするな。ただ...酒造の神ってのだけは引っかかるぞ...)
《ここでこの前のフラグの回収ですか?》
(...まさかな。やめろよ?ほんとにフラグじゃないぞ)
「ところで、神棚なら中央には天照大御神を祀ることになりますが……お札はどうされますか?」
「あー、旅行も兼ねて、伊勢神宮まで参拝しようかと思ってます」
「おお、それはいいですね。どうぞ楽しんできてください」
丁寧に一礼し、社務所を後にする。
紙袋に収めた二柱のお札を抱えながら、俺は心の中でつぶやいた。
「よし……じゃあ気を持ち直して、次は伊勢まで行くか」
《飛行魔法の修行が本格的に始まりますね》
「やっぱりそうなるのか……」
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