第117話 設置して満足する太郎
朝の日課を済ませ、修理作業をしているときだった。
ふと昨日のことを思い出しながら、リクに話しかける。
「能力者関係の相場感も分かったし、ひとまずは一区切りかな。まぁ、そうそう依頼が来るとも思えんが……他の修理屋の評判が微妙なら、また回ってくるかもしれんな」
《ええ。ただ、玲子様が小鳥遊さんと話すと、説明に齟齬が出る可能性があります》
「それな。聞かれるまではスルー、聞かれたら“叔父さんが手伝いに来てる”で押し切るか。玲子ママなら、ああ見えて線引きはちゃんとしてそうだし、深入りはしてこない気がするんだよな」
《妥当な判断です》
そこで、ふと別のことを思い出した。
小鳥遊の店で見た、あの招き猫と神棚。
「……そういやさ。あの店、招き猫も神棚も魔力反応があったよな」
《はい。招き猫と神棚からの反応を記録しています》
「猫の件は置いとくとして……神棚。俺のとこ、置いてないよな?」
手を止めて見回す。道具はきれいに並んでいるが、壁際にそれらしいものはない。
商売人としてどうなんだ? と今さら気づいてしまった。
「普通の店とか会社って、どのくらい神棚置いてるんだ?」
《検索中……。統計的には小売店や飲食業など“客商売”では設置率が高く、特に中小規模の個人店だと半数以上に神棚があります》
「……やっぱ普通は置くのか。カラスやニワトリ、白兎が身近にいたから全然気にしてなかったな」
《祀るならその三柱を?》
「それでいいのか?全く知識が無いから、わからないんだよな……」
考え込んでいると、背後から低い声が響いた。
『わしらのことは祀らんでええぞ。既に供えてもろうとるしの。祀るなら、天照大御神様に加えて、この地の氏神と商売の神を祀ればよいぞ』
「うおっ! カラスかよ……って、そんな簡単に言うなよ。神棚一つで三柱なんて祀れるのか?」
《三社形式の神棚も販売されています。通販や神具店で購入可能です》
「なるほど……。よし、今日は神棚設置するぞ。オススメを探してくれ」
《承知しました》
「とりあえず、ホームセンターに見に行ってみるか」
《太郎さん、神棚はホームセンターより専門店のほうが適切です》
「……そうか。やっぱ素人発想は危ないな」
俺は頭を掻きながら、神棚設置に向けて準備を始めることにした。
《では、購入先を検索します。……最寄りの仏具店で神棚の取り扱いがあります》
「仏具店? ……え、仏壇屋に神棚買いに行くの? なんか違和感すごいんだけど」
俺はリクの案内で近場の仏具店へと向かった。
「……やっぱ仏壇屋に神棚買いに行くって、なんか変な感じだな」
《神具も仏具店で取り扱っている場合が多いので、問題はありません》
「そうは言うけどさ……入り口に位牌とか並んでる横で『神棚ください』って頼むのは気まずいんだよ」
《太郎さんの“気まずさ耐性”は、社畜耐性ほど高くはないようですね》
「だから余計なこと言うな!」
店の暖簾をくぐると、店員のおじさんがにこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。本日はご仏壇のご相談で?」
「い、いや、あの……神棚を探してまして……」
「なるほど。神棚でしたらこちらにございますよ」
店員さんに案内され、木の香りのする棚に並んだ大小さまざまな神棚を見渡す。
三柱祀れるタイプや、一社造りのシンプルなものまで揃っていた。
「……おお、ちゃんとあるもんだな」
《おすすめは三社造りです。祀る予定の三柱をお迎えできます》
「じゃあこれで。榊立てや水玉、米器も一緒にお願いします」
「はい、神具一式で揃えますね」
そこでふと、頭に日課のことが浮かんだ。
店員さんが準備している間にリクと念話で話し合う。
「どうせなら日課で使ってるやつも、ちゃんとしたの揃えた方がいいよな?」
《はい。お供え用の小物を揃えれば形式上は大丈夫です》
店員さんに声をかけ、追加で小物を用意してもらう。
気づけば、俺はごく自然に注文を終えていた。
さっきまでの気まずさはどこへやら。
むしろ少しワクワクしている自分がいた。
荷物を抱えて自宅に戻ると、俺は玄関で一息ついた。
「いや、思ってた以上にデカいぞ、これ……」
三社造りの神棚はなかなかの存在感だ。神具一式の箱も合わせれば、それなりの荷物になる。
作業場に持ち込んで、設置場所をしばらく眺めながら考え込む。
「設置場所は……やっぱり1階の作業場にしたいんだけど、どこがいいかな?」
《向きは南向きか東向きが理想です。目線より高い位置で、清浄な場所が望ましいでしょう。今回は一階にも設置できるよう“雲板”がセットになっている神棚を購入しています》
「……雲板ってなんだ?」
《神棚の上に空間がある場合、“その上に人が歩く=神様の上を通る”ことになります。雲板は“ここは神域であり、上には雲しかありません”という意味を持たせるための板です》
「なるほどな……ビルとかにも付けられるように、時代に合わせていろいろ考えられてるんだな」
俺は魔法も使い、慎重に神棚を固定した。
榊立て、水玉、米器、酒器を一つずつ並べ終えると、作業場の一角が急に荘厳な雰囲気に変わる。
「……よし、これで完成だな。明日からは日課のお供えも、ちゃんとした神具に変えるし完璧だな」
《太郎さん、肝心のお札を入手していないため、まだ祀るものがありません》
「……あ」