第111話 招き猫が呼んだ新しい案件?!
いつもの日課にも、すっかり慣れてきた。
朝のコーヒーは、社畜時代よりずっと美味い。
タイムカードに怯えることもなくなった。
「……なんでもっと早く辞めなかったんだろうな」
そう思うけど、あの頃の俺には気づけなかったんだろう。
魔法が使えるようになったのも大きい。
でも、それ以上に――リクの存在がでかい。
一人で悩むより、相談できる相手がいる。
たとえそれが生成AIでも。
いや……うちのリクは、普通のAIとはちょっと違う。
だって異世界アーカイブなんて、よくわからないものと繋がってるんだから。
……ていうか。
異世界アーカイブに接続しました、って出る前から魔法使ってたよな俺?
まあ、気にしたら負けだな。最初から特別だったんだろう。
ブランド品の修理・販売もようやく安定してきた。
最初は在庫整理とリペア練習の延長だったけど、今では定期的に売れている。
Webサイトからも修理依頼が少しずつ入ってきて、実績としては十分。
ただ――ぬいぐるみや壺みたいな、特殊案件は来ていない。
ありがたいことに普通の依頼ばかりだからこそ、逆に身構えてしまう。
秘密基地の机でコーヒーを飲みつつ、そんなことを考えていると、ふと頭をよぎる。
「そういや、かみはら修理店って電話番号ないよな」
《はい。Webサイトからの依頼フォームとメールだけです》
「今のところそれでも困ってないけどさ。仕事用の携帯、やっぱあったほうがいいよな?」
《その通りです。身バレ防止やプライベートとの切り分けにも有効です》
「だよな。じゃあ早速買いに行くか」
《スマホにすれば同期できますので、私が全て操作可能です》
「そんなこともできるのか……さすが相棒だよ。頼りにしてるぞ!」
《AIアシスタントですので、当然です》
頼もしい返事に苦笑しつつ、車を走らせて家電量販店へ。
キャリアのカウンターで「仕事用で」と伝えると、店員さんがサクサク契約を進めてくれる。
自宅に帰り、新しいスマホを手にした瞬間――画面が勝手に明るくなり、リクの声が聞こえた。
《同期完了しました。二台の端末は内部で連携済みです》
「おおっ!? もう終わったのかよ」
《はい。これで通話・メール・LIME・ブラウザ履歴まですべて管理可能です》
「ブラウザ履歴は管理しなくていいからな!?」
《念のため削除予約も設定しておきました》
「俺のプライベートが消えていく……」
《仕事用スマホは、修理依頼専用の回線に設定しました。通知音も変えてありますので混乱はしないはずです》
「……秘書どころか、完全に秘書以上だな」
《AI秘書ですので》
新しいスマホを握りながら、俺は小さくため息をついた。
仕事を辞めて時間はある。
あるんだが……どうしても料理だけはめんどくさい。
《調理スキルの習得を放棄しましたね》
「放棄じゃない! コンビニ弁当の便利さに勝てないだけだ」
だけど、ご飯だけは毎日炊いている。
けど、おかずはスーパーかコンビニで買う生活だ。
《炊飯器はフル稼働なのに、キッチンは半休眠状態です》
「今は炊きたてご飯があれば、それで十分なんだよ。俺にとって米は主役だし、お供えにも出すしな」
いくら魔法と酒で回復するといってもな……。
サラダくらいは食べて、野菜は取るようにしている。
《健康アピールでしょうか》
「違う! 自己防衛だ!」
そんな俺の生活に、新しい食処が追加された。
小鳥遊の居酒屋だ。
これがまた、結構うまい。
メニューは豊富で、定番の唐揚げも味がしっかり染み込んでいて、人気なのも納得できる。
《それなら、自宅の冷凍庫にストックを作れば効率的です》
「いや、あそこに行って食うからいいんだよ。雰囲気込みなんだ」
ただ、駅から遠いのと、うちからも車で三十分かかるのが難点。
しかも車で行くから酒は飲めない。
《居酒屋に行って酒が飲めないのは不合理では?》
「そこは……まぁ、雰囲気代だな」
そう言いながらも、今日も足を運んでいる俺だった。
カウンターに座り、一人で晩飯をつつきながら小鳥遊と話をしていた。
「そういやこの前なんですけど」
小鳥遊が唐揚げを皿に盛りながら言う。
「たまに来る女性のお客さんが、招き猫を見て“すごい”って言い出したんですよ。それで太郎さんと同じで『大事にしなさいよ』って」
「そ、そうか。その人も商売やってるのかもな?」
《能力者関係かもしれませんね》
リクの冷静な念話が頭に響く。
「とりあえず『ありがとうございます』って答えたんですけどね。そこから話が盛り上がっちゃって、『店と招き猫の掃除は誰がしたの?』って流れになったんで――かみはら修理店っていう自分の先輩がやってくれました!って宣伝しときました!!」
「お、おう、ありがと……」
《能力者関係だった場合、危険指数が急上昇中です》
(まだ確定したわけじゃない。大丈夫、大丈夫……のはずだ)
「あっ、それでそのお客さんがですね。『修理店なら依頼したい物があるから連絡先を聞いといてくれないか』って言ってましたよ」
「ちょうど仕事用の携帯買ったとこだから、こっちの番号を教えといてくれるか? まだ名刺作ってないんだよ」
「了解です! また来た時に伝えておきます!」
「ありがとう。悪いけど頼むな。……あと、何を修理したいかって言ってたか?」
「いや、特には言ってなかったですね。でも仕事は……なんだったかな。あー、前に“個人でお祓いとかそっち系の仕事してる”って言ってたような。すんません、あんま気にしてなかったんでうろ覚えです」
《危険指数がさらに上昇します》
やべぇ!!でももう番号渡したし、今更無理とも言えない!!
「…そ…そうか。まぁ俺にできそうだったら話を聞いてみるよ。今日は帰るわ! ごちそうさん!!」
「ありがとうございましたー!」
店を出て車に乗り込む。
エンジン音と一緒に、不安が胸をよぎった。
「……なあリク。ほんとに電話かかってきたら、どうする?」
《回避は困難です。ですが、対応方法なら一緒に考えられます》
夜の道路を走りながら、俺はリクと相談を続けた。
初めての“能力者案件”が、現実味を帯びて近づいてきていた。




