第107話 劇的クリーンビフォーアフター
白猫に見守られながら、俺は手を合わせる。
「よし……じゃあ続きやるか」
神棚と招き猫は避けて、フロア全体を意識して
クリーン!
《なんということでしょう》
「……は?」
《積年の汚れで、少し引っ付くような感触だった床は、まるで新築のような輝きを取り戻し、上を見れば、そこは真新しい天井。長年、使い込まれて角が丸くなった机やカウンターも見違えるほど綺麗になり、たくさんの思い出と共に、この店の歴史として、そしてこの店の“味”として残す、匠の技が活かされています》
「待て待て待て! いろいろアウトだぞ!? クリーンかけただけだから!」
《劇的ビフォ◯アフター風に解説しましたが、ダメでしょうか?》
「絶対ダメだからな!」
《ちなみに壁もクリーンをかけていますが、張り替える予定ですよね?》
「……お前、上げてから落とすパターンか?!」
《染みついた臭いも消えているはずです。では次の工程に進みましょう》
ツッコミ疲れしながら、壁紙の張り替えに取りかかる。
もう何度もクロスは貼ってるから慣れたものだ。リクがスキャンで寸法を計算し、俺がリペアで下地を整えて、二人三脚であっという間に終わらせる。
テーブルごとに間仕切りができるよう、ブラインドを設置。
暖色の照明も取り付ける。ちなみにセンスのいいやつはリクのチョイスだ。
「……おお、ちょっとオシャレな感じになったな」
《褒め言葉として受け取っておきます》
完成した店内を眺める。
時計を見ると、まだ15時にもなっていなかった。
「……待ち時間長いし。小鳥遊の門出を祝って、追加サービスでもやっとくか。これは黙っとこう」
まずはエアコン。
スキャンすると、内部はホコリとカビで真っ黒。即クリーン発動。さらにリペアもかけ、見た目は外装を軽く拭いた程度に留めておく。
「うわ……今までこの空気吸ってたのか。ゾッとするな」
次は排水関係。
飲食店はどうしても汚れが詰まるって聞くし、念入りにチェック。スキャンで詰まりを確認し、ゴミ捨て魔法とクリーンを併用。最後にもう一度スキャンして、流れがスムーズなのを確認した。
仕上げに入り口のドア。
建て付けが悪く、開閉時にギシギシ音が鳴っていた。少しだけリペアで直し、スムーズに動くようにしておく。
「……ふぅ。これで全部終わったな」
店内を改めて見回す。
床も天井もピカピカ、壁は新品のクロス、照明で雰囲気もガラッと変わった。
「……綺麗になりすぎて、逆に怪しまれないか?」
《汚れをわざと残すのも違和感になりますし、太郎さんの“頑張った”で押し切れば問題ありません》
「……まぁ小鳥遊なら納得するか。というか一般人がいきなり魔法だと疑ってくることもないか」
苦笑しつつ、再び完成した居酒屋を見渡す。
これなら安心して引き渡せそうだ。
「ただいま戻りましたー!」
引き戸を開けて入ってきた小鳥遊と、その父親さん。
二人は足を止め、口を揃えて固まった。
「……えっ……」
「な、なんだこれは……!?」
まるで別の店に来たかのような表情。
「おぉ、イメージ通りだ! いや、それ以上です! 最高ですよ、太郎さん!」
「まさか……今日一日で、ここまで……」
父親さんまで、目を丸くして天井を仰いでいる。
「でも……太郎さん、いくらなんでも早すぎません? クロスも張り替えて、清掃もここまでやるなんて……どうやったんですか?」
「ん? あー……慣れだよ、慣れ。現場叩き上げのスピード仕事ってやつだ。集中したら案外いけるもんだぞ」
苦笑しながら肩をすくめる。
本当の理由は口が裂けても言えない。魔法なんて単語を出した瞬間に、全部ぶち壊しになるのは目に見えている。
「……そういうもんですかね?」
「そういうもんだ」
「いやでも、これで23万はさすがに安すぎますって!30は払わせてください!」
「ダメだ」
「で、ですが……!」
「これは小鳥遊の門出の祝いだ。俺からの気持ちだから、黙って受け取っとけ」
「太郎さん……ほんと、ありがとうございます!」
二人は深々と頭を下げてきた。
「ニャー」
ふと、足元で白猫が一鳴き。
誰にも気づかれぬよう、すっと戸口から外へ歩いていく猫の背中を見送った。
「小鳥遊、神棚は触ってないから自分で掃除しろよ。それとな、招き猫あるだろ、大事にしとけ。商売するならそういうのも、ちゃんとやっといたほうがいいと思うから」
俺がそう言うと、小鳥遊はきょとんとした後、真剣に頷いた。
「はい! これからはきちんと拭いてやります!」
「頑張って、親父さんに楽させてやれよ」
「...ありがとうございます!!
白猫の一鳴きが、祝福のように耳に残っていた。




