第100話 稲刈りとコンバイン修理と豊作
田んぼに近づくと、黄金色の稲穂が風に揺れていた。
穂先が擦れ合う音が、まるで拍手みたいに耳に心地よい。
「……やっぱり田んぼの匂いは落ち着くな」
うちは三反しか米を作っていない。けれど、実家と兄妹家族が一年食べる分には十分で、余りそうな分は知り合いや親戚に分けたり売ったりしている。
大規模でやっているところは儲かるのかもしれない。だが、うちみたいに三反ほどしかない田んぼだと、赤字になることも多いらしい。
機械を買おうものなら何百万もかかる、と父から何度も聞かされてきた。
「まぁ俺が田んぼできる内は、家族の食べる分ぐらいは作っといてやるさ」
父が笑う。
背中が小さくなった気もするけれど、その声は昔と変わらず力強い。
作業が始まった。
稲刈りを手伝っていた高校生の頃と比べると、稲刈り機――コンバインはずいぶん進化していた。
昔は刈った米が袋に溜まって、それを運ぶのが俺の仕事だった。だが今は、米をタンクに溜めて、軽トラに積んだ籠に筒からジャーッと出てくる仕組みになっている。
「うわ、無茶苦茶楽になってるな」
感動しつつも、俺の仕事は軽トラを運転して米を乾燥機まで運ぶこと。
エンジン音と稲の香りに包まれながら、黙々と繰り返す。
半分ほど終わった頃だった。
「ガガガガッ……」
コンバインが大きな音を立てて止まった。
「またかぁー! 去年も止まって時間かかったんだ。修理呼ぶから昼飯食べに戻るぞー」
父がコンバインから降りながらぼやく。
「父さん、先に帰ってて。一応、俺も修理屋だからさ。ちょっと見てみるよ。直らなかったら業者呼んでくれ」
「いいのか? じゃぁ先に帰って飯食ってくるから、無理そうならすぐ戻ってこいよ」
「わかった」
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父を見送り、俺はコンバインのカバーを開ける。
スキャンを走らせると、燃料系のパイプ詰まりと、パッキンの劣化。それにベルトが弱っているのがわかった。
「なるほど……」
外観が綺麗になりすぎると怪しまれるので、カバーより内部にだけクリーンを発動し、詰まりを取り除く。
ゴム類はリペアで補修しておく。
エンジンをかけ直すと、ブォンッと軽やかに始動した。
「……よし、異常なし」
あまりに早く戻ると怪しまれるので、少し休んでから田んぼを出る。
家に戻って父へ報告すると、目を丸くしていた。
「もう直ったのか? どこが壊れてたんだ?」
「たぶん燃料系の詰まりだと思う。一度フィルター掃除したら動いたよ」
「そうか。年に一度しか使わんから手入れもそこそこしか……助かったわ。飯食ってさっさと終わらせるぞ」
午後の作業は順調で、稲刈りは無事に終了した。
⸻
乾燥と籾摺りは大規模農家に頼むことになっている。出来上がるのは明日だ。
それまでの時間は、実家でのんびり過ごすことになった。
母ちゃんが出してくれたおはぎを食べながら、家族と話す。
「そういえば今住んでる所にニワトリが来てさ、ご飯やったら喜んで食べてたよ」
「炊いた米やったのか? もちもちしてるから喉詰めて死んじまうぞ!」と父。
「えっ? 普通に喜んで食べてたけど……」
「太郎、気をつけなさいよ! よそ様のニワトリが死んだってなったら住みづらくなるじゃない!」と母が小言を言う。
「知らなかったわ。隣に小さい神社もあって、そこにも炊いた米供えてたけど...」
「隣に小さい神社があるなら、そこに供えるのも生米にしとけ。仏壇の御飯さんと勘違いしてたんじゃないか?」と祖父に言われ、思わず苦笑する。
「……そうかも」
「まぁまぁ、神様もそんな細かいことは気にしませんよ」
祖母が柔らかく笑った。
「でも神様に供えるなら、今年できた新米を供えておけ。やっぱり新米はうまいしな」
父の言葉に、みんな頷いた。
⸻
次の日。
乾燥を終えた米を軽トラで取りに行く。
「やっぱり今年は豊作だな! 去年より五俵も多くできてるし、粒もしっかりしてる」
父が嬉しそうに声を上げる。
30kgの米袋が40袋。
3回に分けて実家まで運ぶのは、正直かなりしんどい。
結界、隠蔽、セルフヒールに加え、久々に身体強化も発動。父にバレないよう、慎重に運んだ。
実家に戻ると、母が新米を炊いて待っていてくれた。
一口食べる。
噛めば噛むほど甘味が広がり、思わず声が漏れた。
「……これ、今まで食べた米で一番美味しい」
家族全員が笑顔になる。
「この米なら神様に胸張って供えられるな。帰ったらちゃんと供えろよ」
父がにやりと笑い、祖母が「太郎がお供えしたからご利益でもあったのかもねぇ」と冗談めかして言った。
どこかで、コケコッと鳴き声が聞こえた気がした。
ついに100話突破しました!
ここまで続けてこられたのは、本当に皆さんのおかげです。
感想や応援、いつも本当にありがとうございます。
そして執筆する上ですごく励みになっています。
ありがたいことにコメントも増えてきて、返信が少し遅れてしまうこともありますが、すべてありがたく読ませてもらっています。
さて、次回からは……また太郎の日常が少しずつ動いていきます。
ここまで読んでくださった皆さんに、楽しんでもらえるように続けていきますので、これからもお付き合いください!




