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8. 孤独、仲間

ーーーーーーーーーーー


 木々の合間を抜けて進んでいくと、視界の先に濃い緑の蔦とシダが絡みついた洞穴――拠点が見えた。

 入り口付近には、茶色の革製リュックがある。


 やっとの思いで洞穴に入る。

 湿った岩壁の匂いが漂い、自分の荒い呼吸音が反響する。


「......痛いなぁ」


 左肩をなぞると、硬さと湿り気の混じった感触が指先に伝わり、血が服に染み込んでいるのが分かる。


 その右手で、骨槍をしっかりと握る。

 わずかに動かした瞬間、肩の肉の神経が擦られるような感触が走った。


 体がこわばり、手が止まる。


 ......こういうのは勢いが大事だ。ぐだぐだすると余計に痛い。

 奥歯を噛みしめ、思い切り引き抜く。


「......っ!ぐぁ"......!」


 鋭い激痛が肩に走り、思わず声が漏れて膝が崩れた。

 引き抜かれたばかりの傷口は再び大きく開き、新たな血が服にじわりと染みていくのを感じる。

 ずきずきと脈打つように痛い。

 

 ――しかし同時に、不思議な感触が傷口に広がった。

 熱く焼けるような痛みの中に、じわじわとひんやりとした感覚が混じっていく。

 生々しく開いていたはずの裂け目が、次第に引き締まるような感覚が、肩に伝わる。


 ポーションの効果か。

 飲んだ瞬間よりも、飲んで少し経ってからの方がよく効いてる。

 この様子なら、ポーションをもう一つ使う必要はないだろう。


 体の力が抜け、そっと腰を下ろした。

 冷たい地面の感触が尻に伝わる。


 ......服は破れ、血で汚れて、仲間はおらずひとりきり。

 人里の方角すらわからないどころか、今日をしのぐ自信もない。

 なんてみじめだ。

 情けない。辛い。


 負の感情が、じわじわと胸の奥に広がる。

 静かな森の音が、より一層みじめな気分にさせる。



 ――ふと、母さんのことを思い出した。


 高校の帰り、どしゃ降りの中濡れて帰ると、母さんは僕の好物のカレーを煮込む手を止めて、タオルをもってこっちに駆け寄ってくれた。

 濡れた制服を玄関に脱ぎ捨てると、文句を言いつつ拾って洗濯籠の中に入れてくれる。


 シャワーから出ると、食欲そそる匂いのする湯気が立ったカレーを出してくれた。

 一緒に食べながら、その日あった楽しかったこと、嫌だったことを話す。


 「あー、それは嫌やったねぇ。」なんて。

 たまに頓珍漢な返しをするけど嫌な気分はしない。

 そういう時間が、当たり前のようにあった。

 

 でも今は誰もいない洞穴で、冷たい岩肌に背を預けているだけ。

 帰る家も、ご飯の湯気も、母さんの声も、全てがもう遠い。


「......助けてよ、母さん」 


 閉じた瞼の隙間から、熱い涙がこぼれる。

 一滴、また一滴と、次々に流れ落ちていく。

 鼻の奥が腫れた粘膜で詰まり、じんと熱くなる。



 ――その時、視界の端に微かに動く青い影が映った。

 潤んだ目元を袖で拭い、身を起こして武器を構える。

---------------

名前:--

種族:コモン・スライムLv8/10

状態:通常

HP:17/17  MP:34/36

攻撃力:5  敏捷:6  防護:5

魔力:10  知力:10

特性

『ジェルの肉体』『草魂還元』『肉魂還元』『魔力感知Lv13/20』『酸性』『毒無効』『病無効』『変異個体』

特技

『体液操作Lv8/20』

魔法

スキル

『膨張Lv8/20』『組みつきLv6/20』『体液噴射Lv9/20』

称号

『E-ランク魔獣』

---------------

 ......なんだ、ただのクソ雑魚スライムか。


 木々から姿を現したそいつは、洞穴とはやや外れた方向へ、ぬるりと滑るように進んでいる。

 その先には僕が殺したネズミと蛇の死骸がある。


 死体漁り......相変わらずきもい。

---------

『草魂還元』

【植物を摂取することで、ごく僅かに経験値を得る。

含まれる魔力に応じて、得られる経験値の量は変動する。】


『肉魂還元』

【動物性の肉を摂取することで、ごく僅かに経験値を得る。

含まれる魔力に応じて、得られる経験値の量は変動する。】

---------

 『草魂還元』と『肉魂還元』は、その種の食べ物を食べると僅かに経験値を得るというもの。

 そりゃそうだよな。スライムが勝てそうな魔獣なんていないだろうし。


 ......気になるのが、特性の『変異個体』、そして、同種のスライムと比べたステータスの高さ。

 知力が他個体と比べてずば抜けて高い。

 スキルレベルも若干他個体よりも優れてる。

---------

『変異個体』

【何らかの点で通常の個体とは異なる性質を持つ個体。

外見・能力・特性・行動傾向など、その差異は多岐にわたり、事例によって内容は千差万別である。

進化に大きな影響を及ぼす。】

---------

 進化、ね。

 ニードル・スネークの説明文で【進化の素質を秘めた種でもある】って書いてたし、この世界の魔物には進化があるんだな。

 上限レベルがあったし、それに到達したら進化するんだろう。


 まあ、殺すか。

 経験値は少しでもあった方がいい。


 ひしゃげた木製盾を左腕に構え、右手で剣を握る。


 今のステータスなら逃げられてもすぐに追いつける。

 忍び歩きで近づく必要はもうない。


 スライムの半透明の表面が、死んだネズミの腹部に接触する。

 体表がわずかに膨らみ、ネズミの身体を包み込むように変形した。


 僕は、特に足音を隠すでもなく、スライムとの距離を詰めていく。


 ――しかし奇妙なことに、これまでの個体とは異なり、スライムは捕食を続けるだけで、逃げ出すどころか警戒をする様子を見せない。


 ん?どういうことだ?

 今までだったら、気配を察した時点で、最低でも警戒して動きが鈍るはず。

 ネズミの死体を感知できたんだ。僕に気づいてないなんてことはないと思うのだが。


 スライムまであと数歩という位置で、立ち止まり、剣先を向ける。

 それでも目の前のスライムは、捕食を続けている。


 なんだこいつ。

 僕が眼中にないのか?なぜ。

 よく今まで野生で生きのびてこられたな。

 確かに、こんな酸性粘液の塊を好んで食うやつはそういないだろうけど。


 だが、張り詰めていたものが少しほどけた。


 ――こいつなら、もしかして仲間にすることできるんじゃないか。

 スキルポイントの一覧にあった『調教術』。

 これまでの流れを踏まえると、その特技のレベルを上げれば、仲間にするためのスキルが何かしら手に入るはずだ。

 それに、常識的に考えれば、最初から僕に敵意や恐怖を抱いている魔獣より、この個体の方がずっと仲間にしやすいだろう。

 別に非現実的では話ではない。

----------

『調教術』

【魔獣、精霊などの意志を読み取り、言葉・支配・共感などによって従わせる特技。

調教した魔物は完全に支配できるとは限らず、精神的な繋がりや適切なケアを怠れば反逆・暴走することもある。】

----------

 ......けど、合理的ではないな。

 自分の戦闘能力はまだ不安定だし、仮に仲間にできたところで、この脆弱なスライムが一体どれほど役に立つのか。

 生きるためには、近接戦闘能力、特に剣術を上げて、新しいスキルを積極的に取るのが"現実的"かつ"合理的"だ。


 今の僕は、この世界に来てから初めて大怪我を負って、ただ単に気が動転しているだけだ。

 要するに、正気ではないだけ。


 怪我だってもう治ったんだ。

 少し落ち着く時間を設ければ、この考えがいかに愚かか理解できるはず。

 

 ......でも、そこまで分かっているにも関わらず、自分の内から湧き上がるこの衝動を止めることができない。


 ――スキルポイント30P消費して、調教術をLv10まで取る。


《条件を満たしました。『テイムLv3』と『マナ・リンクLv2』を得ました。》

----------

『テイム』

【意図的に波長を増幅させた魔力を、対象の脳に送るスキル。

魔力には送り手の意思や感情が強く乗っており、受け取った対象はそれを深く記憶する。

対象との関係性に強い影響を与える。】


『マナ・リンク』

【感情によって揺らぐ魔力の波長を感じ取るスキル。

高位の使い手であれば、日常会話に近い意思疎通も可能。】

---------

 スキルポイントを12使ってテイムをLv7まで上げる。

 

 剣を地面に置き、しゃがんでスライムに目線を合わせる。

 何の反応も返ってこないその姿を見つめながら、そっと右手を前に出す。


 静かに目を閉じる。

 僕の心の奥底に沈んでいる感情を起こす。

 仲間のいない森の中での孤独感と、誰かにそばにいてほしいという願い。それを、言葉ではなく魔力に乗せて送り出す――スキル『テイム』。

 送った魔力は、波のようにスライムの身体へと染み込んでいった。


 スライムはすぐには反応を見せなかった。

 ただ、沈黙の中でその体が微かに揺れ、わずかに輪郭が緩む。


 次の瞬間、スライムの体がほんの少し、こちらのほうへ傾いた。


 言葉はなくても、僕の心が伝わった感触があった。

--------

称号

『E-ランク魔獣』『従魔』

--------

『従魔』

【人に従う魔獣の総称。

必ずしも支配関係にあるとは限らず、対等に近い立場で意思を通じ合わせるものもいる。】

--------

 口元が緩む。


 とうとう僕にも配下ができちゃったか。

 いやー、今更だけど、仲間になるならスライムじゃなくてドラゴンとかが良かったな。

 どっかに卵転がってないかな。卵から育てて刷り込みさせたい。

 でも、確か爬虫類って卵産みっぱなしで卵あんまり守らないんだっけ?

 いや、ワニは守るとか聞いたことあるな。



 ――そんなことを考えていると、茂みの奥で何かが動いた気配を感じた。 

 目をやると、少し離れた茂みから、黒い影が姿を現した。

 荒れた黒毛の......やせ細った狼


 その黒い毛並みはところどころ逆立ち、泥と血に汚れている。

 全身に細かい傷が散らばっており、その足取りはぎこちない。


 狼の視線は自分に向いていると思ったが、わずかに角度がずれていた。

 鼻先が向かっているのは、すぐ脇に転がっている蛇――ニードル・スネークの死体だった。


 あんまり洞穴の近くに死体を置くべきじゃなかったかもしれない。

 魔獣が思ったより寄って来る。

-------------

E+『ロー・ウルフ』

【世界各地に生息する狼の低級魔獣。

家族を単位とした群れの中で誕生するが、成長すると群れを離れ、一匹狼として新たな群れの結成を目指す。

群れを形成できないまま各地を彷徨い続けた個体は、稀に残忍な中級魔獣へと進化する。】

-------------

名前:--

種族:ロー・ウルフLv22/23

状態:病気Lv2/20、衰弱の呪いLv6/20、飢餓

HP:43/74  MP:31/42

攻撃力:15(21)  敏捷:21(26)  防護:11

魔力:14  知力:19

特性

『魔獣の毛皮』『魔獣の牙』『肉魂還元』『病耐性Lv6/20』

特技

『察知Lv9/20』

魔法

スキル

『噛みつきLv12/20』『ダッシュLv13/20』『ステップLv5/20』

称号

『E+ランク魔獣』『元群れの長』

---------------

 こいつ、ひどい状態異常持ってるな。

 病気、呪い、飢餓。

 自然って大変なんだな。

 

 狼は僕に見向きもせず、脇を抜け、その隣に転がっていた蛇の死体の前で立ち止まる。

 鼻先を近づけ臭いを嗅いだ後、静かに顎を落とし、力なく蛇を食べ始めた。


 『元群れの長』ね。

 群れが壊滅でもしたのか、それとも、体が弱くなって群れを乗っ取られたのか。

 こいつも中々壮絶に生きてるな。

 この衰弱具合だと、蛇を食べて多少腹が膨れたとしても、今後生きていくのは厳しそうだ。


 ......ひとりぼっちで、今後生きていくのが厳しい、か。

 親近感を感じる。


 こいつも仲間に加えよう。

 その方が僕だけじゃなくて、こいつにとっても良いだろ。


 それにしても、僕に敵意を持たない魔獣に2匹連続で会うなんて運が良いな。

 僕の方からアプローチをしたわけでもないのに。


 ......『テイム』を使う前に、こいつにポーション使うか。

 仲間になってすぐに死なれたら気分悪いし。


 腰に留め具で固定してつけているポーションを取り、ふたを開ける。

 そして、かがみ、ポーションの飲み口を狼の口元に持っていく。

 

 しかし、狼はわずらわしさそうに顔を背けた。


 なんだよ。

 せっかく貴重なポーションを使ってやろうっていうのに、腹立つな。


 そう思った時、匂いを確かめるようにポーションに鼻を寄せた。

 そして、僕の顔をじっと見る。

 それからゆっくりと頭を戻し、瓶の飲み口を静かにくわえた。


 初めからそうしろよ。


 ポーションをゆっくり逆さに傾け、中身がちゃんと狼の口に流れていくのを確認しながら、そっと支えた。

 狼は飲み干すと短く鳴き、舌を出して、僕の顔へと顔を近づけてきた。

 だが、その口の臭さに僕は思わず顔を後ろに引く。


 結構口臭い。

 肉と血の残り香に、乾いた唾液と胃の酸が混ざったような、湿った腐敗の匂いがする。


 そんな僕を見ると、狼は舌を引き、顔を下げた。

 そして再び、地面に転がる蛇の死体へ口をつけ、食べ始めた。


 僕はその狼の背中に手をかざし、魔力を少し流し込む――『テイム』。


 すると、狼は食べるのをやめ、こちらを見た。

 しかし、やがてまた顔を下げ、蛇を食べ続ける。

---------------

称号

『E+ランク魔獣』『元群れの長』『従魔』

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 野良猫とか鳩とかに餌をやる気持ち、地球にいるときは全く理解できなかったが、今なら分かる。


 ......ずっとここに住むわけにいかない。

 こんな魔獣どもと毎日を過ごすのも、いつかは精神的に限界が来る。


 明日はこの拠点を中心に、周囲で人里を探そう。

 この森は確かに魔獣多いけど、人が住めない魔境って感じでもない。

 時間をかけて探せば、いつかは見つかるだろう。


 ......碧眼金髪の美少女が隣に欲しい。切実に。

 ファンタジー世界なんだからいるだろ。テンプレだったらエルフか。


 できれば巨乳デカ尻であってほしい。

 性格は真面目で誠実とても聡明でウブ。僕の前でだけ照れ屋さんでめっちゃ笑顔。村のクソオスどころか帝都からも求婚に来るオスが絶えない美人で、今まで一度もオスを好きになったことのない。そんなとき、出会った超絶イケメン天才の僕に出会いの恋に堕ちてしまって……to be continued。

 あぁ、夢が広がりんぐ。

 

「......!」


 ――今、何か聞こえた。男の声......叫び声?

 森の静寂の中で、それが不意に耳を打った。

 

 『集中』を使って、耳を澄ませる。

 風が木の葉を揺らす音、細かな葉擦れの音、虫の羽音、小さな枝が折れる音......


 ――そして衝撃音。

 重いものが地面に叩きつけられたような鈍い音が、森の奥からかすかに響いた。


 人がいるのか?

 いたとしても、多分野郎なのが残念だが。

 地面に置いていた剣と盾に手を伸ばし、それぞれを握りしめる。


 従魔の2匹に目をやると、両方とも必死に死骸を食っている。


 ……スライムは論外として、狼もこの衰弱ぶりでは足手まといになるだろう。

 とりあえずは、洞窟に置いたリュックの見張り役ということにしておくか。

 戻ってきて、こいつらもリュックもまとめて消えていたら……泣くしかないが。


 ふとももから膝裏、ふくらはぎ、足裏へと順に魔力を送り込みらその脚で地面を蹴る――スキル『ダッシュ』。

 魔力が筋肉の動きを補助し、空気を裂くように体が前に弾き出される。

 地形のおうとつも、木々も、次々に視界から流れる。


ーーーーーーーーーーーーー


 最初は風の流れに混じるような、小さな音だった。

 しかし、やがてそれは、確かに人の声だとわかるほどに明瞭になっていった。


 男の荒い声と、それに混じる魔獣の咆哮。

 低く太く、振動するように響くその咆哮には獣特有の荒さがあった。


 さらに、重い衝撃音も一定の間隔で響いていた。

 木が倒されたのか、地面を叩きつけられたのか、それとも人を吹き飛ばしているのか。

 やがて、その音も次第に明確になっていく。


 ――木々の隙間から交戦の光景が見えた。


 踏み荒らされた地面の中央で、黒々とした巨体の魔獣ーーイノシシが肩を上下させながら呼気を吐き、地を踏みしめている。

 その魔獣の周りに、4人の冒険者がバラバラの間合いで位置している。

---------

名前:--

種族:ラッシュ・ボア―Lv14/22

状態:出血

HP:72/163  MP:22/44

攻撃力:32  敏捷:28  防護:30

魔力:14  知力:13

特性

『草魂還元』『魔獣の牙』『魔獣の毛皮』『頑強』『不屈』

特技

『察知Lv2/20』

魔法

スキル

『回復Lv13/20』『突進Lv7/20』『ダッシュLv9/20』

称号

『Dランク魔獣』

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