35. 迷探偵チアキ
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僕とヘルガは、都市ネファレス、そして解体場へ向かう街道を、ひとりの農夫――エリックと一緒に歩いていた。
この街道は、荷車の車輪と人や家畜の足に長年踏み締められて形成されたようで、この土には足跡や浅い轍が、何重にも重なって刻まれており、先へ先へと伸びている。
道の両脇は、村を出た時こそ鬱蒼とした森に囲まれていたが、こういう人里付近では、年月をかけて木々が払われたような草地がまだらに広がっていた。
遠くには小さく、放たれた牛や羊が集まって草を食んでいるのが見える。
細長く切り開かれた街道や人里、草地は、まるで森林という海の中に浮かぶ、陸地や砂浜、浅瀬のように感じられる。
――僕はふと鬱蒼とした暗緑色の森林を振り返り、その中にあった、一晩世話になったあの村を思い出す。
――エバフェルト村
森の中で、孤島のように佇むその村は、森の中という場所の割には多くの人々――恐らく数百人が住んでいた。
家々は互いに寄り添うように集まって建てられ、その周囲を取り囲むように畑や草地が広がっていた。
村の中央には石で縁を固めた井戸があり、朝夕では、水を汲むためにそこに集まった桶を持つ女たちや子どもたちが、作業しながら話に花を咲かせていた。
子どもの数は、少子化が進む日本に生まれた僕から見て多かった。
彼らはただ遊んで過ごしているのではなく、薪運びや水汲み、家畜の世話の手伝いなどにほとんどの時間を費やし、その合間に、互いにじゃれ合って遊んでいるようだった。
彼ら村人の暮らしは、自給的な農業と豚の放牧を基盤に、外との取引――木の伐採による薪や炭焼き、そして鹿狩りによっても支えられているらしく、村の周囲には切り株が多く残され、軒先や納屋の脇には、鹿狩りで得たらしい角や皮が干されていた。
さらに、村の空き草地の一角には、十頭ほどの羊が柵の内側でまとめて飼われていた。村長によれば、この森の環境に合うとされる品種を、村の者たちで試しているのだという。
――彼らは、恐竜たちとの戦闘後、怪我をして転がり込んで来た僕たちに、蓄えていた薬草を分けてくれ、手際よく手当てもしてくれた。
グレー・ラットの巣の駆除については礼を言われ、未知の恐獣を仕留めたことにも、驚きと安堵を交えた感謝を向けられた。
夜は、黒パンと肉と豆の煮込み、乳の汁物、焼いた根菜といった食事を、無償で振る舞ってくれた。
――前を向き直すと、都市ネファレスの城壁とその周囲の建物群の輪郭が、春の青白い空の下にぼんやりと佇んでいるのが見える。
右側――西の風景に目をやれば、山々が遠くで、どこまでも南北に長く連なっているのも見えた。
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僕達と一緒にネファレスを目指して歩いている農夫――エリックは、ネファレスへ行くなら強い冒険者と一緒に行きたいということで付き添うことになった、エバフェルトの村人だ。
彼は、村の余った家畜を都市に売りに行く役割を、村から引き受けたらしい。
エリックは三十代半ばほどに見える既婚の男。
日に焼けた肌に、刈り揃えただけの長髪を無造作に後ろへ流している。
茶色に汚れた麻のチュニックに膝丈のズボン、擦り切れた革靴という格好で、腰には紐で小さな袋と短いナイフを下げている。
そして、痩せた羊を二頭、さらに子牛を一頭、縄で繋いで引いている。
羊は僕の腰ほどまであり体格こそ大きいが、あばら骨がやや浮いており、脂気もなく、あまり元気がなさそうに見える。
一方子牛は元気でふっくらとして健康そうだった。
エリックは片方の手で縄をまとめて握り、もう片方の手では細い棒を持って、ときどき立ち止まったりあらぬ方向に行く羊や子牛を、軽く叩いて歩かせていた。
ステータスを見てみると、こいつらには特性に『家畜』が加えられていた。
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『家畜』
【社会性を持ち、人間に対して強い従順性を示す獣が持つ特性。
レベル上限に達しても進化は発生しない。
また、本特性を保有する個体は、人間による屠殺時に、経験値の獲得対象とはならない。】
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――そして、僕はというと、村長から無償で借りた荷物運搬用の馬を、ヘルガと交代しながら、手綱を引いて歩いている。
その馬の背には、クセノサロスとヴェロクラプトの頭部を一つずつ、それぞれ分厚い布で包んで載せている。
馬は、ネファレス到着後にエリックに返し、彼に村まで運んでもらう予定になっている。
馬に載せていない、もう一つのヴェロクラプトの頭部、これは昨日の晩に、村長がぜひ買い取りたいと言い出したので、その場で四十八マリャルで売った。
へルガいわく、こういうギルドを通さない契約は、本来あまり推奨されないものであるようだ。
冒険者ギルドは非常に独占的な組織なようで、魔獣の遺骸さえも、基本的にギルド指定の経路で卸さなければならず、常習的な違反者はギルド規則ではなくネファレス都市法で裁かれるらしい――そして、ちょうどその卸す先が、エリックも向かうネファレスの屠殺・解体場だ。
だが、村長が冒険者ギルドの幹部に伝手があるとかで、ギルド宛の書簡を用意してくれた。
ヘルガもその内容――金級冒険者の許可があれば、遡及的にもその取引が認可されるという規則を用いているそうだ――を軽く確認し、これなら大方問題ないだろうとのことだったので、言われるままにそこで売った。
帰りに荷物がかさばるのも困るから、あの場で売るのが帰るのに都合が良かった、というのも大きい。
ちなみに、血抜きなどの下処理は三つとも全部その村長一家がやってくれ、そのおかげで袋から漏れる悪臭はだいぶマシだ。
「――冬場はやることも限られててな、みんなおしゃべりばっかするから、色んな話ばっか耳に入ってくんだよ。例えば......」
エリックは口角を上げてヘルガに目を合わせ、いきいきとした調子で言葉を継ぐ。
ネファレスへのこの道中、特に関係がほぐれてきたここ数十分、エリック壊れたラジオのように自分の話を途切らせず続けており、ヘルガはその横でずっと聞き役になっている。
ほとんど聞き流す僕に比べ、ヘルガは気を遣ってうまいことそれに相槌を打ち、時々短く返事も挟むため、エリックはすっかり気分を良くして、脳みその中にあるどうでもいい世間話を、途切れもなく垂れ流す。
「――そんでな、去年、隣の家の婆さんは冬じゅうずっと、その村長とこの次男が絶対に村の粉挽きの娘とデキてるって言ってたんだ。俺ぁあんな仲いい幼馴染の許嫁がいたのに、それはねぇだろと思って流しててな。でも、ところが春になってみたら、そいつはその粉挽きの娘とどっかに逃げやがってな、そりゃもうその時は大変だったがな、がっはっは。」
エリックはそう言うと、他人事だというように、自分で声を上げて笑った。
「まあ……それはまた、随分と大変な話ですね」
ヘルガが苦笑しながらそう答える。
表情は柔らかいが、声は僕と話すときとは違って、他人行儀感が強い。
......初めてあった時は、ヘルガって僕にもこうだった気がするな。
――とにかく、この手の話は、僕にとって、そして十中八九ヘルガにとっても、どうでもいい話だ。
僕としては、その会話の情熱を、もっとヘルガについて聞くことに使ってほしい。僕が聞きにくいことも、この図太さならずんずん聞いてくれそうなものなんだが。
......いやまぁ、とはいえ、道中ずっとどうでもいい話しかなかった、というわけでもなかったけど。
村長一家がラッシュ・ボアを倒した話。家畜を襲うロー・ウルフと飼い犬の死闘――その末に家畜を守りきって死んだ犬の死体は丁寧に埋葬され、飼い主はその喉仏をネックレスにしたらしいという話。不作の時、司祭が村人たちに種を低利子で貸し出してくれて命を繋いだ話。
そういう話は普通に面白かったな。
でも、大抵は誰の味付けがどうだの、寝床の藁を変えていないから不潔だの、体臭のきついやつがいるだの、そんなものばかりで全くつまらない。
「で、そいつのせいで粉挽きが村長のところに怒鳴り込んでいってな、先に知ってたのにそれを黙認したんじゃねぇかって言って。でも村長は村長で、誑かしたのはそっちの娘の方だって言い返して。そんでよ......」
エリックはそこで一度言葉を切り。もったいぶったように口の端を吊り上げた。
こいつちょっとムカつくな。
さっさと言えよ。
一方、ヘルガはそれに「えー、何ですかー」と、苦笑気味に返す。
「ふふん、そんでよ、話してるうちになんか、その駆け落ちの話なんかどっか行って、粉挽きの小麦粉の、計量ちょろまかし疑惑の話になったんだよ。あっはっは!極めつけには、粉挽きが村長に『娘を盗ったこそ泥鼠が!』って言ったら、『お前こそ、村の麦袋を舐めて回ってるドブ鼠だ!』って村長が返してよぉ」
ヘルガは少し目を細め、「あらら……」と短く相槌を打つ。
「んで、どんどん白熱してきてな、あやうく村長が、粉挽きを殺しそうにもなったんだ。すると......はぁ、可哀想に、元々の許嫁んとこの旦那がその仲裁に入ってな。」
エリックはわざとらしく溜息をついた。
だが、その口元は、少し面白がるように緩んでいる。
「それで一旦は収まったんだ。だがな、その数日後、誰が呼んだんだか分からんが、"男爵様"の代官が村にやってきて、そんで、それら騒動全部をネファレスに持ち帰って裁判することになったんだ。......結局は小麦粉のちょろまかしも含めて、全部粉挽きが悪いって決まってよ、最後は粉挽きの営業権剥奪が決まったんだ、がっはっは!元々次男の駆け落ちの話が、こうも大きくなるとは、誰も思わんだろ!」
何が面白いのか僕には分からんが、エリックはそう言って、自分にはまるで関わりのない話だと言わんばかりに笑う。
ヘルガはその横で、口元を少し動かして愛想笑いのような表情をする。
目には同情の色が浮かんでいるように、僕には見えた。
「最後はそいつ、村の小さな畑だけじゃ生きていけないからって、村から出ていってそれっきりどっか行ってな。俺もよぉ、ずっと小麦粉を余分に取られてるんじゃねぇかって、ちょっと少ねえんじゃないかと思ってたから、出ていってくれてせいせいしたぜ全く。あっはっは」
エリックは片眉を上げてそう言って笑いながら、相槌を打つヘルガの顔へ、能天気に目をやる。
ヘルガは引きつった笑顔で、「大変な話でしたねぇ......」と苦しげに返す。
「なんで、粉挽きがちょろまかしたって分かったんだ?」
僕が、少し気になって口を挟んだ。
"男爵様"、そして、ネファレスでの"裁判"
......今後のことを考えると、少しはその流れを頭に入れたほうが良いかもしれない。
すると、エリックは僕が話を聞いていたことが少し嬉しいというように、振り返って僕に顔を向けた。
「へへっ、それはな、代官が来た日、まず粉挽き小屋の中を全部あらためたんだ。枡も秤も出させたそうだ。そしたら、挽き賃を貯めてるにしちゃ多すぎる粉袋や麦袋がいくつも出てきたんだとさ。そりゃもう黒だろうよ」
「......ふーん。“多すぎる袋”って、どれくらい?」
僕が重ねて聞くと、エリックは少し僕の目を逸らすと、肩をすくめて答える。
「どれくらいって……俺はよく分かんねえけど、何か結構な量の粉袋を貯めてたみたいだぜ?収穫期からもう半年は経ってたし、その時期そんなに村のやつらも粉挽きに持って行ってなかったのに、そんなに粉を余らせてるなんて、そりゃもう、ちょろまかしてたに違いないだろうよ。それに俺達もずっと、それこそ粉挽きがやってきた十五年くらい前から、あいつに頼むたびに、なんか持っていった麦の量より随分減ってんなぁと思ってたんだ。」
エリックは話しつつも、僕に目を合わせず、僕の胸のあたりに視線を落としたまま少し苛立ったように続ける。
「おかしいと思って詰め寄ったことも何回かあったが、外皮の分を多少ロスしたんだの一点張りで、相手にもしねぇ。悪いことしてませんよぉってこれみよがしに、それ以降毎回目の前で袋に詰めて見せるのもいけすかねぇ。まるで疑う俺らが悪いみたいな、すかした態度取っててよ。前から感じ悪かったんだよ、あそこは」
「……いや、でもさ」
僕はそこまで言いかけて、口を噤む。
実際に代官が何を見つけて、それとどんな風に裁判が進んだのか、たぶんこいつは正確に把握できてない。
だから、ここでしつこく聞いても言ってもしょうがないし、それに、あまりこいつを刺激するのも良くない。
だが、僕としては納得がいかない部分があった。
――僕が村長宅を訪れた時、あの一家はかなり裕福に見えたし、レベルも高かった。
村では大きな力仕事を主に担っているようで、人望も厚かった。その家に泊まらせてもらった晩に偶然、村人たちが、狩ったロー・ウルフの肉の一部をわざわざ、村長にと持って来るのが見えたほどだ。
そのうえ、ヴェロクラプトの首の買取交渉の際も、村長の長男は計算を素早くこなし、相場の話や冒険者ギルドとの繋がりについても理路整然と話していた。その振る舞いは知的で、行動力もかなりあるように見えた。
その村長一家が、この騒動が出る前からずっと不自然に思われていた粉挽きのちょろまかしを、家騒動に乗じて摘発した、というのに少し怪しさを感じる。
その前から対処できた話じゃないか?なんで家騒動の前に、それを明るみにしなかったんだ。その粉挽きは十五年も村にいたんだろう?それで、来たときからその疑惑があったと。
......あくまで仮説だが、粉挽きを追い出す口実としてその家騒動だけじゃ足りないかったから、窃盗の冤罪をふっかけた、という可能性はないだろうか?
もちろん、それ以前から粉挽きと村長家の間に何かしらの権力関係があって、単に見逃していた、という可能性はある。そして、これらは全部、根拠に乏しい僕の憶測や疑念に過ぎない。
だが、エリックの話をそのまま受け取るならば、枡も秤も出させたのに、決め手が“多すぎる粉袋”だというのが少々気になる。
枡や秤に細工があったのなら、それは強い証拠になり得るだろうし、信憑性もまだマシだ。
......もっとも、その細工がどのようなものだったかを理解できる人、する気のある人が少ない社会では、その信頼性は高いとも言い切れないが。
とにかく、証拠が蓄えていた粉袋や麦袋というのは、どうにも怪しいように僕は感じる。
元々僕自身が疑い深い性格なのはそうだが、だとしても、エリックが、どれくらい見つかったのかを、大体すら言えないところも......その粉挽きが悪い前提で話を進めているような、違和感がある。
そもそも、代官が証拠を集めて事実関係をほとんど判断してから都市に持ち帰るなら、提示された証拠が本当に客観的証拠に足り得るかなんて、ある程度代官次第じゃないか。
それに、その都市で判決を下した人間たちは、村へ来て捜査をした本人たちか?恐らく違うだろう。事件を持ち帰ってきた代官や当事者の証言を聞いて、事実関係を把握したはずだ。
村の中で好かれていた様子もなさそうだし、これではあまりにも粉挽きに不利だ。
「追い出したあとな、村の広場でもう一回皆で話したんだが、やっぱ隣村の水車で挽いた時と返ってくる量が違ったって言うやつもいてな。人間ああも、悪どくなっちゃぁ、もう終わりだよ」
エリックは言いながら鼻を鳴らし、羊の縄をぐいと引いた。
僕は結局それに適当な相槌を打ったが、聞いていて話にならないとも思った。
たとえこの文明レベルゆえに、立証に技術的制約があるにせよ、この調子じゃ冤罪も出放題だろう。
〚去年の春は、不作が原因で小麦粉の値段がどんどん高くなってたんだ。少しでも高い値段で売るために、その粉挽きさんは、多少売り控えして蓄えてた可能性は十分あるね。正式な取り分の都市売却は、粉挽きの慣例の特権だから。〛
その時、僕の気持ちを察したのか、ヘルガの思念が僕の脳に差し込んできた。
――ヘルガは村への帰還後、キズの魔力を吸いながら体調を戻しているさなか、キズが『マナ・リンク』を使えることを知った。
それから昨夜はずっと、『マナ・リンク』でのキズとの会話が盛り上がったようで、今では僕に対しても『マナ・リンク』で日常会話ができるほどにまでなっている。
なんで何時間か会話しただけでその練度に至っているのかは......もうヘルガだからとしかいえない。なんか僕も慣れて驚かなくなってきた。
......ヘルガは、人から漏れ出す思念の読み取りについて、まだ何となくの感情くらいしか読み取れないと言っていた。だが、僕の脳みその中を読まれる日は遠くないのかもしれない。
嫌だな。場面によっては普通に嫌われそうだ。
一応、『マナ・リンク』を鍛えれば、自分から漏れ出す思念をある程度制御できるだろうし、邪なことを考える時だけでも踏ん張る、というのもありだが……
〚ちあきは、どうでもいいことばっかり、考えるよね〛
その時、キズの思念が横から割り込むように僕の頭の中へ滑り込んできた。
軽い調子の言葉だったが、僕は反射的に眉を寄せる。
うるさいな。
キズにとってはどうでもいいことかもしれないが、僕にとってはそうじゃない。
僕は一昨日にこの世界に来たばかりで、現時点で色々と相談できて信頼もできるって相手はヘルガしかいないんだ。
もちろん、宿屋のレヴァンや武器屋のラーズ、昨日の村の人たちも頼りにならないことはないだろうが......僕が本当に困ってる時にどれだけ助けてくれることやら。
その点ヘルガは、今のところ僕のことを、少なくとも......放っておけない他人、程度には思ってくれているだろう。
それに、本来は別に何を考えたって僕の勝手なはずなんだよ。
確かに僕は、普通の人よりうだうだと捻くれてものを考える方かもしれない。でも、何もかも鵜呑みにしながら聞き流すような人生より、ここはこうなんじゃないか、あれがこうなったらああなんじゃないかって考える人生の方が、同じ限られた一生の中では有意義なはずだ。
実生活に役立つってだけじゃなくて、自分自身が納得するためにも必要なんだよ。
〚......そうやって、すぐにあたしにかみつくの、いや〛
ヘルガの肩の上に乗るキズが、僅かに体の色彩を暗色に黒ずませた。
同時に、不快、拒絶、小さな主張の意――これら思念が僕へ伝わる。
ヘルガもそれを感じ取ったのか、エリックの話に相槌を打ちながら、一瞬だけキズの方へ視線を向けた。
……ごめん。
そうだな。ちょっと、お前に当たりが強かったかもしれない。
心を読まれるなんて、今まで経験したことがなかったからさ……今まで自分が見逃していたことを、覗かれて、それで、指摘された気分になって、それで少し苛ついたんだ。
それに、元々僕は心の中では結構口が悪いんだ。
別にお前が嫌いだからってわけでもないから。
それでも、キズは嫌だったよな。
これからは気をつけるよ。僕が悪かった。
〚......もっと、きらくに、すごせばいいのに〛
キズの暗い思念は、そこでふっと消える。
それから少し間を置いて、今度は柔らかい思念が続いた。
〚あたしは......あたしたちは、べつにちあきを、ほんとうにきらったり、しないから、ね?〛
ヘルガの肩の上で、キズは少し身じろぎする。
暗く沈んでいた体色が、少しずつ明るくなり、淡い色へと戻っていく。
〚やくそくするよ〛
――その言葉は、なんだか僕の胸に、すっと落ちていった。
心の中にくすぶる暗いわだかまりが、少し散る。
……そっか。ありがとう、キズ。
「ところでな、俺の姉の息子、えーと、あれだ、俺の甥っ子なんだが、そいつもういい年した男なのに、このところ俺が挨拶するとすぐに顔を逸らすんだ。まったく、小さい時はあんなに良くしてやったのに、俺のことを嫌ってんのか、はたまた――」
エリックはそんな僕らの気も知らず、また新しい話題を思い出したというように、身振り手振りをしながら愉快に話を続ける。
子牛の一頭が低く鳴き、馬が鼻を鳴らした。
包んだ頭部の布袋が鞍の横でわずかに揺れ、風に獣の臭いが混じる。
前方では、ネファレスの街並みがさっきより大きくなっており、その北の城壁外れの川沿いには、低い石垣と長い屋根の列――屠殺・解体場が見えてきた。
ネファレスの規定では、魔獣の討伐証明は、冒険者ギルドと契約している屠殺・解体ギルドにその遺骸を卸し、そこで遺骸の値段とギルド印が押された木簡を受け取り、その木簡を冒険者ギルドの会館にもっていくことで成立するそうだ。
そして、冒険者は報酬としてその遺骸の買取価格の七割、さらに、ギルドによる事前指定があるなら、その討伐報酬も追加でギルドから支給される――ちなみに、冒険者ギルドは金融にも食い込んでいるそうで、両替商などと連携して銀行の真似事をしているようだ。預金口座が開設され、そこに基本的には冒険者報酬が振り込まれるらしい。
まぁ、こんな珍獣の、しかも頭部をいくらで買い取ってくれるかは分からないが、異常の報告も兼ねて、その旨もしたためてもらうためにも、僕たちは解体場に行かなければならない。
僕たちが歩く街道は、真っ直ぐそこへ続いている。
本当はもっと長い回のはずでしたが、忍耐力がないので投稿しちゃいました(^_^;)
しばらく更新頻度はそんなに高くない予定です。二週間以上空く回も出てきそうです。m(_ _)m




