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34.5 とある主の召見(Side:??)

 我が眼前に立つそれは、真っ黒な外套を羽織った小人のようだ。

 だが、よく見ればその外套も頭巾も身体と癒着しており、衣ではなく毛皮そのものなのだと分かる。

 頭巾の縁から突き出た耳は丸く、鼻先から伸びる触毛と前へ張り出した門歯が、それを齧歯の類であると示していた。


〚この度は、お招きいただき、誠にありがとうございます〛


 それは、我が脳内へ直接そう語りかけてきた。

 我が呪術師シャーマンどもが用いる、魔力の波を媒介とした対話と同種の術であろう。

 しかもその流れを見るに、我だけでなく、この場にいるモノ共すべてへ同時に届くよう調整されている。


「膝ヲ付ケ!ブレイ者ガ!」


 我が近衛の一匹が、ラッシュ・ボアの骨より削り出した白槍をその鼠女へ突きつけて怒鳴る。

 鼠女はそちらへ一度だけ視線を向けると、面倒そうに片膝を折り、頭を垂れた。


「ワザワザ貴様カラ首ヲ差シ出シニ来ルトハナ!ダガ楽ニ死ネルト思ウナ、貴様ハアラユル苦痛ヲモッテ、ジワジワト嬲リ殺シニ――」


「待て」


 我は片手を上げ、その喚きを遮った。

 近衛は口を閉ざし、行き場を失った息を喉で止め、それを不服そうに飲み下す。


「このモノは、我が衛兵ども、それも精鋭を含めたそれらを、傷一つ負わずに魔法一つで無力化したのだ。敵であっても、軽んじて扱うべきではない」


「シ、シカシ!コノ者ハ我ラノ番犬ヲ誑カシ、“計画”ヨリモ早ク人間ドモニ差シ向ケマシタ!ソノ結果、我ラハ四匹ノ番犬ヲ、アノ“鼠”モ含メレバ五匹ヲ失ッタノデス!今後、仇討チニ人間ドモガ押シ寄セルヤモシレマセヌ!我ラハマダ、戦力増強ノ余地ヲ、一歩分残シテイタトイウノニ!」


 我慢の利かぬ一匹が、我の制止を無視してまくし立てる。

 その小さな頭部は軽く、薄く、中身が詰まっているようには見えぬ。

 鼻孔と口から湿った息を垂れ流しながら喚くその様を見ていると、これと同じ種であるという事実自体が、我には不快であった。


「お前、近う寄れ」


 我が指先で招くと、そのモノは慌てて我の傍らまで擦り寄ってきた。


「ナ、何デゴザイマショウ!」


 我は間髪入れず、その眼窩へ指を差し込み、そして引き抜く。

 柔らかな球体が指先に転がり、粘ついた液が指の間から溢れる。脆いその球体には、白い筋がぶら下がっていた。


「ア"ァ"ァ"ァア"ア"ッ!」


「この我に不当な口答えをするモノに、目玉は二つも要らぬ」


 潰れた眼を押さえて床に伏すそれから視線を外し、我は鼠女を見下ろした。


「それで、貴様は何をしに来た。返答次第では、腕一本で許してやってもよい。剣士でもないモノに、二本も腕は要らぬからな」


「では、ありがたく発言させていただきます」


「......なんだ、貴様、話せたのか」


「はい。私は、もはや“獣”ではありませぬので」


 鼠女はそう言って、頭を垂れたまま言葉を継いだ。

 媚びているようでいて、声に震えなどはない。

 膝をつきながらも、地に這う獣のそれとは異なり、己を一個の使者として我に差し出すような態度をとる。


「貴方様の聡明さを見込みまして、ご助言に参りました。“計画”は、本来の時期を数か月待たず、前倒しして実行するべきかと」


「......ほう。」


 我らの“計画”を知っているのか。予定の時期までも。


 ただ耳に入れた程度ではない口ぶりだ。どこまで知っている。

 目的だけか、段取りもか、それとも我が愚母のことまでか。

 軽々しく言葉を返せば、かえってこちらの内を明かすことになる。

 鼠風情にしては、踏み込む位置を心得ているな。


「この度……もう数日前からのことになりますかな。私は、貴方様の飼い犬を十匹ほどお借りし、人間狩りをいたしました。ご存じのとおり、人間どもは、戦士と呼ばれる者であっても、多くはその一匹にも及ばぬほど脆い存在にございます。四匹こそ失いはいたしましたが、そのうち二匹は野良の孤狼の横槍によるもの。私は二十名の戦士を仕留め、その遺骸のすべてを持参いたしております。貴方様の母上にも、お役立ていただけるかと」


 鼠女の口元には、笑みとも呼べぬわずかな歪みが浮かんだ。

 

 ……どうやら、我らの内を相当に知っているようだ。


「貴様が番犬を放ったことも、その顛末も、とうに分かっておる。」


 我は鼻で息を吐いた。


「十匹も放てば、それなりの戦果など当然だ。むしろ、四匹も失ったことの方に驚いている。それに、人間はその程度の偵察で測れるほど一様ではない。この森の近くには、万にも及ぶ人間の巣がある。その中には、この我に並ぶものが何人もいる」


「四人でございます」


 鼠女は即答した。


「貴方様に匹敵する力の持ち主は、現時点で四人」


「……何?」


 単に我が言葉尻に乗ったのではなく、明確な自信を含んだ言い方であった。

 大口を叩いているだけならその場で裂いて捨てればよいのだが、こやつは無根拠な虚勢だけでここまで来る愚か者ではないだろう。


「私には、従属させた配下どもの五感と記憶を読み取る術がございます。さらに、その身体を密偵向きにある程度造り替えることも可能です。ゆえに、すでにこの一帯の人里の大半について、地理も、兵の質も、主要な人物の動向も把握しております」


「......」


 我は返答せず、その顔を観察した。

 部分的に誇張が含まれている可能性がある。そもそも、数をそこまで断言できるということ自体が不自然だ。

 配下の視覚や記憶をつなぎ合わせた程度で、この我に匹敵する強き者の数を正確に数え上げるなど、通常なら不可能に近い。


 そもそも、我々が"計画"を早めることに、何の得がこやつにはある。こうして我に無防備な体をさらしてまで、何がしたいのか。

 ......もっとも、獣どもの心中など、我の価値観で測れるものではないであろうが。


「現在、この地域の強者の半数以上は、緊急の用事で外へ出払っているようにございます。遠方での人間どもの内輪揉めの一環かと。いつ終わるかまでは断言できませぬが、これは一月にも満たぬほど前から続いている動きでございます。本来であれば、この周辺には十に近い強者、さらにそれらに次ぐ者が数多く常駐しているはず。しかし今は、珍しいほど少ないのです。」


 鼠女はそこでわずかに顔を上げた。


「そして、たった今。ここから方位七十五度、三十キロほど離れた村に、その強者のうちの一人が到着いたしました。今夜はそこに泊まる見込みです」


「......なるほどな、分かったぞ。」


 我は背もたれに体重を預けた。


「その一人を今のうちに討て、と貴様は言うのだな。そしてそれを皮切りに“計画”を前倒しし、この一帯を贄として、我らを他を寄せ付けぬほどの群れに膨らませるべきだと」


「左様にございます」


「……ふむ」


 我は無言のまま、周囲を一巡り見た。

 近衛どもは皆、何か言いたげな顔をしていた。鼻先をひくつかせ、喉仏を上下させ、肩を強張らせている。だが、そのどれ一つとして声は出さない。


 真っ当な不満や意見があるなら前へ出て言えばよいものを、我の機嫌を窺い、隣を窺い、結局は黙る。骨も胆もない。

 数だけは揃っていても、こういうモノ共ばかりでは群れる意味などない。


 まこと、憐れで情けない。

 "あの方"も、この体たらくでは失望なさるほかあるまい。


「よかろう。貴様の案に乗ってやる」


 その一言で、周囲のモノ共の空気がわずかに動く。

 鼠女は頭をさらに低くする。


「ただし条件がある。貴様の密偵の術がどこまで確かなものか、この場で順に確かめさせろ。加えて、貴様に何ができ、何ができぬのか、隠さずすべて話せ。あとで出し惜しみが見つかれば、その時は当然命はないと思え」


「……ありがとうございます」


「礼を言うのはまだ早い。お前の言葉を、我は全ては信じ切ってはおらぬ」


 我は骨の椅子からゆっくりと腰を上げた。

 背もたれを成す骨が、わずかに軋んで鳴る。


 我はそこで、ふと思い出し、来いというように指先を鼠女に向けた。


「ああ、そうだ。お前、近う寄れ」


「......はっ」


 鼠女は一瞬だけ間を置いた。

 だが、やがて鼠女は何も言わず、にじるようにして玉座の脇まで近づいた。


 我は腰の剣を抜いた。

 刃は鞘から離れると同時に振り下ろされ、鼠女の右肩口を縦に断ち切る。

 腕は地面へ落ち、赤黒い粘液が断面から太く流れた。


「……ッ!」


 鼠女の身体がわずかに傾ぐ。

 だが、声を漏らすことはなく、切断面を押さえることもせず、片膝をついた姿勢を崩さない。


「はっ、やはりお前は中々“良い”な」


 我は口端を吊り上げた。


「このように斬られても、うめき声一つ上げぬとは。気に入ったぞ」


 我はその頭を、手のひらで強く叩いた。

 頭巾めいた皮膚が揺れ、細い首がわずかに傾く。


「モノ共!戦を始めるぞ!支度をせい!」


 号令とともに、広間が一変する。

 近衛どもはようやく意味を与えられた虫のように、一斉に動き出す。

 槍が持ち上がり、足音が地面を打ち、奥へ命令が伝達されていく。


 鼠女は落ちた自分の腕にも視線を向けず、床へ血を垂らしながら静かに頭を下げていた。


 その姿を横目に、剣を軽く振って血を払いつつ、我は吐き捨てた。


「まずは、あの愚母にも一応は報告せねばならんな」

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