23. ネズミ狩り
前話の取得経験値を少し修正しました
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魔力を込めて強化した下半身。これで体幹を固定したまま、数歩を一息で詰める。
ファルシオンの間合いに一匹のグレーラット入った瞬間、僕は剣を上から落とし、グレー・ラットの胴を背骨ごと斬り砕いた。背中が二つに分かれたそいつは、腹から地面に叩きつけられる。その切断面からは赤黒い血が噴き出し、草と土を暗く汚す。
《グレー・ラットを討伐しました。経験値+44。次のレベルアップまで残り23です。》
続けて左前から、別の個体が足元へ噛みつこうと突っ込んでくる。僕はそれを足裏で顔を蹴り飛ばした。首が反るように身体は弾かれ転がり、砕けた牙が宙を舞う。
横目に、右側からさらに一匹が走ってくるのが見えた。反射でその進路に横薙ぎを走らせる。
しかし、その瞬間相手は跳躍し、刃の軌道を間一髪でかわした。
「おっ」
そのまま直線軌道で、グレー・ラットの牙が僕の首筋へ迫る。
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スキル
『噛みつきLv6/20』『ダッシュLv5/20』『ジャンプLv3/20』
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こいつ、珍しく『ジャンプ』を持ってるな。
僕は『一閃』の要領で強化した左腕で、素早く盾を顔の前まで、殴るように引き寄せる。
金属の縁が相手の首に当たり、硬い衝撃が手首まで返った。首元でくの字に曲がったグレー・ラットの体が横に弾かれ、地面を転がり土埃が薄く立つ。
《技能経験値が一定に達しました。『パリィLv1』を得ました。》
《技能経験値が一定に達しました。『盾術Lv6』がLv7にレベルアップしました。》
距離が空いてしまったヘルガへ視線を走らせると、ちょうど一匹のグレー・ラットが跳び上がり、首筋へ牙を立てようとしていた。
こいつも『ジャンプ』持ちか......
ヘルガは一歩下がって身を引きながら、杖の下端を鋭く突き出し、相手の喉元を突く。木の先端が喉元に食い込み、グレー・ラットの体が空中で弾かれた。喉を潰されたような声を漏らしながら、その先に落ちて転がる。
そのさらに奥、少し距離のある場所ではロー・ウルフが大口を開け、一匹の首へ噛みついていた。ロー・ウルフは顎を緩めないまま、首元から血を吹き出して倒れている近くのもう一匹へ向け、咥えたそれを上から叩きつけた。
そしてスライムは……半透明の体内に、グレー・ラットの死体をもう一匹沈ませている。
なんかこいつだけ食事楽しんでないか?
――その時、ヘルガの背後から、別の一匹が忍び寄っているのが見えた。
だがヘルガは正面と左右に意識を割いていて、背後の気配にまだ気づいていない。
「ヘルガ!後ろ!」
僕は右手のファルシオンを逆手になるように取り握り直す。刃先が前へ向く角度に腕を振り上げ、右腕に込めた魔力で一瞬で腕を振り抜いた。剣は一直線に飛び、空気を切る。
そしてグレー・ラットの胴に命中する。刃が肋骨を割って沈み込み、貫通した先端は地面に深く刺さり、串刺しとなった。
《技能経験値が一定に達しました。『投擲Lv2』を得ました。》
そいつは四肢をばたつかせたが、すぐに痙攣へと変わり、やがて動きは止まった。
《グレー・ラットを討伐しました。経験値+44。》
《人間Lv14にレベルアップしました!スキルポイントを22取得しました。次のレベルアップまで残り161です。》
「あ、ありがとう。さっきは......危なかった」
ヘルガが、ほっと胸に手を当てて言った。
「大したことじゃぁないよ」
僕は地面に突き刺さったファルシオンへ歩み寄り、柄を握って真上に引き抜く。
刃には、鈍く黒い血と土と混じった汚れがついていた。
《グレー・ラットを討伐しました。経験値+22。次のレベルアップまで残り139です。》
《グレー・ラットを討伐しました。経験値+22。次のレベルアップまで残り117です。》
これは......さっき蹴飛ばしたり盾で殴った二匹が今死んだ分なんだろうが、半分しか経験値がないな?
死体に目を向けてみると、スライムのジェル状の粘液がかけられ、毛皮の表面がぬめった膜に覆われていた。皮膚はまだらに崩れ、肉が露出した部分が黒ずんでいっている。
あいつ漁夫りやがったな。
というかあいつ、あの見た目で結構動き早いんだよな。
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名前:--
種族:コモン・スライムLv9/10
状態:通常
HP:17/17 MP:19/36
攻撃力:5 敏捷:6 防護:5
魔力:10 知力:11
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レベルが一つ上がってるか......だがステータスは知力が1上昇するだけ、ね。
グレー・ラットもそうだったが、魔物にとってレベルはステータスにあんまり関係ないのかもしれないな。
とにかく、これでグレーラットは今日で9匹僕が殺したことになった。そんで、ヘルガが4匹、ロー・ウルフが4匹と言ったところか。
経験値ウハウハだな。経験値二倍があることと、元々僕のレベルが低くてレベルアップに必要な経験値が少ないっていうのもそうだが、それにしてもこのネズミ狩りはあまりにも効率がいい。正直ラッシュ・ボアを苦労して殺すくらいならネズミ狩りしてる方が随分楽だ。
この地域の連中ももっとネズミ狩りに勤しめば生きるのが楽になりそうな気もするが......僕の経験値テーブルと一緒なのかも怪しいっちゃ怪しいからな。
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名前:ヘルガ・バウアー
種族:人間Lv11
状態:通常
HP:69/69 MP:77/96
攻撃力:20 敏捷:24 防護:12+2
魔力:32+4 知力:32
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それに、ヘルガは特別だが、冒険者たちの多くは、僕と同じレベルだったとしても、ステータスは僕より二割くらい低いし、スキルだって充実していない。噛まれたら病気にかかるリスクのあるネズミ狩りに、ある程度安定して参加できるようになるのはLv15くらいからだろう。
「チアキ、剣見せて」
「ん」
すると、ヘルガがファルシオンの刀身に向けて手をかざした。
次の瞬間、白い光が掌で輪郭を持ち、空中に魔法陣が浮かび上がる。細い線が幾何学的に走ると、円環と複数の紋様が重なり魔法陣が形成され、そこから出る淡い白光が刀身を照らした。
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『サニタイズ』
【光魔法の一種。
対象物の表面に作用し、付着した有害残留物を魔力的に除去する。
作用範囲は限定的で、内部には効果を及ぼさない。】
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ファルシオンを消毒してくれたようだ。
消費MPは3前後なようで、燃費は悪くないが乱発はできないくらい。
「よし、次は......」
その後、ヘルガはロー・ウルフの方へ歩み寄った。
ロー・ウルフは意味を理解しているようで、赤黒い血が少しついている口をヘルガに開けて見せた。ヘルガはその口元へ手をかざし、再び『サニタイズ』の魔法陣を出す。
「......やっぱり『デコイ』は使った方が良かったかな。」
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『デコイ』
【闇魔法の一種。
術者が指定した対象の「存在感」を強調し、周囲の注意を強制的に引き寄せる。
耐性の低い者は意識を奪われ、集中力や判断力が低下する。
効果範囲は広くないが、熟練者であれば対象を複数指定したり、敵の警戒や照準を誘導するなどが可能。】
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闇魔法Lv3で追加されたスキルだ。L9ポイントでLv5まで上げている。
取ってみてから体感で気づいたことだが、熟練度が低ければ当然味方も巻き込んでしまう可能性が高い。だから使うなら、今のレベルアップで得たスキルポイント使って、Lv10くらいまで上げた方が良いかもしれない。
「いや、チアキはダークミストのために魔力を残したほうが良いよ。実際私もネズミ狩りなんて初めてで、どの程度"煙"が必要か分からないから。」
ヘルガは当然のような顔でそう返した。
この子は相変わらずだな。僕だったら、つべこべ言わずに最初から使ってくれよとか思うんだが。
「......いや、次は使うよ。それより、これで大体二十匹くらい殺したわけだけど、大分落ち着いてきた。この様子だと"第二フェーズ"ってことでいいね?」
僕がそう言うと、ヘルガは杖を持たない方の自分の手を、握りしめたり開いたりする。
「......うん、そうだね。"第二フェーズ"か......まさか私たち二人だけでここまでやれたなんて、信じられないよ。ネズミ狩りなんて、本来銀級冒険者が四、五人でする仕事だし、銅級だけなら十人規模の仕事だよ。」
ヘルガは信じられないというように目を少し大きくしてそう言い、自分の上がったステータスを確かめるみたいにジャブを宙に打ってみせた。続けて杖の先端で敵を突く動作も試す。
「"僕ら"が特別なんだよ。それこそ、僕一人でもヘルガだけでも、はたまた足手まといがもう一人いてもできなかった。」
周りを見渡すと、あんなに怒り立っていたネズミたちが鳴りを潜めている。気配もほとんど感じない。
ギルドの情報通りだ。蜂みたいに数百数千匹いるわけじゃないから、"第一フェーズの"前哨特攻作戦は数十匹規模にしかならない。
そして、"第二フェーズ"では、"穴熊"戦略に変わる。つまり、僕達にこれ以上かける犠牲はもったいないから脅威が諦めるまで巣穴に籠城する作戦だ。こいつら結構頭いいよな、ネズミのくせに。
そんで、巣の中に煙を燻すと堪らず犠牲を問わず襲いかかってくるのが"第三フェーズ"、ここが肝になる。ここでは、様子を見計らって女王ネズミが巣穴から脱出し、新たな巣に亡命してしまうらしい。ここで逃さず仕留めることが、僕達の一番の難関だ。
「でもさ、ヘルガ。正直、最初の方で敗走するだろうなとか思ってたんじゃないの?」
僕がいじるように人差し指をヘルガの肩に当てると、ヘルガはちょっと焦ったように視線をそらし、口元に手を当てた。
「あ、あはは......まぁ、ね。いざとなったら私の魔法でなんとかしよう、とは少し思ってた。」
ヘルガは恥ずかしそうに笑う。
「はっ、もうその心配はいらないよ。僕らは"油断しない限り"負けない。これは強がりでもなんでもない事実。」
「......だといいけど」
僕はグレー・ラットの巣穴へためらいなく近づく。穴の奥からは何の気配も上がってこない。
「じゃあ、早速はじめようか」
「うん、分かった」
掌を穴へ向け、正面に魔力を集める。初めて"スキル"を使う時もそうだったが、ほとんど練習もしてこなかった"魔法"を身体に染みついているような感覚で使えるのは不思議な感覚だ。
頭の中に自然に図形が浮かび上がる。円環、そこから伸びる線、交差する角度、刻まれるべき記号の配置。考えて設計するというより、最初から頭の中にある完成形をなぞるような、奇妙な感覚。
僕はその輪郭に沿って魔力を宙に形付ける。散らばろうとする流れを気力で抑え、線の太さを整え、円を閉じる。
魔法陣が成立した後、僕は体内の魔力を闇属性に"変質"させる。
闇の属性が持つ、体感的な重さ。光が吸われていく圧迫感。音が沈むような密度。そういうイメージを、魔力に押し付ける。
すると、魔力の質が纏わりつくようで、ものを腐食させるようななにかに変わり始める。
最後に、僕は掌の前に浮かぶ魔法陣へその闇の魔力を送り込む。
「『ダークミスト』」
次の瞬間、魔法陣から、黒い細かな、煤のような粒子が勢いよく放出され、巣穴へと大量に流れ込んでいく
《技能経験値が一定に達しました。『ダークミストLv5』がLv6にレベルアップしました。》




