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22/23

22. グレー・ラットを追え!

ーーーーーーーーーーーーーー


 樹の幹が不規則な間隔で並び、頭上の枝葉が空を狭く切り取っている。

 日は徐々に南に近づきつつあるが、季節のせいか位置はまだ低めだ。


 森の中を歩くのは少し大変だった。

 ヘルガの案内で、動物が踏み固めたような獣道を主に辿っているためまだマシではあるが、道幅は狭い。土の表面はわずかに締まっているものの、乾いた層の下から湿った層が滲み出るような感触がある。ここの地面は、思ったより水を含んでいるらしい。


 だが面白いことに、そこまでは辛くない。ステータスが上がり、自分の体重をあまり負担に感じなくなったのが大きいのだろう。特にヘルガは筋力が一・五倍くらいに上がっているせいか、自分でも驚いた様子だった。


――少し進んだところで、僕は両手の人差し指と中指の先を口に含む。そして短く魔力を込めた息を強めに吹いた。

 鋭い音が鳴り、木々の隙間を抜けて飛んでいく。反響も薄いまま、音は遠くへ消えた。

------

『呼笛』

【指笛を吹く際に、音に自身の魔力の波長を重ねるスキル。

通常の指笛以上に遠くまで響き、周囲に自分の存在と位置を伝える。】

------

「うーん……中々来ないね」


 ヘルガがそう言った。


 ロー・ウルフとスライム。昨日、僕が『テイム』で仲間にした二匹の従魔だ。あいつらをグレー・ラット狩りに呼ぶため、ギルドから教えられた巣穴の場所へ向かいながら、こうして定期的に『呼笛』を鳴らしているのだが、反応がない。

 巣穴の場所は僕の昨日の洞穴拠点に近い。ヘルガ曰く、この辺りの魔物はそれほど行動範囲が広いわけでもないらしいし、聞こえていてもおかしくないはずだが。

 せっかくスキルポイントを9も使ってLv5にして、ある程度遠くまで届くようにした分、無駄になるのは正直辛いんだが。


「まぁ、別に今回の討伐に来なくてもいいけど。森の中で達者に生きてるなら、それで最低限オッケーって感じかな」


「そうだね。元気で暮らしてるといいな」


 ヘルガは、少し心配そうな顔で軽く頷いた。


 ヘルガには、従魔二匹は昨日この森で仲間にしたばかりだと伝えてある。

 実際、魔物使いにしては不自然に扱いに困っているところを見せて、なのに前からの仲間だと誤魔化すのも無理があるだろうと思ったからだ。


 演技すればいい、と言われればそうかもしれない。だが嘘を吐き続ければ、どこかで振る舞いに粗が出る。ヘルガには極力、不信感を向けられたくなかった。


 今後の仕事の上での打算というわけでもない。

 ......この世界でできた、初めての友達だし。


「それにしても、チアキって本当に多彩だよね。……故郷の"ニホン"っていうところ、随分進んでるんだね」


 ヘルガは少し言葉を選ぶように言った。


 ヘルガには、僕が"ニホン"という場所から来たことも伝えた。

 当然、ヘルガはそんな地名は聞いたこともないという反応をしたが、"ニホン"はずっと東の海の向こうにある島国で、僕も気づいたら理由も分からずこの森にいたという話をしたら、納得はしていない様子だったが、ひとまず理解はしてくれた

 むしろ、その後、ヘルガは興味津々の顔で、"ニホン"について色々と聞いてきた。


 僕は、あまり嘘をつかない範囲で表面的なことだけ話した。

 人里がそこら中にあって、村は衰退してて、でも都市はとても大きいだとか。若者は減少傾向で年寄りが増えてきて、食料は技術の発展で狭い土地でも大量収穫できる、足りない分は外国から大量に輸入するなどなど。

 流石に、この世界の類が"ニホン"ではゲームを模したフィクションとして流行っている、なんてことは言えなかった。話し出せばきりがないというのも理由の一つだ。


 ある程度情報を小出しにした後、僕が「話すのが少し面倒だ」という空気を表情に出したら、ヘルガはそれ以上、楽しそうに質問を重ねることはなくなった。

 少し申し訳ないことをしてしまったが、今後、少しずつ話していけばいいと思っている。


「あぁ、すごく進んでるよ。でも楽園とは程遠い、みんな別に幸せじゃないし、なんならあの"世界"の人たち独特の苦しみすらあったね。」


「へぇ......」


 ヘルガは何かを言おうとして、口を開きかけた。

 だが言葉を探すように視線を揺らし、結局そのまま口を閉じた。


「あ、そういえば。"ニホン"人はみんな僕みたいな顔をしてるんだ。このあたりだと珍しい顔立ちだろうけど、"ニホン"ではよくいる顔だよ」


 少なくともこのあたり、都市ネファレスの住民は皆、西欧人のように彫りが深く、全体的に色素が薄めな容貌をしている。

 今が寒い季節でみんな厚着をしていることもあって、肌の色や顔の細部までははっきり見えにくいだろうが、それでも顔は顔だ。対面のコミュニケーションでは、視覚がまず拾う要素の一つでもある。


「あぁ……確かに。言われてみれば、ちょっとあんまり見ない顔立ちだね。今まで気づかなかったよ」


 ヘルガはそう言いながら、僕の顔をじっと見た。そして少し顔を近づける。

 ヘルガの青い目に、僕の顔が映った。


「気づかなかった、ね?ふーん......普通、なんか思うんじゃないの?」


「いやぁ、確かにチアキの顔は、言われてみればあんまり見ない感じだけど……他の人も、そんなに気にしないと思うよ」


 意外な答えが返ってきた。

 僕の顔は典型的な東アジア人の顔立ちだ。眉毛は少し濃いが、目は細めで、鼻梁は低く、全体的に丸みがある。日焼けしやすい体質もあって、肌の色は白というより薄橙、あるいは薄茶色に近い。そして髪色は真っ黒だ。

 目立つほどではないにしても、多少は振り向かれてもおかしくないと思うのだが。


「……ここの人たちって、あんまり容姿とか気にしないってこと?」


「そういうわけじゃないけど。でもチアキは別に、目立つほど変わってるわけでもないし……」


 ……となると、やっぱり"異世界人"だからか。

 何かしらの認識に細工がされている可能性もある。


「そういうも――」


 僕が言いかけた、その直後だった。


 森の奥で何かが動いた。葉の重なりがわずかにずれ、枯れ草が擦れる音が短く混じる。

 風で動いたような気配ではない。


「ヘルガ、構えて。何かいる」


「……分かった」


 僕はすぐにリュックを地面へ落とした。

 右手で腰のファルシオンを抜き、刃を前へ向ける。続けて左手で、落としたリュックに括り付けていた盾を引き剥がすように掴み、気配のした方向へ正面から構えた。


 ヘルガも即座に荷を下ろすと、僕の数歩後方へ位置を移す。

 そして杖の先端を同じ方向へ向けた。

--------

名前:--

種族:グレー・ラットLv8/10

状態:通常

HP:36/38  MP:41/41

攻撃力:13  敏捷:15  防護:5

魔力:11  知力:16

特性

『草魂還元』『肉魂還元』『不浄』『魔獣の牙』『病耐性Lv20/20』

特技

『察知Lv10/20』

魔法

スキル

『噛みつきLv5/20』『ダッシュLv3/20』

称号

『Eランク魔獣』『病の運び屋』『群れの従属者』

---------------

 早速お出ましか。当たりだ。

 強力な魔物だったら最悪だった。この周辺で遭遇するのは、せいぜいD-の鹿が最大だとギルドから教わっていたが、用心するに越したことはない。


 確かにギルド情報では、この周辺に巣があると言われていたが、これも間違いなさそうだ。


 胴が太く、四肢が短いグレー・ラット。そいつは口に、黒ずんだ肉の欠片を咥えていた。

 グレー・ラットは獣道の縁で止まり、頭だけを小刻みに動かした。左右、前、また後ろ。視線が落ち着いていない。


「食料を運んでるみたいだね。これなら、この個体を追うだけで巣にたどり着けそう」


 ヘルガが小声で言った。


 僕は一旦武器を地面に置き、盾をリュックの留め具に押し込み、革紐を引いて緩く固定すると、そのまま背負い直した。

 空いた左手でヘルガのリュックを掴み上げる。右手には抜いたままのファルシオンを保持し、刃先を下げすぎないよう角度を保つ。


 グレー・ラットを発見した後の手順は、既に相談済みだ。

 身体系ステータスが低く、遠距離攻撃ができるヘルガが、荷物を持たずに身軽な状態でグレー・ラットの後を静かに追う。


「任せて。絶対見失わない」


「気張らなくても大丈夫。僕も見てるから」


 僕が小声でそう言うと、ヘルガはグレー・ラットから視線を逸らさないまま、わずかに口角を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーー


 グレー・ラットは草を割り、木々を縫って走っている。

 ヘルガは僕より前に出て、距離を詰めすぎないように追い、足音を抑えて後を辿る。


――次の瞬間、そいつは木の影に吸い込まれるように消えた。


 まずいな。見失ったか?


 僕がもう一歩踏み込もうとした瞬間、ヘルガが腕を横に伸ばし、僕の進路を遮った。


「今、巣穴に入った。見て、あそこ」


 ヘルガはしゃがみ込み、前方の地面を指さした。


 その先、木の根元の影に、落ち葉が不自然に薄い場所がある。踏み荒らされたように地肌が露出し、草の倒れ方が一方向に揃っている。

 よく見れば、細い踏み跡も何本か周辺に集まっている。


――黒い穴が口を開けていた。


 落ち葉と湿った土が、僅かに円形に掻き出されている。


「これか」


 その時、灰色の頭が穴の奥から一つ現れた。

 そいつは入口で止まり、身体を半分だけ外へ出す。首を左右に振り、周囲を素早く見渡した。


 やがて身体を完全に這い出し、地面を低く滑るように走った。草むらを割り、別の方向へ消えていく。


「グレー・ラットは換気と脱出用に、あと二つくらい予備の巣穴を持ってるんだ。この入口とそれを、私が『ロック・ウォール』で強力に塞ぐ。その後小さな巣穴の方に、チアキは『ダークミスト』を……」


 ヘルガが言いかけた、その時だった。


 ヘルガの背後から、不自然な音と気配がした。


 僕はすぐに左手に抱えていたヘルガのリュックを落とし、ファルシオンをそちらへ向ける。

 ヘルガへの導線を塞ぐように、前へ出た。

--------

名前:--

種族:グレー・ラットLv3/10

状態:通常

HP:29/35  MP:39/40

--------

名前:--

種族:グレー・ラットLv6/10

状態:通常

HP:36/41  MP:37/39

--------

「キィッッ!」


 草むらが揺れ、灰色の影が二つ現れた。グレー・ラットだ。巣の近くで様子を伺う僕らを排除しに来たのか。

 片方がわずかに前へ出て、もう一匹が半歩遅れて続く。並んでいるが、間合いは揃っていない。


「鈍いな」


 二匹が迫った瞬間、僕は『ステップ』で瞬時に二歩分、距離を詰める。

 同時に身体の角度をわずかにずらし、二匹が一薙ぎの間合いに入るように位置を合わせる。


 グレー・ラットは僕の一瞬の動きに驚いたように、片脚が空を掻き、体勢が崩れかけた。

 だが、それでも止まらない。僕の足元へ噛みつこうと大口を開ける。歯列が剥き出しになり、顎が不自然な角度まで開く。


 僕は腕と剣に込めた魔力を炸裂させる。

 熱された水蒸気のような圧力が内側から膨れると同時に右腕が軽くなり、刃が空気を裂く感覚だけが残る。

-------

『一閃』

【武器と腕に魔力をまとわせ、高速で敵を鋭く斬りつける攻撃スキル。

速度に応じて威力が増す。】

--------

 凝縮された意識の中で、まず一匹の首に刃が入った。肉と脊椎をまとめて断ち、勢いのまま貫通する。刃は止まらず、そのままもう一匹へ届く。

 二匹目の頭蓋骨に当たった瞬間、骨が割れ、刃が沈み込み、抵抗が崩れる。その身体は横へ弾かれ、落ち葉の上に転がった。


《技能経験値が一定に達しました。『一閃Lv7』がLv8にレベルアップしました。》

《グレー・ラットを討伐しました。経験値+35。》

《人間Lv12にレベルアップしました!スキルポイントを21取得しました。次のレベルアップまで残り105です。》

《グレー・ラットを討伐しました。経験値+41。次のレベルアップまで残り64です。》


 僕は刃を一度振り、付着した血を払った。赤黒い飛沫が落ち葉に散り、土に滲む。

 腕と手首に残った重みを整え、呼吸を落ち着かせる。


 準備の時、10ポイントで『スラッシュLv7』を新スキル『一閃Lv7』へ"進化"させた。他にも力魔法を二つを試しに、そして闇魔法を一つほど取っている。


 今回、何となく行ける気がして二匹同時の一刀両断を狙ったが、もし感覚が狂っていれば二匹目に噛まれていた。

 やはり、ヘルガがいると多少無理な行動ができる。実戦経験としても悪くない。裏庭で剣を振ってはみたが、やはり実戦が一番だったからな。


「ありがとう。危なかった」


 ヘルガが構えていた杖を下げる。


「いや、ヘルガは巣穴に注目してたんでいいよ。周囲に意識を割くのは僕の仕事だから」


 気配に気づかなかったとしても、咄嗟に杖を構え、敵に向けられたならそれだけで十分だ。

 この様子なら、どちらにしろ大事にはならなかっただろう。


――その直後、別の気配があった。さっきのグレー・ラットとは違い、距離の詰め方が遅い。

 だが、どこか懐かしいような……これは。

-------------

名前:--

種族:ロー・ウルフLv22/23

状態:衰弱の呪いLv5/20

HP:72/74  MP:38/42

攻撃力:17(21)  敏捷:23(26)  防護:11

魔力:8(14)  知力:17(19)

-------------

 草の陰から、濃淡のある黒の毛並みの狼が姿を現した。口にはグレー・ラットを一匹咥えられ、その顎を緩めないままこちらへ近寄ってくる。

 グレーラットはその牙で頭蓋骨が砕かれており、牙に潰されるように挟まれている。

-------------

名前:--

種族:コモン・スライムLv8/10

状態:通常

HP:17/17  MP:31/36

攻撃力:5  敏捷:6  防護:5

魔力:10  知力:10

-------------

 ロー・ウルフの隣には、半透明のスライムがいた。内部にはもう一匹のグレー・ラットが沈んでいる。

 体表では細かな泡が立ち、肉が溶けて輪郭が少しずつ崩れていった。


「かっこいい登場してくれんじゃん」

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