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19. 胡蝶の夢

ーーーーーーーーーーーーーーーー


 四方八方から歓声が押し寄せる。蛮族が蔓延るゲイシアを征服した僕の凱旋を称える声だ。

 僕は馬車に乗り、頭上の高い位置から民衆に向かって手を振る。護衛の兵士たちが僕を囲み、列は前後どこまでも途切れずに続いている。


 この歓声は妥当だ。ゲイシア征服で得たものは、略奪品だけじゃない。

 広大な土地と人民が文字どおりアウリスの支配下に入り、反逆は二度と許されない。

 この戦争で欠けた人民と、余った土地はアウリス市民に分配され、入植が進む。そこで生まれる富は再び市民の間で分配され、再生産される。文字も知らないゲイシア人より、彼らアウリスの市民のほうが統治はうまい。


 この功績をもって、僕は終身独裁官の地位に就く。

 そしてアウリスの市民は僕に導かれ、帝国はさらなる栄光を手にすることになる。

 永久機関が完成したなぁ!


 僕は立ち上がっていた姿勢を崩し、振っていた手を下ろす。

 ミスリルとオリハルコンで作られた豪華な馬車に腰を落とした。

 馬車は高い位置にあり、柵のない開放的な造りで、座っていても僕の姿は民衆から見える。僕は疲れを意識して、目を閉じた。


 目を開けると、そこは薄汚れた、暗く狭い路地だった。僕は壁にもたれかかった姿勢のまま、身体を起こせずにいる。


 ……あれ。今は凱旋の最中だったはずじゃ。


 身なりの整った婦人が一人、僕の前まで来た。

 婦人はしゃがみ込み、銀貨を二枚、そっと僕のそばに置く。隣にいる子どもは親の手を握ったまま、僕の目をじっと見ていた。

 二人は僕をちらちら振り返りながら、住宅街のほうへ去っていく。


 ……そうだった。僕は、いわゆるホームレスだったな。


 異世界に転移して冒険者になったはいいが、初戦で恐竜みたいな魔獣――ヴェロクラプトの群れに腕を食いちぎられた。

 職を失い、誰からも助けられず、ここに流れついた。

 身体はもう思うように動かない。食事は一日に一食がせいぜいで、さらに病にかかったらしい。悪寒が止まらず、食欲も落ちてきた。


 ……それでも、僕は死にたくない。


 身なりの荒い男が二人近づいてきた。

 ぼろ布を纏い、骨が浮いた体つきだ。一人は片手に木の棒を持っている。

 普通なら同情を誘う外見かもしれないが、僕には分かる。こいつらは、明確に僕へ敵意を向けている。

 背中に汗が滲み、喉が乾く。


 まずい。こいつらの縄張りで物乞いをしてしまったみたいだ。

 逃げないと。

 身体を動かそうとする。だが足が言うことを利かない。上体が前に崩れ、膝が折れ、そのまま地面に倒れた。

 死にたくない。

 死ぬのが避けられないとしても、殴られて痛い思いをしながら死ぬのは嫌だ。

 

 誰か......母さん......助けて......!


 そう思って脚に力を込めると、ふらつきながらも立ち上がれた。眩暈をこらえて顔を上げる。


 周囲は火の海だった。

 炎上し、崩壊している大都市。瓦礫がそこらじゅうに転がり、まともに形を保った建物がない。

 あらゆる建造物が燃え、倒れ、悲鳴すら聞こえない。どこからか聞こえるのは、低いうめき声だけだ。


 目の前に、若い女の死体が横たわっている。

 身体は大きく変形し、胴が裂け、腹からは内蔵がこぼれ落ちている。

 手には黄金の杖が握られていた。本来は美しかったはずの顔は白目をむき、髪は乱れ、装飾品はばらばらに散っている。


 視線が妙に高いことに気づく。下を見ると、僕の肌は赤黒く変色していた。腕が四本ある。そのうち一本が、女の下半身を掴んでいる。赤黒い液体と内臓が、指の隙間からこぼれ落ちる。


 気配を感じて横を見る。僕の顔がすぐ隣にあった。顔面は歪み、眼球の大きさが左右で違う。

 血走った目が一点を凝視している。僕の首元から、もう一つの頭が生えているようだった。


 その瞬間、背中に痛みが走った。振り返ると、青い鎧を着込み、黄金の剣を持つ若い男が立っている。剣先から飛んだ衝撃波が、僕の背を抉ったらしい。


 ……そうだ。僕は戦っていた。

 僕は戦っている間だけ幸福を感じる。もう僕に刃向かえる力を持つのは地上に、この男――勇者しかいない。ここが僕の死地で、旅の終わ――。


「おい、起きろ!飯が冷めるぞ」


ーーーーーーーーーー


 その声が届いた瞬間、空間が大きく歪んだ。

 ドアを叩く乾いた打撃音が割り込む。


 次の一撃で、僕は目を開けた。

 窓板を閉めた個室は暗い。天井が低く、そのせいで圧迫感が強い。だが窓の隙間から細い光が差し込み、埃の筋が空中に浮かび上がっていた。


「とっとと起きろ、いつまで寝てんだよ。ヘルガが待ってんぞ。」


 僕が返事をしないうちに、レヴァンが部屋に入ってくる。彼は無言で窓板に手をかけ、木がきしむ音を立てて開けた。

 開かれた窓からは眩しい朝日が差し込んできて、暗がりの部屋を照らす。


「さっさと降りてこいよ」


 レヴァンはそういうと、部屋から出ていく。ドアは締めなかった。


 ......変な、というか嫌な夢見たな。

 昨日は本当に密度が濃い一日だった。神から森に転移させられて、色んな魔獣と戦って、血も流して、現地民に出会って人里にたどり着き、冒険者と一悶着してから、高い買い物までした。

 普通の旅行でも疲れるのに、ここまで濃い一日だと、なんというか、死んだように眠っちゃうのも当然だよな。


 だが、あれだけ動いた割に身体の節々は痛くない。筋肉痛もない。なんでだ?

 ステータスのおかげなのか、この身体がタフなのか……それとも、ヘルガの回復魔法のおかげか?

 

 部屋を出て、狭い廊下と階段を通って一階へ降りる。すると、暖炉の前でヘルガが薪を取り替えているのが見えた。


 部屋から出て、狭い廊下と階段を歩きつつ一階に下がる。

 すると、そこにはヘルガが暖炉の薪木を取り替えているのが見えた。

 キッチンの方からは水音が聞こえる。レヴァンが食器を洗っているのだろうか。


「ヘルガ、おはよう」


「あ、チアキ。おはよ!」


 僕が声をかけると、気づいたヘルガが明るく笑って応えた。


 ヘルガ、朝からレヴァンの手伝いか。健気だな。

 どうせ賃金が出るわけでもなく、無償なんだろう。

 お人好しというか、なんというか……たまにこういう人を見るが、「良く思われたくて」やっているのか、「嫌われるのが怖くて」なのか、それとも、倫理観や正義感からなのか。僕には理解できないな。


 ……あと、思ったよりヘルガって子供に近い感じがする。振る舞いのせいもあるのだろうが、見た目も大人とは思えない......なんとなくだが、十六、七くらいか?


 僕のヘルガへの接し方も、どこか年下のガキを相手にしている感覚に近い。

 いや、まあ僕は二十一で、そこまで変わらないが。

 ちなみに僕は大学に入るまでに二浪している。これにはあんまり触れないでほしい。


「さっさと食え」


 カウンターにはスープとパンが置かれている。

 どちらも昨日の昼と夜に食べたのと同じだ。量は昼よりだいぶ少なめ。

 ちなみに、宿泊者は特別に、一日の食事すべて込みで一マリャルらしい。食べない場合は、その日の朝に伝えればいいんだとか。

 これで一マリャルは、逆に驚く。むしろ赤字にならないか?


 ......あと、僕同じものを連続で食うのはあまり好きじゃないんだよな。

 作ってくれたレヴァンに言うのは気が引けるから言わないが。もちろん、怖いのもある。


 ……相変わらず美味いな。それに、冷めておらず熱々だ。


 だが不思議なことに、暖炉とは違い、キッチンから火の気配や煙の匂いはしない。


 炎魔法か?

 そういえばレヴァン、倒れたヘルガを運ぶときも、やたら高速移動してたし、絶対こいつ強いだろ。

 というか、ラーズといいパウルといい、強いやつが思ったよりゴロゴロいるな。

 ゴブリンやイノシシを倒したから僕だいぶ強いんじゃないかと調子に乗ってたけど、なんか、ちょっと悔しい。


「ごちそうさーん。美味かったよ」


「ん。だが次からはもう少し早く起きろ。日が出てからだいぶ時間が経ってるぞ」


 日が出て、だいぶ時間が経っている、か。

 そんなに日が高いとは思わなかったけどな。

 今は冬に近いらしいことを考えると……地球の感覚でいえば、日の出から二時間ほど経った、八時過ぎくらいか。


 いや、この世界の住民は早起きだな。

 まあ、暗くなったらすぐ寝始めていたから、睡眠時間自体は日本のやつらより長そうだが。


「チアキ、今日はどこ行こうか?」


 薪の補充と片付けを終えたヘルガが近づいてくる。

 白い頬は煤で少し汚れている。

 質素な緑のローブを羽織り、先端に小さな水晶玉が嵌め込まれた木製の杖をその手に持っている。


 この世界の住人は、そこそこ裕福そうな人以外、皆似たような色合いと服装で身体を覆っている。だから見た目の違いはあまり感じないが……それでも、やはりヘルガは可愛らしい。

 顔だけじゃない。人を気遣い、手助けしようとする気持ちそのものが、振る舞いににじみ出ているところが良い子だ。

 これを囮にしようとしたジョンは、だいぶやばいぞ。

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