18. 黒鋼のファルシオン
まず頭によぎった詐欺の可能性……これは、そんなに高くないだろう。低いとも言える。
今までの会話を踏まえると、こいつはそんな変なやつじゃない。
レヴァンも保証する老年の鍛冶師の店で、ここで金貨と銀貨の交換比率をケチったところで、評判が悪くなるだけだろう。それにヘルガが予測した金貨1枚当たり銀貨30枚程度っていうのとも合致する。
「……それと、ちょっと来い」
鍛冶師はそう言うと、顎でくいっと奥を示すように振った。
そして踵を返し、店の奥のドアへ歩き出す。
僕は一瞬だけ周囲を見回し――店内に残っているのが警備役の冒険者一人だけなのを確認してから、後を追った。
裏手のドアは、表の出入口とは造りが違っていた。
縁には鉄の帯が打ち付けられ、側面にはこの店では珍しく、はっきりとした金属製の鍵穴が付いている。
鍛冶師は迷いなく鍵を差し込み、低い金属音を立てて回す。
……鍵付き、ね。
中へ入ると、空気が変わった――倉庫。
だが、雑然とした物置ではない。
壁際には剣や斧が数点、刃を傷めないよう一本ずつ木枠に収められ、盾は大きさごとに立て掛けられている。
鎧もまた、革と金属を分けて並べられ、留め具や継ぎ目が歪まないよう、重ね方にまで気を配られていた。
床や棚には、用途ごとに整えられた道具が置かれている。
琥珀色の油が入った小瓶、口の広い金属皿、布切れを巻いた棒状の研磨具。
砥石は粗さごとに分けられ、開けっ放しの浅い木箱に収められていた。
金属や油、僅かな炭の匂いが混じった、鍛冶場特有の落ち着いた匂いが鼻を突く。
……どれもD+の装備だ。
わざわざ店に並べずこうして裏に保管している理由……売り物じゃなかったりするのか?
鍛冶師は扉を閉めると、再び鍵をかけ、こちらを振り返った。
そして置かれている武器の一つ――幅広の刃の片手剣を手に取る。
傍の棚から布を一枚引き抜き、刃を傷めない程度の力で、表面を軽く拭い。そしてそれをそれを、僕の目の前にある作業机の上へ置いた。
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『黒鋼のファルシオン』
ランク:D+
必要筋力:24 攻撃力:+27 敏捷:-2
特殊能力:
斬撃武器
【鋼を鍛造して作られた、片刃で緩い反りを持つ片手剣。
切先の重みを残しつつ、取り回しを落としすぎないバランスに仕上げている。】
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その幅広の刃は片刃で、緩やかではあるが反りがある。
剣身は短すぎず、かといって間延びもしない長さで、形状的には重心はやや先に寄っているように見える。
厚みは中央にしっかり残され、刃先に向かって無理のない角度で絞られている。
鍛冶師は次に、棚の奥から黒塗りの鞘を一本取り出した。
艶を抑えた黒で、余計な装飾はない。
それを、剣の隣に静かに並べる。
「こいつを買いな。特別に割り引いて200マリャルで売ってやる」
D+の良質な剣。必要筋力もギリギリ今の僕に届いている。
重めの武器を進めるとは、随分僕を高く見積もってくれてるようで嬉しいな。
粗悪品を売りつけようとするどころか、随分良い品を、さっき見たバスターソードと同じ価格で売ってくれようとしているわけで……良い扱いを突然受けているわけだが、こいつちょっと怪しいぞ。
「こいつはある銅級の冒険者が半額前払いで、残りは受け取るときに払うって約束だったんだが、払えないとか言いやがった”クズ”の剣だ」
鍛冶師は吐き捨てるように言い、刃を指で軽く叩いた。
「だが、お前さんならこれを握る価値がある気がする。そんで、金貨両替についてなんだが、信じられないっていうなら証書も書いてやる。もしこの額よりも両替商が高いレートで交換するって言ったんなら、それをまた払い直す。まぁこのやり方はあんま褒められたもんじゃないから、他言無用で頼むぞ。」
証書、ねぇ。
褒められたもんじゃないやり方の証書ってどれだけ効果あるんだ?
言い方的には違法ほどでもないと思うが、少し危ういな。
「……いや、僕はどちらかといえば“盾”の方が性急なんだ。ちょうど布鎧も洗濯に出して使えないし。盾も剣も買ってたら僕は手持ちはほぼ空になる。僕は手持ちを空にしたくない主義なんだ。職業柄、収入も安定してないしね」
これは本音だ。というか、僕は元々血まみれの布鎧の代わりを見にきたんだ。
ちょっと剣と盾が良いのがあって見入ってしまっただけで。
鍛冶師は口角を引き、歯を見せて渋い顔をした。
「んなぁ……こんな話、逃すのは惜しいぞぉ……あぁ、分かったよ」
鍛冶師はそう言うと立ち上がり、売り場へのドアを開ける。
そして、十秒もしないうちに、手に何か.....木製の盾を携えて戻ってきた。
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『香杉のヒーター・シールド』
ランク:D
必要筋力:20 防護:18 敏捷:-2
特殊能力:
斬撃耐性Lv4/20、刺突耐性Lv2/20
【香杉を加工しつくられた逆五角形の盾。
軽量で、防虫効果のある香りを放つ。】
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「盾だな。今すぐ要るなら、お前さんにはこれでいい」
表面は薄い光沢のある塗膜で締められ、縁は摩耗を抑えるように処理されている。
僕がさっき売り場で目に留めていた盾の一つだ。
ただ、そのとき鍛冶師は別の客の相手をしていて、僕の様子など見ていなかったはずだ。
となると、これは僕が指さしたわけでもなく、あいつ自身の判断で選んだものだろう。
人に合う装備を一瞬で見抜くその目の確かさには、素直に感心できる。
鍛冶師は盾の内側の持ち手を確かめ、ご丁寧に用意された肘紐――盾と腕を結びつけて補助する紐の長さをざっと見てから、僕の前の机に置いた。
「盾を合わせて200マリャルで売ってやる。もってけ泥棒。」
「いいの?」
「いや、いいわけはないんだがな……」
鍛冶師は声を落とし、周囲を一度だけ見回した。
客の僕だけがこの部屋にいることを確認してから、顔を寄せる。
「この値段で売ったことは絶対内緒にしろよ?もしバレたら、俺の居場所がちょっと危ういんでな。俺達鍛冶屋界隈も大変でな。価格の下限を決め合ったりもしてるんだ」
価格の下限ねぇ……競争を抑えて、生活を維持する仕組みだろうが……不当に安い価格で売ることを禁止しているというよりも、カルテルっぽいニュアンスを感じるな。
日本ではそれ普通にアウトだと思うぞ。
まぁ、技術も設備も要る仕事で、需要も元々ある程度しかないはずだ。
安売り合戦になれば、消費者利益より先に職人の側が壊れるんだろう。
「だからもちろん条件はある。……今後はうちで装備を買っていけ。もうこれ以上はまけてはやらんが」
僕は”おまけ”の盾の縁を指でなぞる。
板の継ぎ目が少なく、補強の革も薄いのに締まっている。
今の僕の手には軽いが、軽すぎるほどではなく、むしろ使いやすいだろう。
「でもな、こいつを使えばお前さんはここに通うしか無くなっちまうだろうよ。俺がいくら来るなって言ってもな」
さて、どするか。金貨1枚が32マリャルというこいつの言葉を信じるなら、今の僕の全財産は、261マリャル。この剣盾セットを買ったとしても61マリャルほど残る。
……これ、かなりいい話だよな。
都合が良すぎる展開で少し気味悪くも感じるが、布鎧は洗濯ができたら回収するとして、剣と盾まで新調しても一月分くらいの生活費が残る。
何よりここはレヴァンが勧めてくれた店だし……まぁ、買うか。
ここを逃したらダメな気がする。もうちょい考えるべきだとは思うが、内なるギャンブラーが今買うべきだと叫んでる。
「あんた商売美味いなぁ……買ったよ」
「はっ!俺等の界隈ではそれは“イヤミ”なんだがな。毎度あり」
鍛冶師は指を二本立て、カウンターを軽く叩いた。
取引成立、という合図らしい。
……こいつの態度が急に変わったのは神からもらった剣を見せてからだ。
だが、異常に良いものを見たという反応とも違う様子を感じる。
「なあ、なんで僕にここまで良くしてくれたんだ?僕が口の軽い男で、値引きを言いふらすとは思わないのか?それに、あんたは僕になんの義理もないだろ」
鍛冶師は一拍置き、僕の背中に背負った袋――レヴァンの袋の縫い目を見てから、視線を僕の顔に戻した。
「……俺の“見る目”は伊達じゃねえ。あんた、絶対大物になるよ」
根拠は言わないようだ。だが、僕の剣を見た時と同じ目と表情を僕に向けている。
技術者が、製品の質を見定める時のような目。
いやぁ、照れるなぁ。
「……そっか、ありがとう。……僕はチアキ。あんたの名前は?」
「ラーズだ。よろしくな」
ステータス画面で名前は知ってるんだけどね。
ラーズ、か。覚えておこう。
僕は今回”乗せられてみた”が、今後とも交流を深めていくに値する人物だな。
恐らくこいつは、僕に対して何かを”感じている”か、もしくは”知っている”。
今後、信頼を得ながらその理由も聞いていこう。




