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第七節:嫌なことはケーキを食べて忘れてしまうのが一番です

 ――断罪イベント、終了。


 中庭の空気は、どこか気まずさと焦げ臭さが入り混じっていた。

 視線が集中する中、王太子レオンハルトは額に汗をにじませながら、隣の少女の手を引いて足早に立ち去っていく。


「エリス、行こう……っ」


「っ、は、はい……!」


 エリス・バッカス。銀髪の公爵令嬢──リティシア・クロードに“断罪”された、もう一人の当事者。


 頬は紅潮し、肩は震え、前髪は――若干チリチリしていた。


(くそ……っ! なんなのよ、あの女……!)


 逃げるように歩きながらも、エリスの瞳はメラメラと怒りに燃えていた。

 王太子の手を握る指先にも、うっすらと魔力が滲んでいる。


(計算外よ……あんなに冷静で、魔力もないって話だったのに。言葉一つであたしの首飾りを暴走させるなんて、あれ、どう考えてもおかしいわ)


 断罪されるのはリティシアのほう。そう確信していた。

 自分は、庶民の出でありながら才能に恵まれ、“努力でのし上がったヒロイン”になるはずだった。

 現に、王太子の寵愛を受け、学院でも次第に注目される存在になっていた。


 なのに。


 よりによって、魔力量ゼロの“脱落貴族”に、公開処刑のような恥をかかされるなんて。


(許さない。絶対に、許さない……!!)


 王太子の隣でおしとやかに振る舞いつつも、心の奥では、怒りの黒い焰が渦巻いていた。


(いいわ……だったら見てなさい、リティシア。あんたが上品ぶってるうちに、あたしはちゃんと掴んでやるわ。王妃の座も、権力も、全部)


 エリスの目がきらりと光る。


(“平民でも王妃に”なんて物語、庶民は大好きなのよ。これからは、もっと世論を味方につけて……)


 ゆくゆくは、貴族制度ごとぶっ壊して――


(この国の“頂点”に立つのは、あたしなんだから……!)


 そのとき、不意に王太子が立ち止まり、心配そうに彼女を見つめた。


「大丈夫か? ……さっき、髪が……」


 エリスは作り笑いを浮かべて、そっと前髪を手で隠した。


「だ、大丈夫ですわ、殿下。ちょっと、静電気が強かっただけでして」


 静電気で済まされるほど、あの爆発は静かではなかった。


 焦げた匂いが残る中、彼女の笑顔だけが、不自然なほどに“清らか”だった。


(……フン。あんたの純情も、しっかり利用させてもらうから。チョロ太子)


 エリスの目に浮かんだのは、優しい恋する乙女の輝き……ではなく、

 完全に“勝ち取ってやる”側の女の、それだった。




*******



 断罪劇の熱がようやく冷めた頃、学院の裏庭に、深紅の制服をまとったひとりの少女が駆けてきた。


「リティシアさんっ!」


 きょとんと目を丸くする彼女に、駆け寄ってきたのは、やや背丈の低い、栗色の髪をひとつ結びにした少女──エミリア・グランフォード。


「大丈夫でしたか!? すごい音してましたし、前髪……じゃなくて、王太子とエリスが……なんか、こう、ちりちりしてて……!」


「ふふっ。ええ、見事にちりついておられましたね」


 リティシアは静かに微笑んだ。何事もなかったかのように、いつも通りの調子で。


「……あんな大勢の前で、あんな風に言われて……」


 エミリアの声がわずかに震える。

 自分は彼女に救われており、周りが吹聴する”ウワサ”を全く信じておらず真っすぐとした目でリティシアを見つめている。


「でも、リティシア様は……ちゃんと、ちゃんと自分の言葉で返して……本当に、すごいです」


「ありがとう、エミリア。あなたのその言葉だけで、今日はだいぶ救われました」


 柔らかな風が吹く。

 少し乱れたエミリアの前髪が揺れ、リティシアの頬にかかる。


「よしっ! じゃあ、ケーキです!」


「……ケーキ、ですの?」


「はいっ! 街の南通りに新しくできたお店があるんです! 今日は“前髪ちりちり記念日”ですから!」


「ふふっ、それは……妙な記念日ですね」


 ぷっと吹き出して、リティシアは小さく頷いた。

 静かに心の中でくすぶっていた怒りが、エミリアの笑顔に、少しずつほぐれていく。


「では、ご一緒しましょう」


「はいっ!全ケーキを制覇してしまいましょう!」


 並んで歩き出すふたりの制服姿。

 その後ろ姿は、少しだけいつもより軽やかだった。


 ──そして、その様子を見下ろす青年がひとり。


 学院本館の高窓から、眼下を眺めていたのは、黒のローブを羽織った銀髪の青年──セシル・ルクレール。


 王宮魔導騎士見習いであり、学院の特別講師を務める天才。

 冷静沈着、かつ腹黒との噂が絶えない男だ。


「“言葉”で、魔力を歪めるか……解析のしがいがあるな」


 指先に収束させた魔力が、淡く螺旋を描く。

 あの場での“偶然”は、彼にとっては十分すぎる興味の対象だった。


 言霊干渉。魔力誘導。精神操作の可能性。


 ──どれも危険だが、同時に魅力的だ。


「リティシア・クロード。君は、僕の知的好奇心を刺激しすぎる」


 窓辺でそっと呟いたその声は、誰にも届かない。

 だがその瞳は、静かに、深く、少女の未来を追い始めていた。





______________________

______________________

★あとがき

婚約破棄? 断罪? 魔力量ゼロ?

――リティシア様、ぜんぶまとめてスルーです。


良くも悪くも身軽になった彼女は、

王太子のことなんて気にも留めず、

エミリアとケーキを食べてあっさり元気に。


けれど、その後ろには──

静かに彼女を見つめる“黒い影”。


次回、ちょっと怪しい男が動き出します。


それでは、また次話で!


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