第二節:“公爵令嬢”にして“無能”ですって?
アルカディア王国。
そこでは、魔力量がすべてを決める。
貴族の爵位、軍の階級、役人としての待遇、そして──婚姻の価値までも。
それゆえ、王侯貴族は代々“魔導貴”として、その血筋と魔力を誇りに生きてきた。
リティシア・クロードも、その一人になるはずだった。
父は現王政の重鎮、母は王国最強と謳われた元魔導師、そして兄たちは騎士団・議会において輝かしい戦績を誇る。
“魔導の名家”と呼ばれるクロード公爵家。その令嬢として生まれた彼女は、生まれながらにして王太子の許嫁に選ばれ、誰もが将来を約束された存在として見ていた。
──入学初日、“判定不能”という結果を叩きつけられるまでは。
王立アルカディア魔導学院。王族から平民に至るまで、魔力適性に応じて階層分けされる三年制の全寮制学園。
その入学式で行われる「魔導位階判定」は、学生たちの将来と身分を決定づける初めての審判だった。
ほとんどの貴族がB以上、名家出身ならばA以上は当然とされる中──
リティシアの測定器は、一切の反応を示さなかった。
ゼロ。まったくの無風。風すら揺れず、光すらともらず。
おそらく、精密機器の誤作動だ。誰もがそう思った。いや、思おうとした。
しかし、三度目の計測でも結果は変わらず、彼女の魔力量は“無”と記録された。
加えて、系統すら分類不能。
通常の八系統(火、水、風、土、癒、召喚、幻、結界)のいずれにも該当せず、どの教師も首をかしげるだけだった。
当然、学院内の噂は爆発的に広がった。
「ねぇ、あの子見た? クロード公爵家なのに、魔力量ゼロなんだって」
「なのに王太子の許嫁って、笑っちゃうわ。さすがに婚約破棄よね?」
「“落ちこぼれ姫”って誰かが呼んでたわよ。“無様令嬢”ってのもあったっけ。波風立てないだけが取り柄なんだって」
嘲笑と羨望と、わずかな好奇の混じった視線。
リティシアは、それを肩に受けながら、ただ静かに歩いていた。
(これで、ようやく自由になれるかもしれません)
ほのかに口角を上げる。心の底からではない。けれどそれは、リティシアが長年、仮面のようにまとってきた“笑顔”だった。
名門の娘として、常に“優等生”であれと求められてきた。
王家の婚約者として、ふさわしい言動と品位を磨くよう言われ続けた。
でも、魔力量ゼロの烙印を押された今、自分は誰の期待にも応えなくていい。家の汚点として、端に置かれてくれればそれでいい。
(こんなにも気が楽になるなんて、皮肉ですね……)
彼女は知らない。
自身の内に眠る“失われた系統《言霊》”が、ゆっくりと、静かに目を覚ましつつあることを。
それは今や歴史書の脚注にすら現れない“過去の遺物”──
古代の大戦を引き起こした、世界を揺るがす魔法。
けれど今は、誰もそんなことを知らない。
リティシア本人すら、まだ何も。
ただ、“ことなかれ”を信条に、誰の波風にもならぬよう、息をひそめるように暮らしている。
それが、始まりだった。
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★あとがき
作者です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
「ことなかれ令嬢が、ことば一つで全員蹴散らす」
……って、自分で言っといてなんですが、だいぶ物騒な話ですねこれ。
でもリティシア本人は、ほんとに平和主義なんです。
静かに過ごしたいだけなのに、周りが勝手に爆発していくんです。かわいそうに。
でも、言葉って、ちょっと怖くて、でもちょっと気持ちいいものでもあるじゃないですか。
言いたいけど言えなかった一言、スカッと言い返す勇気――
そんなのを、彼女が代わりに“無自覚で”ぶちかましてくれたらいいなって思ってます。
この節では、彼女の“おだやかな日常”が始まったばかりですが、
次節ではもっといろんな人と出会って、たぶんもっといろんな人が被害にあいます(?)
お楽しみに。