第一節:公爵家の娘ですが魔力量"0"でした
春霞のように、魔力の粒子がゆらりと浮かぶ。
空に浮かぶ学園都市――王立アルカディア魔導学院。
王都の北方に位置するこの浮遊島は、雲海を見下ろすようにして存在していた。かつて“空の庭園”と讃えられた魔導貴の聖域。
ここで三年間を過ごすことは、すなわち王侯貴族としての将来を約束されることを意味していた。
――なぜならこの国では、“魔力量”こそが、すべてだったからだ。
生まれながらの魔力総量、それが身分を決める。
高位貴族に流れる魔力は濃く、それゆえ爵位も与えられ、国を統べる資格を持つ。
そして、各人の魔力量と魔法適性を正式に測定し、“魔導位階”として認定するのが、この学院の重要な役目でもある。
入学初日。
広場に整列した新入生たちは、式典用の深紅のローブに身を包み、緊張と高揚に包まれていた。
魔導塔の鐘が、厳かに三度、空を震わせる。
「――新入生諸君。今年度より、諸君は魔導の徒であると共に、国家の礎となる“魔導貴”の卵であることを自覚しなさい」
壇上で挨拶を述べるのは、学院長。
その言葉は威厳に満ち、同時に無数の“期待”という名の重圧を新入生に刻んでいく。
続いて行われるのは、《適性系統判定》。
入学式と同時に行われるこの検査によって、各自の魔法系統――火・水・風・土・癒・召喚・幻・結界、いずれかの適性が分類され、三年間のカリキュラムが決定される。
「では、順に前へ。名前を呼ばれた者は、魔導石へ手をかざしなさい」
整列した生徒たちが一人ずつ壇上へと上がり、光り輝く“判定石”に触れていく。
光の色と強さが、そのまま系統と潜在能力を示すのだ。
「カレン・ルティア・フィルモント、《水》適性・Cランク」
「ミカ・ヴォルグ、《火》適性・Aランク」
「エミリア・グランフォード、《幻》適性・Dランク」
歓声、ため息、ざわめき。
判定されるたびに、場には些細な緊張が走る。
そして――。
「リティシア・クロード」
その名が読み上げられた瞬間、空気がわずかに変わった。
クロード公爵家の名。
新入生たちの中でも、もっとも格式の高い家門の令嬢。
白金の髪をひとつに束ね、紺の瞳に冷たい光を宿した少女が、無言で壇上へと歩み出る。
手袋を外し、判定石にそっと指先をかざした。
……沈黙。
しばらくののち、判定石がわずかに脈動する。だが、光らない。
「…………?」
学院関係者の顔が曇る。教師の一人が慌てて水晶板を確認し、読み上げた。
「適性系統――該当なし。……いや、《判定不能》。魔導反応、識別できず……?」
ざわめきが広がった。
「判定不能……? そんなの、あるの……?」
「クロード公爵家の令嬢が、無属性? まさか……」
しかし、リティシア本人は表情を変えなかった。
無言のまま手袋をはめ直し、一礼して列に戻る。
まるで、その結果を最初から知っていたかのように。
――彼女だけが知っている。
自らに眠る“忘れ去られた系統”の名を。
《言霊》――かつて、言葉ひとつで世界を変える力とされ、古代大戦後に封印された禁忌の魔法。
その力は今、時代の檻から解き放たれようとしていた。
(ことなかれ、ことなかれ。余計な騒ぎは起こさぬように)
心のなかで、静かに唱える。
だがその祈りは、風のように脆く、
やがて吹き荒れる嵐の前触れにすぎなかった――。
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★あとがき
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
おっとりしてるけど、いざとなると一言で全部ひっくり返す――そんな令嬢のお話、楽しんでいただけたでしょうか?
リティシアは「静かに怒るタイプ」の主人公ですが、これから仲間が増えたり、少しずつ“ことなかれ”じゃいられなくなっていったり……と、まだまだ見せたい顔があります。
次回も、ぜひのぞいてみてくださいね。
ではでは、またお会いしましょう!