その“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは?
『その誇り、お洗濯なさった方がよろしいのでは?』
晴れ渡る青空の下、学院の中庭には生徒たちがずらりと並んでいた。中央には、王太子とその取り巻きたち。向かい合うのは、一人の少女。銀灰色の髪をゆるく結い、深紅のドレスを着こなすその姿は、控えめながらも気品をまとっていた。
公爵令嬢──リティシア・クロード。
今日、この場で彼女は“断罪”される。
「リティシア・クロード。貴様との婚約は、ここで破棄させてもらう!」
王太子レオンハルトの声が、中庭に響き渡った。
わざわざ全校生徒を集めて行うには、あまりに芝居がかった演出だった。
「君のような冷血で感情のない女に、王妃の座など務まるはずがない! 僕は──エリス嬢を愛している!」
レオンハルトの隣には、儚げな美貌を持つ平民出の少女が立っていた。いかにも“新たな婚約者”という構図だ。
だが、断罪された当の本人は──
「……そうですの」
リティシアは微笑み、ひとつ小さく頷いただけだった。
「お気持ちはよくわかりました、殿下。ですが──」
ふと、目を伏せ、上品に首を傾げる。
「できれば、その台詞……もう少し、工夫なさるべきでしたわね。何度も聞いた言い回しですもの」
「な……っ?」
レオンハルトが言葉を詰まらせる。その瞬間、彼の魔力が不意に暴走した。
ぐらりと身体を揺らし、王太子はその場に膝をつく。
「……ぐ、うぅ……っ!」
「殿下!?」
周囲が慌てる中、リティシアは何一つ変わらぬ微笑を浮かべていた。
誰も気づかない。ただ、彼女の「言葉」が──周囲の魔力に干渉し、現実をわずかに“歪めた”ことに。
「リティシア様っ! 王太子に呪いを!?」
甲高い声が響く。レオンハルトの隣にいたエリスが、顔を歪めて叫んでいた。
「呪いだなんて、物騒な……」
リティシアはゆっくりと振り返り、やわらかく口元に指を添えた。
「そう言えば、エリス様──。その首飾り、随分と強い魔力を帯びていらっしゃいますのね。きっと、贈り主の“誇り”が込められているのでしょう」
エリスは鼻で笑い、首飾りを指でつまんだ。
「ええ。殿下が私にくださったものですわ。魔力の通りがとても良くて──」
「まあ。ですがその“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは? 泥まみれのまま振りかざすのは、少々滑稽ですわ」
「……なっ」
次の瞬間、エリスの身に異変が起きた。
首飾りがキィンと甲高い音を立て、周囲の魔力と共鳴するように赤く発光。
「ちょ、ちょっと、これ……っ、熱っ、あつい……!」
ドン、と小さな爆発音が起き、彼女の髪が焦げた。
前髪の先がボフッと膨れ、焦げた匂いが中庭に広がる。
「きゃあああああっ!!」
エリスは顔を覆い、泣き叫びながらその場を走り去っていった。
誰もが、凍りついたように沈黙する。
「──ご心配には及びませんわ。装飾魔術の制御不良はよくあることですもの。特に、“器に合わぬ誇り”を詰め込んだ場合などは」
リティシアは、あくまで静かに、こともなげに微笑んだ。
その瞬間からだった。
学院内で、誰もリティシアに無闇に近づこうとはしなくなったのは。
だがそれで、彼女はようやく“静かに暮らす”という本来の目的に一歩近づいたのだった。
──これは、誰かを傷つけたくないと願う少女が、
──その“言葉”ひとつで、世界をねじ伏せていく物語。