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ことなかれ令嬢、ことば一つで全員蹴散らします  作者: もちだぬき
プロローグ
1/11

その“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは?

『その誇り、お洗濯なさった方がよろしいのでは?』

 晴れ渡る青空の下、学院の中庭には生徒たちがずらりと並んでいた。中央には、王太子とその取り巻きたち。向かい合うのは、一人の少女。銀灰色の髪をゆるく結い、深紅のドレスを着こなすその姿は、控えめながらも気品をまとっていた。


 公爵令嬢──リティシア・クロード。


 今日、この場で彼女は“断罪”される。


「リティシア・クロード。貴様との婚約は、ここで破棄させてもらう!」


 王太子レオンハルトの声が、中庭に響き渡った。

 わざわざ全校生徒を集めて行うには、あまりに芝居がかった演出だった。


「君のような冷血で感情のない女に、王妃の座など務まるはずがない! 僕は──エリス嬢を愛している!」


 レオンハルトの隣には、儚げな美貌を持つ平民出の少女が立っていた。いかにも“新たな婚約者”という構図だ。


 だが、断罪された当の本人は──


「……そうですの」


 リティシアは微笑み、ひとつ小さく頷いただけだった。


「お気持ちはよくわかりました、殿下。ですが──」


 ふと、目を伏せ、上品に首を傾げる。


「できれば、その台詞……もう少し、工夫なさるべきでしたわね。何度も聞いた言い回しですもの」


「な……っ?」


 レオンハルトが言葉を詰まらせる。その瞬間、彼の魔力が不意に暴走した。


 ぐらりと身体を揺らし、王太子はその場に膝をつく。


「……ぐ、うぅ……っ!」


「殿下!?」


 周囲が慌てる中、リティシアは何一つ変わらぬ微笑を浮かべていた。


 誰も気づかない。ただ、彼女の「言葉」が──周囲の魔力に干渉し、現実をわずかに“歪めた”ことに。


「リティシア様っ! 王太子に呪いを!?」


 甲高い声が響く。レオンハルトの隣にいたエリスが、顔を歪めて叫んでいた。


「呪いだなんて、物騒な……」


 リティシアはゆっくりと振り返り、やわらかく口元に指を添えた。


「そう言えば、エリス様──。その首飾り、随分と強い魔力を帯びていらっしゃいますのね。きっと、贈り主の“誇り”が込められているのでしょう」


 エリスは鼻で笑い、首飾りを指でつまんだ。


「ええ。殿下が私にくださったものですわ。魔力の通りがとても良くて──」


「まあ。ですがその“誇り”、お洗濯した方がよろしいのでは? 泥まみれのまま振りかざすのは、少々滑稽ですわ」


「……なっ」


 次の瞬間、エリスの身に異変が起きた。

 首飾りがキィンと甲高い音を立て、周囲の魔力と共鳴するように赤く発光。


「ちょ、ちょっと、これ……っ、熱っ、あつい……!」


 ドン、と小さな爆発音が起き、彼女の髪が焦げた。

 前髪の先がボフッと膨れ、焦げた匂いが中庭に広がる。


「きゃあああああっ!!」


 エリスは顔を覆い、泣き叫びながらその場を走り去っていった。


 誰もが、凍りついたように沈黙する。


「──ご心配には及びませんわ。装飾魔術の制御不良はよくあることですもの。特に、“器に合わぬ誇り”を詰め込んだ場合などは」


 リティシアは、あくまで静かに、こともなげに微笑んだ。


 その瞬間からだった。

 学院内で、誰もリティシアに無闇に近づこうとはしなくなったのは。


 だがそれで、彼女はようやく“静かに暮らす”という本来の目的に一歩近づいたのだった。


──これは、誰かを傷つけたくないと願う少女が、

──その“言葉”ひとつで、世界をねじ伏せていく物語。

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