第4章:ヌメヌメ大王の企みと、ピーマンの反抗
ヌメヌメ大王の出現に、野菜室の空気は一瞬で凍りついた。僕の「元気のシャワー」の光も、ヌメヌメ大王が放つ、ドロリとした悪意に吸い込まれていくようだ。カブやトマトの仲間たちは、恐怖でブルブル震えている。ホロニガも、へたの部分がパタパタと小刻みに震え、その濃い緑色の体から、まるで毒気のようなものが立ち上っていた。
「フフフ…ようやくこの時が来たのだ。新鮮な野菜など、食卓には不要。すべて、この私、ヌメヌメ大王が、腐らせてやるヌメェ〜!」
ヌメヌメ大王は、その不定形の体をうねらせながら、不気味な笑い声をあげた。彼の体から飛び散る黒いしぶきは、触れた野菜をみるみるうちに腐らせていく。ニンジンのきれいなオレンジ色が茶色く変色し、キュウリはしなびてドロドロになった。僕のフリルも、端の方が少しだけ茶色く変色し始めている。
「やめろ、ヌメヌメ大王! みんなを、僕たちの仲間を、いじめないでくれ!」
僕は、震える声で叫んだ。僕の「元気のシャワー」の光を、ヌメヌメ大王の黒いしぶきにぶつけるが、その光は簡単に弾かれてしまう。これまで、どんな野菜も元気にしてきた僕の光が、まるで歯が立たない。悔しさと無力感で、僕の心はズキズキ痛んだ。
その時、意外な声が上がった。
「てめぇ…勝手なことしやがって…!」
ホロニガだ。彼は、震えながらも、ヌメヌメ大王を睨みつけていた。僕には、ホロニガの心の声が聞こえてくる。
(俺は…俺は、ハルキに、美味く食べてもらいたいんだ! ヌメヌメなんかに、邪魔されてたまるか!)
ホロニガの体から、ジリジリと熱いものが湧き上がってくるのを感じた。それは、ピーマン特有の苦味…いや、違う。それは、彼が秘めていた、料理に使われたいという強い願いが、怒りとなって燃え上がっているのだ! ホロニガは、ヌメヌメ大王に向かって、真っ直ぐに、そして力強く言い放った。
「俺は、ピーマンだ! 苦いからって、嫌いだからって、腐らせていいわけねぇだろ! 俺には、まだ、成し遂げたいことがあるんだ!」
ホロニガの言葉に、ヌメヌメ大王は一瞬、動きを止めた。そして、嘲るように「フンッ」と鼻で笑った。
「ピーマンごときが、何ができるのだ、ヌメェ? お前など、所詮、誰からも嫌われる運命なのだ!」
ヌメヌメ大王は、ホロニガに向かって、腐敗の黒いしぶきを浴びせかけた。ホロニガは、体当たりでそのしぶきを受け止めようとするが、彼の体は小さく、押し流されそうだ。
その時、キッチンのハルキが、トマトピューレをボウルに入れ、そこにピーマンを切って入れようとしていた。彼の顔は真剣そのものだ。
「よし! このピーマンとトマトピューレで、とっておきのレシピを作るぞ!」
ハルキがピーマンを手に取った瞬間、ホロニガの体が、ふわりと温かい光に包まれた。それは、フレッシュの「元気のシャワー」でも、ヌメヌメ大王の「腐敗のしぶき」でもない、ホロニガ自身の内側から湧き上がる、新たな光だった。その光は、彼の体に付着しようとする腐敗のしぶきを、じわじわと弾き返していく。ホロニガのへたの部分も、力強くピンと上を向き、まるで戦士の角のように見えた。