第3章:トマトピューレの輝きと、予期せぬざわめき
僕の送った光のメッセージが、ハルキのレシピノートに、まるで小さな蛍みたいに舞い降りた。ハルキは、首をかしげながらも、なぜかふと、冷蔵庫の野菜室に視線をやった。彼の視線が、僕がヒントを送った、あのトマトピューレの瓶に吸い寄せられるのがわかった。
「あれ? ママのトマトピューレ、こんなとこにあったっけ?」
ハルキは、少し意外そうな顔をして、野菜室の奥に手を伸ばした。ひんやりとした空気が、僕たちの周りを包み込む。ハルキの指が、トマトピューレの瓶に触れた瞬間、瓶の中から、まるで小さな太陽が顔を出したかのように、温かい光がじわりと広がった。それは、長い間この野菜室で熟成され、僕の元気のシャワーを浴び続けてきた、トマトピューレ自身の生命の輝きだった。
ハルキは、トマトピューレの瓶を手に取ると、そのままキッチンへと向かった。ホロニガは、その様子をじっと見つめている。彼のへたの部分が、わずかにピクピクと動いているのが見えた。普段は嫌われ者だと拗ねているくせに、どこかで期待しているんだ。自分も、ハルキの料理の一部になれるんじゃないかって。僕には、その気持ちが痛いほど伝わってきた。
キッチンでは、ハルキがトマトピューレの瓶の蓋を開けた。甘酸っぱくて、コクのある、あの独特の香りが、あたりにふわりと広がる。その瞬間、ホロニガの体が、ほんの少しだけ震えたのが僕にはわかった。
(この匂い…なんだか、悪くないかも…)
ホロニガの心の声が、僕の頭に響いてくる。彼は、これまで自分が「苦い」「嫌い」と決めつけていたピーマンのイメージが、少しずつ揺らいでいることに、戸惑っているようだった。それは、これまで閉ざされていたホロニガの心に、小さなひびが入った瞬間だった。
ハルキは、インターネットで調べていたレシピのことはすっかり忘れ、トマトピューレをじっと見つめていた。そして、突然、閃いたように目を輝かせた。「これだ!」ハルキは、ピーマンとトマトピューレを組み合わせた、新しいレシピを考え始めたのだ。彼の頭の中では、ピーマンの緑とトマトピューレの赤が混ざり合い、新しい料理のイメージが膨らんでいた。
その時、野菜室の、さらに奥の奥。普段は誰も見向きもしない、隅っこ中の隅っこから、不気味な気配がむわっと立ち上がってきた。それは、まるで腐った泥のような、鼻を突く悪臭。そして、ぬめぬめとした、不気味な音が聞こえてくる。
「フフフ…ようやく、私の出番か…」
低い、粘りつくような声が、野菜室全体に響き渡った。僕のフリルが、恐怖で一斉に逆立つ。ホロニガも、それまで見せたことのない、驚きと怯えの表情で、その声のする方を凝視している。そこに現れたのは、黒っぽいカビのような体で、どす黒い斑点が浮き出た、腐敗の魔王・ヌメヌメ大王だった。彼の体は不定形に揺れ動き、見るたびに形が変わる。赤い目が、私たちを嘲笑うかのようにギラギラと光っている。奴は、野菜たちを腐らせ、世界から食べ物をなくすことを企む、最悪の存在だ。野菜室に、かつてないほどの暗い影が落ちた。