第2章:秘められた願いと、小さな作戦会議
ハルキがレシピノートを開いた瞬間、野菜室の空気が、少しだけピリッとしたのを感じた。僕にはわかる。あれは、ハルキの「なんとかピーマンを克服したい」という、真剣な思いの気配だ。ホロニガの周りに漂う、いつもの重たい空気も、なぜか少し薄まっているように見える。
(ねぇ、ホロニガ。ハルキ、ピーマンのこと、考えてるよ?)
僕は、ホロニガにそっと語りかける。でも、ホロニガはプイッと横を向いて、何も答えない。彼の顔には、普段の不機嫌さに加えて、なんとも言えない複雑な感情が渦巻いているのが見て取れる。それは、期待と、少しの不安と、そして「どうせ俺なんか…」という、諦めにも似た影だった。僕には、彼の心の奥底にある、誰かに認めてもらいたいという、小さくて、だけど切実な願いが、痛いほど伝わってきた。
ハルキは、自分の部屋で、真新しいレシピノートの最初のページに、鉛筆で「ピーマンを好きになるぞ大作戦!」と大きく書き込んだ。その字は、まだ少し頼りないけれど、彼の決意がぎゅっと詰まっている。ハルキは、インターネットで「ピーマン レシピ」「ピーマン 苦手克服」なんて言葉で検索し始めた。画面に映し出される、色とりどりのピーマン料理。ピーマンと肉の細切り炒め、ピーマンの肉詰め、ピーマンのきんぴら…
「うーん…どれも、ピーマンがピーマンしてるなぁ…」
ハルキは、ぶつぶつ独り言を言いながら、顔をしかめた。その様子を見て、野菜室のホロニガが、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
(ちっ。そんなんで美味くなんねぇよ。ピーマンはピーマンなんだから、苦いもんは苦いんだよ。)
ホロニガの声が、僕の頭の中に響いてくる。彼は本当に、自分のことを嫌いな野菜だと信じきっているんだ。僕の元気のシャワーも、彼には届いていない気がする。まるで、どんなに明るい歌を歌っても、耳を塞いでいる子みたいに。
僕は、ハルキが選んだレシピをじっと見つめた。どれもこれも、ピーマンの個性をそのまま活かした料理ばかり。それは、ピーマンが好きな人にはたまらないけれど、苦手なハルキには、まさに「ピーマンの壁」なんだろう。
(どうしたら、ハルキが、ホロニガの美味しさに気づけるかな? ピーマンの、本当の魅力を…)
その時、僕の脳裏に、野菜室の奥でひっそりと眠っている、小さな瓶詰めの記憶がよぎった。それは、去年、この家のママが作った、自家製のトマトピューレだ。真っ赤で、甘酸っぱくて、コクがある。普段は目立たないけれど、料理に深みと彩りを与えてくれる、縁の下の力持ちだ。僕の元気のシャワーを浴びて、熟成が進み、さらに美味しくなっているはず。
僕の心の中で、小さな作戦が動き始めた。僕のフリルが、いつもより激しくひらひらと震える。ハルキとホロニガ、そしてトマトピューレ。この三つを繋げたら、きっと何か、新しい奇跡が生まれるはずだ。僕は、そっとハルキのレシピノートに、優しい光の粒でメッセージを送る。それは、誰にも見えない、僕だけのひらめきの光だった。