第1章:シャキールな日々の、小さなざわめき
冷蔵庫の野菜室は、ひんやりと、そしてどこか甘い土の香りがする、僕たちの秘密基地だ。太陽の光は届かないけれど、僕、レタスの妖精のフレッシュはいつでも心にポカポカの太陽を抱えている。僕の体は、まるで透き通るような薄い緑色。何枚もの葉っぱがフリルのように重なり合って、風もないのにいつもひらひらと揺れているんだ。頭には、小さな葉っぱの王冠がちょこんと乗っていて、そこからはキラキラとした光の粒が、まるで宝石みたいにこぼれ落ちている。そう、これが僕の「元気のシャワー」。これを浴びた野菜たちは、みんなシャキッとして、最高の笑顔を見せてくれるんだ!
「みんな、今日も元気かい? シャキシャキしてるかい?」
僕は大きな声で、野菜室の仲間たちに呼びかける。隣のカブは、白いお肌をピンと張り、トマトの兄弟は真っ赤な顔でニコニコ。みんな、僕の元気のシャワーが大好きだ。「フレッシュ、今日もありがとう!」なんて声が聞こえると、僕のフリルもますます元気にひらひらする。僕の目的はただ一つ、この野菜室の野菜たちが、最高の状態で食卓に並ぶこと。そして、みんなが「おいしい!」って言ってくれることだもんね!
ところが、野菜室のすみっこに、いつも不機嫌そうに鎮座しているヤツがいる。そいつの名は、ホロニガ。そう、みんながちょっと苦手な、あのピーマンの悪魔だ。ホロニガの体は、まるで熟れてない梅干しみたいに濃い緑色で、ごつごつしている。口元はいつも「へ」の字に曲がっていて、目は常に半開き。まるで僕が話しかけても、ちゃんと聞いてないみたいな顔をしているんだ。
「けっ。またおめでてぇ声あげてやがる。シャキシャキだぁ? フンッ。」
ホロニガは、いつもブツブツと独り言を言っている。彼の言葉は、まるで苦いピーマンの汁を飲んだ時みたいに、ぴりっと辛くて、聞いていると心がざわざわする。ホロニガは、いつも料理に使われずに残されてしまうことに不満を持っているんだ。自分だけが嫌われ者だって、そう思ってる。だから、時々、他の野菜にまで苦い念を飛ばしたり、しなびさせようとしたりするんだ。
(どうしたら、ホロニガにも、僕の元気のシャワーを浴びてもらえるかなぁ…)
僕は、ホロニガのことが心配でたまらなかった。僕の目から見ると、ホロニガのへたの部分が、寂しそうにぴくぴくと動いているのがわかる。本当は、彼も誰かに美味しく食べてもらいたいんだ。料理の主役になりたいんだ。でも、不器用で、素直になれないから、いつもへそを曲げている。まるで、僕の庭に迷い込んできた、迷子のちっちゃな虫みたいに。
その日、野菜室の扉が、ゆっくりと開いた。いつもの持ち主の男の子、ハルキが、僕たちを覗き込んでいる。ハルキは、栗色のふわふわした髪に、好奇心いっぱいの大きな瞳をしている。今日は、少しだけ顔が曇っているみたいだ。
「うわ〜、またピーマン残ってるよ。なんで僕はピーマン嫌いなんだろ…。」
ハルキの声が、野菜室に響いた。ホロニガの体が、ピクリと震えるのが僕にはわかった。ハルキは、ピーマンが苦手だ。宿題で「苦手な食べ物を克服する」というテーマが出たらしい。ハルキは、自分の部屋に戻って、ぶつぶつ言いながら、テーブルの引き出しから一冊のノートを取り出した。それは、まっさらな、真新しいレシピノートだった。そのノートが、これから起こる奇跡の始まりになるなんて、この時の僕たちは知る由もなかったのだ。