【第一章 孤独な人造神】 創世神話①
翌朝は、青空が広がる好天だった。体温で心地よく温まったベッドの中、ぼんやりと昨日のことを思う。
スクーロを怒らせたこと、ミケーレとのバルコニーでのお喋り、そして幸せの味がしたクロスタータ。
初めて見た殊勝なスクーロを思い出すと、ちょっと笑えてしまう。
昨晩、ミケーレはこう言った。
「キアロって素敵な名前だね。私は光が怖いけれど」
キアロは明るさや輝きを意味する言葉だ。
村の皆も「ぴったりだね」と褒めてくれていたから自分でも気に入っている。
だけど、教皇の覚えめでたく、皆に愛されているミケーレがなぜ光に怯えなくてはならないのか、さっぱりわからない。
「ミケーレさんは、光そのものみたいに思えるけど」
とキアロが言うと、彼は苦笑しながらかぶりを振った。
「光には憧れるけれど、私自身は暗がりのほうが落ち着くのさ。弱さも醜さも暴き立てることなく、隠し包んでくれるからね。優しいよ、闇は」
「じゃあ、スクーロくんの名づけってミケーレさんが?」
スクーロの意味は暗さや闇といったものだ。
月明かりに照らされ、闇とのコントラストの中にいるミケーレが頷く。
スクーロ、優しい闇。
キアロと同じく珍しい名だが、由来を聞くととってもいい名前に思えた。
そして、そのスクーロが届けてくれた深夜のクロスタータには、キアロのまだ知らない彼の優しさが詰め込まれている気がするのだった。
兄弟三人で朝食に向かうと、ミケーレとスクーロもちょうどやってきたところだった。
テーブルには白パンやフルーツ、コーヒーなどと共に、昨晩のリンゴのクロスタータも並んでいる。
「楽しみにしてたんだ!」とはしゃぐキアロに、スクーロはふうんとそっけなかったが、事情を知っているらしいミケーレはにこにこしている。
食卓につくと、スクーロがクロスタータを皆にひと切れずつ取り分けてくれた。
表面には色よく焼き上げられた格子状の生地が張り巡らされており、その下には黄金色のリンゴジャムが覗いている。
昨晩の濃厚なバターの香りは焼きたてを食べられたキアロの特権だったようだが、スクーロが言ったとおり、今朝のはしっとりと輝いていてこれもまたおいしそうだ。
「これスクーロくんが昨日の夜に焼いてくれたんだよ。兄ちゃんは焼きたてをごちそうになったから、兄ちゃんの分もジジとトトで分けな。ほんとに、びっくりするくらいおいしいんだから!」
キアロは自分のを切り分け、ふたりの皿に置いてやる。
ふと視線を感じて顔を上げると、苦笑を浮かべるミケーレの隣で、スクーロがわなわな震えていた。
「それ……! なんのつもりだよ!」
そのあまりの形相に、キアロはぎょっとする。
「えっと……あの、本当にすごくおいしかったから、ジジとトトにもあの幸せをできるだけたくさん味わってほしくて」
「うるさい! 謝れよ! いいや、跪け!」
乱暴に椅子を倒して床を指差すスクーロに、キアロはさすがにかちんときた。
いくらスクーロが特別な子であろうと、急に犬みたいに命令されるいわれはない。
「謝れってなんだよ。君だって、僕に馬鹿って言っても謝ってくれなかったじゃないか!」
スクーロは怒るというよりは傷ついたような顔をすると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
いつものキアロなら、きっとここで追いかけただろう。
でも、どうしたことか今朝はお腹がふつふつとして、その場で拳を握っただけだった。
ミケーレがほう、とつぶやき、キアロに向かって優しく目を細めた。