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【第一章 孤独な人造神】邂逅の福音③

 部屋中に香ばしい匂いが充満している。初めて嗅ぐ魅惑の香りに、キアロは頭がくらくらした。

 ミケーレが白の陶器のカップに、茶褐色の液体を注いでくれる。


「いい香りだよね、これはコーヒーという飲み物なんだ。少し苦いけど、甘いものと一緒にいただくと緊張がほぐれるよ。

 今日はレモンの皮の砂糖漬けもあるし、ピスタチオという珍しいナッツが入ったビスコッティもある」


 お茶といえば、適当な薬草を煮出したものしか飲んだことのなかったキアロは、豪華なもてなしにため息をついた。

 別室では、弟たちにもお菓子が振る舞われているという。


 ミケーレを真似してそっとカップに口をつけると、ふくよかな苦みが広がり、香ばしさが鼻から抜けていった。


「気に入ったかな? ビスコッティはね、コーヒーに浸すと甘みが増すよ。甘いものには滋養があるからたんとお上がりなさい。長旅、改めてご苦労だったね」


 短く刈り込まれたミケーレの栗毛に、陽が注ぐ。

 苔色の瞳が優しく細められると、キアロはなんだか照れてうつむいてしまった。


「さっきのスクーロの態度についてだけど、親代わりとして謝らせてほしい。申し訳なかった」


「親代わり、ですか?」


「スクーロはこの古代神殿で育てられてきた。血のつながりのない、私によってね。

 教皇聖下のご指示のもと、ここを出ることは許されず、友達もいなければ外の世界も知らない。だから、さっきのように他人を警戒し、失礼な態度を取ってしまうんだ」


 実はキアロ以前にも受信の能力者兼スクーロの友達候補として、少年たちが連れてこられたことがあったという。

 しかし、誰も彼の氷の心を溶かすことはできなかったそうだ。


「発信の力の特訓は、受信の能力者との信頼関係がなければ成立しないものなんだ。だからスクーロはああ言ったけど、どうか彼との友情を諦めないでやってほしい。

 それにあの子に課せられたものは大きい、私以外にも支えが必要だ」


 そういうことだったのか、とキアロは衝撃を受けていた。


 スクーロはキアロと同じ十三歳。

 つまり十三年もの間、なんと庭に出ることさえ許されていないのだという。


 危険があってはならないからとのことだが、周囲にもその存在を知らされず、限られた要人の目にしか触れてはならないなんて、あまりに不憫だ。


「あの、僕全然怒っていません。きっとスクーロくん、寂しくって拗ねているのかも。僕、彼の友達になりたいです!」


 ミケーレが心底嬉うれしそうに微笑む。


 事情を知って、スクーロという特別で孤独な子に興味が湧いたのは本当だが、そもそもキアロには帰るところがないのだ。

 ジジとトトをお腹いっぱいにし、温かいところで寝かせるためにもお役御免になるわけにはいかない。


 ふと、先ほどミケーレが言ったことに疑問が湧いた。


「さっき、ここのことを古代神殿って言ってましたよね」


 ミケーレは軽く瞳を見開くと、「おや、そうだったかな」ととぼけてみせた。


「おっしゃるとおり白状すると、ここは元はオウガの神殿だったんだ。私たちが住むためにずいぶん改装しているけどね」


「オウガの!? でもどうして教皇庁の敷地に、オウガの神殿が?」


「遥か昔、神秘時代に建てられた神殿だからね。まあ、人とオウガの歴史にはいろいろあった、と今は言っておこう」


 オウガの古代神殿。

 きらびやかな宮殿とは打って変わって、ここが薄暗く、質素な雰囲気であることの謎は解けた。


 だが、さすがに今日会ったばかりのキアロには、教えられないこともたくさんあるだろう。

 ミケーレが、いたずらっぽくキアロの顔を覗き込んできた。


「君はもう少しわがままになったほうがいいね」


「えっ、わがままに?」


 テオおじさんに言われた、従順の真反対だ。

 お兄ちゃんなのだから、親がいないのだから、何ごとも我慢すべきでわがままなんてもってのほか、と思ってきたキアロにはよくわからない話だった。


 どういう意味だろうと考えているうちに、ミケーレは「スクーロといたら君も変わるかもね」とくすくす笑いながら退室してしまった。


***


 夜、温かな部屋で、ジジとトトとそれぞれのベッドで眠るとき、幸せすぎて嗚咽が込み上げてきた。


 ひとまず三人での生活を守れた。今後はこれが長続きするよう努力しなくてはならない。


 ふと、ジジの声がした。


「にーちゃ、一緒に寝たい~」


 きっとキアロが泣いていることに気づいて、こう言ってくれているのだろう。


「にーちゃ、僕も~」


 ジジもトトも普段はキアロを「にーちゃん」と呼ぶ。

 甘えるときにだけ「にーちゃ」になるのだが、ふいに昼のことを思い出した。


 スクーロもミケーレに精一杯甘えて、にいにと呼んでいるのだろう。それを思うとなんだかいじらしくなった。


「ふたりとも、おいで!」


 起き上がって両手を広げると、きゃーと叫びながら双子が飛び込んできた。

 強く抱きしめているうちに、いつの間にかぽかぽかする夢の中だった。


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