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【第一章 孤独な人造神】邂逅の福音②

 石の館の薄暗い廊下を、キアロたち三兄弟は黙って歩いた。


 先頭には案内役を務めてくれている兵士、そしてしんがりにも別の兵士がついている。少しでもおかしな動きを見せたらただじゃおかない、という冷たい気迫を感じる。


 ロッシ卿はいない。館に入るのを許されなかったのだ。

「聖下にお目にかかるべく参上したのだぞ!」と取りすがっていたが、近衛兵はにべもなく一蹴した。


 道中、キアロは何度も「自分は教皇庁でどんなお役目につくのか」と卿に聞いたが、はぐらされるばかりだった。


 入館が拒絶されたときの様子からすると、おそらくは何も聞かされていなかったのだろう。

 この物々しい警備といい、秘密裏に進められているらしい計画といい、やはり不穏だ。


 キアロの手には、ずしりとした紺色のマントがある。もちろん、さっき投げつけられたものだ。

 あの子は、あのあとすぐに踵を返して行ってしまった。

 こんなに高級そうな衣服を身につけていたからには貴人なのだろう。


「教皇聖下、ジェンティーリ首席枢機卿猊下、お客人をお連れいたしました」


 考えごとをしている間に、広間に通された。


 やはり無骨な石壁の部屋ではあるが、大きな窓からは明るい日差しが降り注いでいる。

 中央に腰かけている、長い白髪に白ひげの老人が教皇なのだろう。光り輝くように真っ白な衣装に包まれ、金の杖を握っている。


 その脇には、聖職者が着るロングコートのような祭服、緑のキャソックをまとった長身でがっちりした体格の男性が控えていた。


 二十代後半くらいに見えるが、おじさんと呼ぶにはためらわれる。

 明るい栗毛に苔色の瞳の、優しいお兄さんといった風情だ。教皇との謁見の場に、この人がいてくれてよかったとキアロは思った。


 お兄さん枢機卿が「ご苦労、お前たちは下がってよい」と告げると、兵士たちが深々と礼をして去っていく。

 キアロたちはおずおずと進み出ると、顔を伏せ、話しかけられるのを待った。


「呼べ」


 それが教皇の最初の言葉だった。青年枢機卿が「スクーロ」と誰かを呼ぶ。


 奥の扉から入ってきたのは、なんとマントを投げつけてきた子だった。


 高い位置で結われた髪は、宵の空のような色を湛えて輝いている。青い髪と言ってもいい不思議な色合いだ。

 うっすらと喉仏があるところを見ると男の子らしい。年齢はキアロと同じくらいだろうか。

 銀糸に彩られた紺色のローブが、群青の瞳の上品な顔立ちによく似合っている。


「なーにじろじろ見てやがんだ」


 粗野な台詞にまたまたびっくりした。

 外でのやり取りは幻だったのではと思い始めていたが、現実だったようだ。


「こら、スクーロ」と枢機卿がたしなめると、少年はぷっと頬を膨らませてそっぽを向いた。

 なんだか見た目よりも幼い印象だ。


 教皇が威厳に満ちた声で、キアロに面を上げるよう言う。その瞬間、皺の寄った顔がかすかにこわばった。


「天気を予知できるというのは確かなのだろうな」


「はい、村では主に農作業でこの力を活かしていました」


「聞いておらぬことを喋るな、オウガ風情が」


 鈍色の瞳が、汚いものでも見るようにキアロを射た。

 キアロは再び顔を伏せ、不安げに服の裾をつかんでくるジジとトトの手を握る。小さな手はどちらも震えていた。


「親は?」


「母は僕を産んで亡くなり、父も三年前に逝きました。この子たちは……」


「聞いておらぬことを喋るなと言っておる。母にも予知の力があったか?」


 急に母のことを聞かれて驚いたが、素直にはいと答える。

 教皇は何かに思い当たった様子で、「あとは任せる」と残して去っていった。


 何がなんだかわからないが、怖い人がいなくなってよかったと弟たちを見る。トトは唇を噛みしめて泣くのをこらえていた。


 お兄さん枢機卿が雰囲気を変えるように「さて」と手を叩く。


「長旅お疲れ様。そして来てくれてありがとう、キアロくん、ジジくん、トトくん」


「僕らの名を知っているんですか」


「ロッシ卿が中継地から早馬を出してくれていたからね。大切なお客様の名前を覚えるのは当たり前さ。私の名はミケーレ・ジェンティーリ。ミケーレと呼んでおくれ」


 物腰柔らかなミケーレは、枢機卿という立場を感じさせないほど気安く接してくれた。

 ただ、彼がにこやかになればなるほど、その隣でスクーロは不満げな表情になっていく。


「スクーロを紹介する前に、キアロくん。君の力を見せてもらってもいいかな? 

 旅の道中、君が何度も天候の変化を言い当てたとロッシ卿から連絡を受けているが、一応この目で見てみたくてね。でも、今すぐに天気が変わることもないだろうから、まずはお茶でも」


「待って、待ってください! 天気は変わりませんが、でも、何か」


 キアロは目を閉じてツノに集中した。

 じーんとする感覚とともに、舞い散る白い羽と七色のイメージが浮かぶ。


「あの雲間から、天使の梯子が降ります。そして虹がかかるはずです、今すぐに」


 ミケーレとスクーロが、キアロが指差す大窓のほうを向く。

 白雲のすき間からさっと金色の光が射すと、それを彩るように小さな虹が浮かび上がった。


「すごい……キアロくん、君、晴れや雨を言い当てるだけでなく、こんな繊細な変化まで予言することができるのか」


「わかるのは天気だけで、予言だなんてそんな大げさなものじゃないんです。もちろんガラッと大きく変わることのほうがわかりやすいんですけど、今日は調子がいいのかも」


 それにしても天からの祝福のような美しい光景に、双子ははしゃぎ、ほか三人は瞬きを忘れて見入ってしまった。気を取り直したミケーレが言う。


「予言とは天の意思を受け取り、人々に伝えることだ。君は自分の能力を、天気を読む力だと思っているかもしれないが、厳密には違う。

 君にあるのは『受信の力』だ。君が天気を予知できるのは、天の意思を受信しているからなんだよ」


 初めて聞く話にキアロは興味津々だった。


「天気は、この世の情報の一部に過ぎない。過去の偉大な能力者たちは、自然災害といった大きなものから、人の心のように微細なものまで受信できたという」


「人の心を受信するって……考えていることがわかるってことですか?」


「ああ。だが、もっとも高みにあるオウガは運命を受信することさえできたそうだ。つまりあらゆる未来予知さ。

 大きなもの、微細なもの、そして深遠なものまでをも読み取る力、それがオウガのツノの本来のパワーなんだ」


 窓辺へと歩き、くるりとこちらを向いたミケーレの背後から、黄金の陽が射してくる。

 彼の背に広がる白い雲は、まるで天使の翼のようだった。


 蔑まれてきたオウガに、そんな素晴らしい力があっただなんて。


 感激するキアロをよそに、ミケーレはなぜか複雑な表情で唇を噛んだ。


「しかし、それはどこまでも受け身の力。我々オス・サクラム教団は神のしもべに甘んじることなく、人々をより幸せに導くという高い理想を掲げている。

 キアロくん、君になら見せてもいいだろう。スクーロ!」


 スクーロが、頭頂で丸く束ねている髪をほどく。さらっと落ちる髪の中から現れたのは、あろうことか一本の真っ白なツノだった。


「オウガ……この子、オウガなんですか!?」


「ああ。だが、ただのオウガではない。オウガの歴史を塗り替える、希望の子だ。彼が持つのはこの世に唯一の『発信の力』。祈りを神に届ける力だ」


 そう言われたって到底ピンとこないキアロに、ミケーレが続ける。


「干ばつの地域に雨が降るよう祈り、土地を潤す。あるいは、大雨で土砂崩れを起こしそうな地を晴れとする。切なる祈りを発信して多くの人を救うことができる、この子が持っているのはそんな力なんだ」


 それってまるで、と口にしたキアロは、さっと肌が粟立つのを感じた。


「そう、彼は人類待望の神の子なのさ」


 説明の間、スクーロは尊大な態度を崩さなかった。

 キアロより少し背が低く華奢だが、その雰囲気は神の子と呼ばれるにふさわしい。


 キアロは混乱していた。でも、悪い混乱じゃない。

 オウガは力のない存在どころか、神の子さえ生むすごい種族だったのだ。


 でも、ふと思った。


「あの、それで、僕は何をしたらいいんでしょう? 発信の力に比べたら、僕の力なんて大したものじゃないし」 


「スクーロの力は素晴らしいものだが、まだ発展途上なんだ。君にはその能力開発を手伝ってほしい。もちろん、恵まれたその受信の力を使ってね」


 弟たちと自身の食い扶持がかかっているのだ、異存などあろうはずもない。

 むしろ、何ができるのだろうと心が前のめりになる。


「ははは、やる気があるのは結構だが、具体的なことはおいおい説明しよう。キアロくん、君の最初の仕事はスクーロの友達になることだよ。お願いできるかな?」


 このずっと不機嫌な神の子と? という思いを押し殺し、スクーロのほうを見る。

 彼はキアロを睥睨したままミケーレにぴたりとくっつくと、叫ぶように言った。


「俺はお前なんかいらない! にいにがいればそれでいい!」


 にいに? と面食らったキアロは、スクーロとミケーレを交互に見つめた。


 筋骨隆々なのに甘いマスクで華やかな雰囲気を持つミケーレと、線が細く、猫や狐を思わせるすっとした顔つきのスクーロとは、まるで似ていない。

 それに仮にキアロより年下であったとしても、幼児語を使うような年齢ではないはずだ。


 頭の中が疑問符でいっぱいになったところで、ミケーレが「キアロくん、お茶に付き合ってくれるかな」と微笑んだ。


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