表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

【第四章 石を落とし、星を掲げよ】勇者の帰還

 陸地が見えてきた頃には、すでに空は茜に染まっていた。

 

 首都・ロムレアは未だ人出が多く、露店にも活気がある。

 人々に見つかるのを承知でぴーちゃんにやや高度を落としてもらったが、騒動が起こっている様子はなかった。


 キアロたちは「ひとまず安心だ」と頷き合い、山上の宮殿を目指す。

 そして、裏手にやってきたところで異変を発見した。


 なんと、リリスが映像で見せてくれた騎士十数名が、宮殿裏口に突撃していくところだったのだ。

 彼らのマントの下からは、帝国軍の甲冑が覗いている。


 スクーロが真っ青になって叫んだ。


「あいつらが、半日かけてロムレアにたどり着いたのはわかる。でも、山側の搦手(からめて)門にだって優秀な見張りの兵士が大勢いるし、敷地内は歩哨が巡回してんだぜ!? あんな少数で突破できるわけ……」


「教国側に内通者がいたんだ。しかも、大勢の兵士に命令できる立場の」


 スクーロがはっと息を呑む。


「そんな、にいに?」


「まだわからないよ! でも、きっと反教皇派が帝国の過激派と結んで、謀反を起こしたんだ。スクーロ、ジジとトトが心配だ。まず古代神殿に行きたい」


「もちろんそのつもりだぜ!」とスクーロが手綱を引いた。

 ぴーちゃんが神殿屋上に降り立つなり、ふたりで「ジジ、トト!」と駆けていく。


 双子の名を呼び続けるが、館内には使用人の影すらない。もぬけの殻に反響する声は不気味で、キアロの焦りを増幅させていく。


「嘘だろ、ふたりとも! どこにいるんだ!」


「おい、キアロ! たぶんここにはいねーんだよ」


「ジジ! トト! 返事をしてくれ!」


 冷や汗をかくキアロの腕を、スクーロが力強くつかんだ。


「この騒動の糸を引いてるのがにいになら、絶対にふたりを安全なところに避難させてるはずだ。お前はまだわからないって言ってくれたけど、俺にはわかる。……にいにの仕業だ」


 苦しげに眉根を寄せるスクーロを見て、キアロは我に返った。

 家族が心配なのは自分だけではないのだ。


「ごめん、取り乱して。僕らも宮殿に向かおう。裏口から追いかける?」


 スクーロは少し考えると、空中庭園から、と答えた。


「宮殿屋上の真ん中には、塔に囲まれた空中庭園があるんだ。ぴーちゃんに連れてってもらって、最短距離で教皇の部屋に乗り込もう」


 キアロはごくりと喉を鳴らした。

 宮殿では、先ほどの帝国騎士らと鉢合わせることとなるだろう。だが、ここで手をこまねいているわけにはいかない。


「行こう、ミケーレさんの革命を見届けよう!」


 スクーロが力強く頷いた。


***


 夕日が落ちる前の空中庭園は、風雅な楽園そのものだった。

 キアロたちは真紅の薔薇が咲き乱れる地に飛び降り、「ここまでありがとう」とぴーちゃんのふかふかの胸に抱きつく。


 そこに、「き、貴様ら何者だ!」という声が響きわたるのと、その声の主にぴーちゃんが突進していくのとは同時だった。

 哀れな見張り番は、泡を吹いて失神してしまった。


 スクーロが「ぴーちゃんにはあとでご褒美用意しなくちゃな~」とつぶやきながら、当たり前のように兵士の懐をまさぐり、鍵を手に入れる。

 ふたりはその鍵で、庭師たちの通用口から内部へと突入した。


 まばゆい装飾が散りばめられた廊下を、脇目も振らずに走り続けた。

 見張りはもちろん、使用人の姿もなく、ふたりの足音と呼吸音だけが響く。


 だが、教皇の大居室がある廊下に差しかかると、人払いが行き届かなかったのか、腰を抜かしているらしい給仕の女がいた。


「大丈夫ですか!」とキアロが声をかけると、女性は震えながら答える。


「ぶ、武器を持った男たちが、教皇様のお部屋に……」


 最上階中央部にある教皇の間の大扉には、二本のツノと、白い花の冠からなる紋章があしらわれている。

 オウガの島から帰還したキアロたちには、今やこのオス・サクラム教国のシンボルがどこから来たか、はっきりとわかる。


 ふたりで扉を蹴破ると、帝国騎士たちが腰を抜かした教皇を追い詰めているところだった。

 そして、その男たちの中央にいるのはほかでもない。


「スクーロ……キアロくん?」


 平和を象徴する緑のキャソック姿のミケーレだった。

 優しくくすんだ緑色の瞳が、ふたりに向かって見開かれている。


 対する教皇のそばには、剣を置いた護衛が座り込んでいた。

 すっかり戦意を喪失して両手を上げているところから、教皇の人望がうかがい知れる。


 が、次に口を開いたのは、この嫌われ者の老人だった。


「おお、スクーロ! 我が息子よ! 来てくれたか。やはり血を分けたお前しか信じられぬ! どうか、とと様を助けておくれ。このたぬきのミケーレめは、帝国と結んで私を裏切ったのだ!」


 この白々しい台詞に、キアロはぞっとするほどショックを受けていた。


「我が息子」「お前しか信じられない」「とと様」という言葉が、これまでのスクーロへの態度と微塵もつながらない。

 大の大人が恥も外聞もなく、こんな醜態を晒せるものなのか。スクーロも「じじい」とつぶやいて拳を震わせている。


 ミケーレが教皇に向かって一歩踏み出した。


「皇帝を暗殺し、帝国を我がものとしようとしたあなたに、謗られる筋合いはない!」


「黙れ黙れ黙れ!! 何もかも、お前の計画通りなのだろう! 私がグイードを討つ日を、今か今かと待ちわびていたのだな。

 暗殺を機に、水面下で帝国の皇子どもと組み、こうして私に謀反を起こすために!」


「盲言を! 私は皇帝暗殺を止めた! 貴様が聞く耳を持たなかっただけだ!」


「はーっはっはっは! 役者だな、ミケーレ! そうだった、お前はずっとそうだったのだな。私を誘惑して取り入り、首席枢機卿にまで上り詰めた! 

 私がまだ年若いお前を次期教皇に推すべく、貴族やほかの枢機卿どもにどれだけの根回しをしてきたことか。身の程知らずの下級貴族風情めが、恩を仇で……」


 教皇の罵倒を遮るかのように、視界が白く弾けた。


 轟音が耳をつんざき、巨人が地面を剥がすようなバリバリバリという音が響く。光と揺れ、そして音の衝撃に、キアロは思わず頭をかばった。

 腕から透明な破片がばらばらと落ち、割れた窓ガラスが吹き飛んできたことを知る。


 キアロとスクーロを除く全員が、起こったことを理解しかねて息を凝らしていた。


「何が誘惑だ! お前の薄汚さをにいにのせいにするな! それ以上にいにを侮辱するなら、次はお前に落とす」


 まさか、とつぶやくミケーレに、キアロが頷いてみせた。キアロのツノは熱く痺れている。

 スクーロのツノから怒りが発信され、雷となって宮殿の尖塔に落ちたのだ。


 宮殿本体に落ちたわけではないというのに、衝撃波で窓ガラスはすべて割れてしまった。

 通常の雷とは段違いのパワーに、発信の力の恐ろしさを思い知る。


 辺りには焼け焦げたような臭いが漂い、茜の去った夜空からは冷たい風が吹き込んでいた。

 教皇が震える唇を開く。


「お前に落とす、だと……? スクーロよ、貴様の仕業なのか。悲願の力が目覚めたというのに、その力で父たる私に仇なそうというのか!」


 ミケーレが音もなく剣を抜いた。お前の相手は私だ、と言わんばかりに教皇ににじり寄っていく。


「そういえば、あなたは私の本当の出自をご存じなかったな」


 ミケーレと、その背後で待機している帝国騎士たちにはやや距離がある。

 彼の低めた声までは聞こえないだろう。


 膝で這って逃げる護衛に、教皇が呪いの文句を垂れるがもう為す術はない。

 ミケーレは老奸まであと一歩というところまで近づくと、低くつぶやいた。


「私は貴族に引き取られた身でしたが、出身はオウガ村なのですよ」


 まさかの告白にキアロも驚いたが、教皇の驚嘆ぶりはその比ではなかった。

 鈍い色の目を剥き、乾いた声で言う。


「オウガ村……? そんな、では貴様は」


「そう、免罪の子だ」


 ミケーレはすっかり蒼白となった教皇を凍てつくような瞳で見下ろすと、跪き、その耳もとに唇を寄せた。


「いかがでした? 汚れたオウガの男の抱き心地は」


 虚空に見開かれた教皇の瞳が、ぎゅっと固くなるのがわかった。


 キアロにはミケーレの台詞がはっきり聞こえた。

 が、スクーロが怪訝そうに小首を傾げたのを見て、どうやらそれは受信の力のせいだったらしいと知る。


 教皇から離れたミケーレが、剣を両手に握り直した。

 騎士にふさわしい、無駄のない構えだった。


 教皇が万事休すと目をつぶる。

 すべてのかたがついたと思われたそのとき、いくつもの物々しい足音が響きわたった。重装備の騎士たちが、一気になだれ込んできたのだ。


「聖下! お助けに上がりました!」


 教皇派が乗り込んできたことを知り、老人は露骨に安堵の表情を見せた。


「ええい、遅いではないか! やってしまえ、そこの子どもらまで皆殺しだ! 特に藍の髪のほうは絶対に生かしておいてはならぬ!」


 帝国軍騎士たちは、突撃してくる教皇派を迎え撃った。

 敵味方入り乱れての大立ち回りが繰り広げられるが、皆、騎士道を重んじるつわものばかり。子どもであるキアロたちに手を出してくる者はない。


「何をしておる! そのガキの息の根を止めろ! おい、そこのお前、紺のローブのほうを殺せ!」


「聖下……し、しかし」


 一旦引いたほうがいい。そう思ったキアロは、スクーロの手を引っ張った。

 だが、スクーロは「にいにを置いてけない」とかぶりを振る。


「殺す意気地がないというなら拘束せよ! 急げ、そのガキどもは危険だ!」


 いかにも貴族階級の子息らしい若騎士が、「すまん」とスクーロの腕をつかんだ。しかし、キアロが体当りして邪魔する。


 若騎士は「貴様!」と怒りも露わに、剣の柄頭でキアロの後頭部をひと突きした。

 ぐわんと視界が揺れ、前のめりに倒れる。だがその瞬間、キアロはスクーロに向かって絶叫した。


「だめだ! 今じゃない!」


 発信の力を使おうとしていたスクーロが、「なんで」と瞳を揺らす。

 そこに「うっ!」と悲鳴を飲み込む声が聞こえてきた。


 声の主はミケーレだ。

 床に膝をつき、左腕から血を流している。


「にいに!」


「スクーロ! こらえろ!」


 と叫びながらキアロは騎士の拘束を受け入れ、ゆるゆると立ち上がった。


 オウガの島で、ふたりはリリスにいくつかの助言を受けていた。

「発信の力は、受信に比べて消耗が大きい」というのがその一つだ。

 強烈な天候変化を立て続けに起こすことで、スクーロにどれほどの犠牲が要求されるのか、ふたりはまだ知らない。


 そして、リリスはこうも言っていた。

「未熟な術者は、大き過ぎる命を天に下すことはできない」と。


 「大きすぎる命令ってどんなのですか」と問うと、女神が「星を落とすなどであろうな」と答えたのが、今となっては偶然とは思えない。

 このとき、キアロは「じゃ、星が落ちてくる方向を変えるんならいいんだ!」と無邪気に言い放った。


 若い騎士はキアロを捕らえたまま、あっという間にスクーロの腕を取ってねじり上げた。

 スクーロが痛みに顔をしかめながらも、「どーゆーこった」とキアロに毒づく。


 キアロは後頭部に一撃を食らう直前、夜を切り裂く光のイメージを受信していた。

 それはまるで雨のように降る、光の群れだった。


「もうすぐ星が降る。一つ二つじゃない。しし座の方角から、雨みたいにたっくさん。だから、呼吸を合わせよう」


 スクーロは息を呑むと、すべて悟った様子で頷いた。

 ふたりで額をくっつけ、目を閉じる。

 ふたりをまとめて拘束している若騎士は、「おい、お前ら何をやっている」と不安げだ。


 激しい剣戟の中、互いの呼吸を合わせる時間は、不思議に穏やかだった。

 深い夜の天球を、きらめく星たちが笑いながら流れていく。


 思い思いに尾を引き、兄弟星たちはその長さを比べ合う。

 やがてどの子もすう、と闇に還っていく中、ますます輝きを増していく青い火球が見えた。


「スクーロ」


「わかってるぜ」


 頭蓋骨まで痺れるような振動が伝うと、再び辺りが白く光った。

 轟音が鼓膜を叩いて、キアロは吹き飛ばされる。世界に音が戻ってくると、男たちの叫喚が聞こえ始めた。


 キアロがまぶたを開けると、窓側の天井と壁が崩落し、夜空が広がっているのが見えた。

 外には白い尾を引くすい星が、続々と降っている。


 あの中のひと際大きな火球が宮殿をかすめるよう、スクーロが願いを発信したのだ。

 騎士たちは「星が落ちてきたのか」「まさかそんなことが」とうろたえている。


 砂煙が引いていくと、ひとり仁王立ちしているスクーロに、誰もが目を向けずにはいられなかった。

 結っていたはずの青い髪は肩に流れ、頭頂にはオウガのツノがそびえている。


 そして、そのツノは神々しい黄金色に輝いていた。


「てめーら、まだやろうってのか」


 どすの利いた声でスクーロが言うと、ひい、という悲鳴が方々から漏れる。

 ミケーレは複雑な色合いに揺れる瞳で、一心にスクーロを見つめていた。


 スクーロが近づいてきて、キアロに手を差し伸べる。

 キアロがその手を取った瞬間、流星群が一層華々しく駆けていった。星々が銀のリボンをかけていく空を背に、ふたりで微笑み合う。突然「あれは」という声が上がった。


 見れば、地上に大きな虹が現れているではないか。

 教皇派の騎士たちが、「神の子だ」とざわめき始める。からん、と剣が落ちる音が続いた。


「どうか……どうかお赦しを! 我々は浅はかにも、信ずるべき者を見誤ったのです!」


 教皇派を束ねていたらしい年かさの騎士が、キアロたちの前にひれ伏した。

 ほかの者たちも、瓦礫の中で次々と額づき出す。

 すべての信奉者を失った教皇は、その光景をただ呆然と見つめるほかなかった。


 ミケーレがまるで死の天使のように、教皇の前に立ち塞がる。


「これがお前の人生への答えだ」


 すべての決着をつけるべく剣を振りかぶったところで、それを止める者があった。


「その剣をお収めください、ジェンティーリ猊下」


「ヴァルモラナ殿……!」


 聞き覚えのある声、そしてその名に、キアロとスクーロは顔を見合わせた。

 ミケーレの腕をつかんだ手が、自身の兜を取り、床へと落とす。


 現れたのは、肩までウエーブを描くブルネットの髪、そしてほっそりした女性の顔だった。


 朝日を受けた海のように青い瞳が、ミケーレをとらえて言う。


「あなたは次期教皇となられるお方、その御手を血で汚してはなりません。後の世に語り継がれるあなたは、帝国のヴァルモラナ一門から教皇を守るべく奮闘した、清らかな義人でなくてはならないのですから」


「しかし、汚れ仕事をあなたがたに押しつけるような……!」


 ヴァルモラナの豊かな髪が、左右に振れた。


「ぜひ、私に皇帝陛下の敵を討たせてください。猊下」


 ミケーレはしばしの沈黙のあと、悔しそうに顔をそむけ、頷いた。教皇が弱々しい声を上げる。


「や、やめろ、近づくな! 帝国の犬……しかも……女ではないか!」


 崩落した天井から、ぴーちゃんがキアロとスクーロめがけて飛び下りてきた。

 大きな翼がキアロたちの視界を遮った瞬間、ヴァルモラナの雄叫びが上がった。


「皇帝陛下、万歳!!」


 骨を叩き斬る衝撃のあと、ごとっという鈍い音が響きわたった。


 権力をほしいままにした男の黒き一時代が、終わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ