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【第二章 霹靂】自由への翼②

 青い暗闇に星が瞬く頃、ふたりは古代神殿の屋上に立っていた。


 吹きつける夜風は冷たく、辺りは静まり返っている。

 で? という顔のスクーロに、キアロはこほんと咳払いをした。


「スクーロさ、今日かっこよかった」


「はあ? そんなのいつもじゃねーか」


 ミケーレさんの子育てってすごいよな~愛がブレなかったんだな~、という雑念を振り払い、続ける。


「えっと、日中に雷を起こせたのは、スクーロの心の力のおかげだと思うんだよね。これまでは、教皇に命令されてやりたくない特訓をやってきたんだもん、天気が変わるわけなかったんだよ。

 つまり、義務とか命令とかじゃなく、本心から思っていることじゃないと」


「それは否定できねー。けど、能力を開花させたいのは本心だぜ?」


「だから影響しているのは、もっと目先の目的へのやる気だよ。能力を開花させたいのは本当でも、心から天気を変えたいのか? そんなに雨を降らせたい? って話」


 スクーロが、ああ、と納得の声を上げる。


「今は、スクーロのツノを覆っているものの正体はわからない。どうしたらいいのかもわからない。でも、すっごく強い思いなら覆いを突き抜けられるかも、って仮説が生まれた。それをさ、ちゃんと確かめないと」


「よし、検証ってやつだな。次やってみたら、また新しくわかることもあるかもしれねーし。で、具体的には?」


 キアロはにっと唇を引いた。


「わからない? ヒッポグリフのぴーちゃんを呼ぶんだよ!」


 スクーロは目をひん剥いたが、キアロには実はずっと考えていたことがあった。


 あんなに手ひどく追い払われておきながら、ぴーちゃんが何度もここへ舞い戻ってきた理由。

 もちろん、人に育てられたせいで群れに馴染めず、スクーロを慕うしかないからということも考えられるが、本当にそれだけだろうか。


「スクーロ、君はきっと無意識に、会いたいって思いを送っていたんじゃないかな。その周波数に反応して、ぴーちゃんはやってきてたんじゃない?」


「俺が、ぴーちゃんを呼んでいた?」とつぶやくと、スクーロはうつむいてしまった。


「だとしたら、混乱するのも無理ないよな。呼ばれたと思ってお土産まで持って駆けつけたのに、それを投げつけられて、追い払われる……ずっとひでーことしてたんだ、俺」


 キアロはスクーロの両頬に手を当ると、ぐいっと前を向かせた。


「スクーロの気持ちは、ちゃんと伝わってるよ。発信の力のおかげだけじゃない。雛のときに大事に世話して、優しく背中を撫でてあげたろ。ミケーレさんがしてくれるみたいに、愛して育てただろ。

 ぴーちゃんが来るのは、それをちゃんとわかっていて、今もスクーロを好きだからだ。相手は気位の高い神獣だよ? 嫌だったら、呼ばれても来ないって」


「でも、なんて謝ったら」


「それを伝えるのが発信の力だ。世界で唯一の、君だけの力だよ」


 キアロの言葉は、スクーロにまっすぐ届いたようだった。


 空の星を映した瞳が輝く。彼は、すう、と大きく息を吸った。


「俺は、本当はずっと、ぴーちゃんに会いたかった! 会いに来てくれてうれしかったのに、いつもごめんな。謝らせて、抱きしめさせてくれよ、ぴーちゃん!」


 スクーロに応えるように、深い夜の染み込んだ森がざわめく。


 来た、とキアロは思った。


 今、ふたりが見つめているのは、喜び勇んで羽ばたいてくる神獣の姿だ。

 表情がない鷲の顔ながら、喜色満面といってもいい笑みが浮かんでいるのがわかる。


 森の香りの風が巻き起こり、鉤爪の前足が石床を踏んだところで、スクーロが両手を広げた。


「ぴーちゃん、おかえり! 来てくれてありがとう、ほんとにありがとうな」


 スクーロがぎゅっと脇腹の辺りに抱きつくと、ぴーちゃんはぐるるる、と甘え鳴きを響かせた。

 こんなに大きくても子どもなのだ。


 スクーロはふかふかの羽毛に頬ずりし、涙を拭いながら言う。


「伝わったんだ、来てって気持ちと、大好きって気持ちが。ごめんねも伝わってるかな」


 猫が喉を鳴らすときのような音を聞きながら、キアロは閉じていた目をぱっと開けた。


「大丈夫! 伝わってる……かどうかはわからないけど、うれしいって気持ちでいっぱいだ。あと、なんだろう。人で言う『踊りたい』みたいな感じもする」


 踊りたい? とスクーロが聞き返すと、ぴーちゃんがご機嫌に翼を広げた。

 受信の力なんて持っていないはずのスクーロが、「え、いいの!」と飛び跳ねる。


「何? どういうこと?」


「だーかーらー、飛ぼうぜってこと! 人の『踊る』は、ヒッポグリフの『飛ぶ』なんだよ! 知らねーけど」


 気づけば勢いに押されて、キアロはぴーちゃんの背にまたがり、前に乗るスクーロにしがみついていた。

 鞍も手綱もないというのに、なぜこんなにもスクーロは安心しきっていられるのだろう。


「俺はこの一年、ずーっとぴーちゃんに乗って空を飛ぶイメトレしてたんだ。俺の豊かな想像力を振るうときが来たぜ! 行くぞ、ぴーちゃん!」


「そんな、想像力なんかで飛、あーーーーー!」


 尖った風を受け、思いっきり目をつぶったが、ふわりと気流が変わったのを感じる。豪快に笑っていたスクーロが「キアロ!」と叫んだ。


「もう大丈夫だぜ、目ぇ開けろよ!」


 キアロは、両腿でしっかりとぴーちゃんの胴を挟みなおし、恐る恐る目を開けた。


 満月の煌々とした光に、空と黒い森の境がくっきりと浮かび上がっている。

 針の先のように光る星々の下、森が生き物みたいに蠢くのを見つめていると、不思議と心が安らいだ。


 ぴーちゃんが翼を翻すと、今度はさっきまでふたりがいた古代神殿、そしてその先にそびえる宮殿が目に入る。


 キアロはスクーロのお腹の辺りを後ろから抱きしめたまま、その体温と焼きたてのお菓子みたいな匂いに息をついた。


「ほんとだ。ぴーちゃん快適だよ、ありがとう!」


 ぴーちゃんがぎゃっと短く鳴き、宮殿へ向けてスピードを上げていく。

 それから、まだ起きている城の者をからかうように、窓辺をすいっと横切っていった。


「わ~! さすがにこれは怖い怖い怖い」


「ぴーちゃん、見つかっちゃうよ~」


 とふたりが喚くのを、この若い神獣は明らかに面白がっていた。ふと、窓に見覚えのある人影が覗いた。


「にいにだ」


 見えたのは一瞬だったが、書類らしきものを小脇に抱えていた気がする。

 帝国との調停が暗礁に乗り上げている今、多忙を極めているのだろう。


「なあ、キアロ。俺、力を使うときのコツがわかった気がする。今まではツノに集中してたけど、胸の奥のほうに思いを集める感じだ」


「よかった、コツをつかめたんなら前進だね。ところでさ、僕らがやってきた日と、僕がスクーロを褒め殺した日にも、ぴーちゃんやってきてたよね?」


 褒め殺し、と呆れたようにつぶやくと、スクーロは苦い顔をした。


「僕らが来た日に、『また新たな受信の能力者が来るのか~やだな~ぴーちゃんに乗ってどっか行っちゃいたいな~』って思うのはわかるんだけど。あとのやつはなんで?」


「……お前の事情をなんも考えずに、馬鹿とかひでーこと言っちゃったからだよ。ぬくぬくお勉強と特訓してりゃいいだけだった俺とは、全然違うのにさ。いたたまれなくて、消えたくなった。だからじゃねーの」


 そんなにもスクーロが気にしていたなんて、思いもしなかった。

 言い過ぎや、知らずにきてしまって想像できない事柄なんて、誰にでも山ほどあるだろうに。


「僕さ~、スクーロのそういうとこ好きだな。傷つくべきときにちゃんと傷つけるのって、いいよね」


「ああ!? 傷ついたのはお前だろうが。……ごめんな」


 しゅんとするスクーロに「もういいって」と笑いながら、キアロはぴーちゃんの気持ちがわかる気がした。


 ぴーちゃんの傷は、きっとスクーロがくれた愛情ですっかり塞がっている。

 それでも謝りたいという気持ちは、スクーロのぴかぴかした心の賜物だ。


 さっきは、ぴーちゃんに謝罪の気持ちを伝えるために発信の力を使えばいい、と言ったけど、本当はいい関係でいるために特別な力なんていらないのだろう。


 ぴーちゃんが、ふいに城下町へと旋回した。

 キアロは拳を振り上げたが、今度はスクーロが縮み上がっている。


「ぴーちゃん、それはやめとかない? 俺、街に出たことないんだよ! たったの一度も!」


「いいじゃない、今日が新たな世界に踏み出す最初の日だよ! ぴーちゃん、スクーロを連れ出してあげてよ!」


 今度はスクーロが不様に声を上げる番だった。やがてキアロにつつかれて、彼もおっかなびっくり城下町を見下ろすと、ため息混じりにわあ、と漏らした。


 みっしりと集まった家々の間を、葉脈のように道が走っている。


 明かりが灯っているのは夜間営業が許されている酒場くらいのもので、歓楽街らしい一角を覗いてはしんと暗い。

 賑わう昼の街を知っているキアロには、夜の顔はちょっと不気味だ。


「スクーロ、どう?」


「どうって……広くて、綺麗で、寂しい。知らない街だからそう思うのかな」


 生まれてこの方、ずっと側にあった景色を「知らない街」と言うほかない心境を思うと、キアロもじんわりと寂しかった。

 このあともぴーちゃんは思いきり飛び回ると、「よく遊んだ!」と言わんばかりにゆったりと森へ帰っていった。


 確かロッシ卿は「ときどきはぐれた個体が、ロムレアに迷い込んでくることがある」と言っていた。

 賢いぴーちゃんは、日中は森か山の向こうで過ごし、人目を避けているのだろう。


 スクーロが呼んだときにだけ、危険を承知で古代神殿へとやってきていたのだ。


***


 この日、キアロはスクーロを三兄弟の寝室に招いた。

 寝入っている双子を起こさないよう忍び足で歩き、キアロのベッドにふたりで滑り込む。


 皆に秘密でいつもと違うことをするのは、なんて楽しいのだろう。

 喋っちゃだめだよ、と言いながらも、お互いにひそひそ話が止まらない。


 天井を見つめ、スクーロがしおらしくつぶやいた。


「世界って、ロムレア何個分なのかな。うまく言えないけど、そういうの考えると胸がぎゅってなる。だだっぴろくて真っ暗な空で、一つだけぽつんと光ってる星みたいな気持ち。

 俺さ、ずっと自由になりたいって思ってたのに、本当に自由になるのはちょっと怖いんだ。発信の力が開花したら変わるかな。強くなれんのかな」


 ゆっくりと紡がれる言葉を聞きながら、キアロはスクーロの変わってほしくないところを考える。


 強がりなところ、甘えん坊なところ、自分のしたことに真正面から傷つけるところ。


 強くならなくても、必要ならキアロが守り励ましてあげるし、今の彼のまま未知の世界にわくわくできるならそれが一番素敵かもしれない。


「ま、発信の力を自在に使えるようになったら、にいにのついでに、お前のことも俺が守ってやっから! 大船に乗ったつもりでいろよ」


 ええっ、君が僕を守るの? と驚いているうちに、すやすやと心地よさそうな寝息が聞こえてくる。


 キアロはスクーロの肩まで毛布を引っ張り上げてやると、おやすみ、と微笑んだ。

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