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【第二章 霹靂】皇帝暗殺を阻止せよ!

 翌日は、料理人たちが厨房で寝入っている四人を見つけ、大騒ぎになった。


 使用人はスクーロの顔を見ることはおろか、彼がいる部屋への入室さえ禁止されているので、パニックになるのも無理はない。

 いつも優しいミケーレにもこってりと絞られたが、それも含めて非日常感が楽しかった。


 お説教の最後に、ひとりずつミケーレに抱きしめられた際には、キアロも精一杯抱きしめ返した。

 たくさんの痛みを負った彼に、少しでもエールを送りたかった。


 まあ、すぐさまスクーロに「なんだそのハグ!? にいには俺んだぞ!」と引き剥がされてしまったのだが。


 そんなこんなでせわしく時は過ぎ、瞬く間に、皇帝と教皇の会談の日がやってきた。


 早朝に教国入りした皇帝は、すでに宮殿で休んでいる。古代神殿の人員はほとんど宮殿に取られており、いつも以上に静かだ。


「スクーロ! 準備はいい?」


「ったりめーだろ、皇帝暗殺阻止! 上等だ!」


 これからふたりは、皇帝暗殺阻止計画を実行する。


 といっても基本的には強行突破、緻密な行動なんて考えていない。

 だって、どうにか皇帝に会って「あなたの命、あのじじいに狙われてますよ」と言えたらそれでいいのだ。


 作戦会議中に、キアロが「子どもの言うことなんて信じてくれるかな?」と心配したときにも、スクーロは余裕綽々といった様子だった。


「向こうだって伊達に大国じゃないんだから、どうせ俺の存在くらいつかんでるって。ジェンティーリ枢機卿は親戚の子と一緒に暮らしているらしい、程度の情報かもしれねーけど」


「そっか。だったら一応耳に入れておこう、ってなるかもしれないね」


 ふたりは忍び足に古代神殿を出ると、さっそく宮殿を目指した。

 さすがに衛兵がずらりと並んでいる正面玄関から入るわけにはいかないので、勝手口に回る。もちろんそこにも見張り番がふたり立っていた。


「なんだお前たち、御用聞きか? 今日は特別な日だ、身元の確かでない者は通せんぞ」


 スクーロがぎろりと若い兵士を睨め上げた。もうひとりの男が、おい、と声をかける。


「この方は、ジェンティーリ枢機卿猊下のご親戚のご子息だ! 無礼だぞ、視線を外せ!」


「はっ……こ、これは大変な失礼を!」


 兵士たちは急いで顔を上げ、遠くを見つめて敬礼をする。ふたりともガタガタ震えていてちょっとかわいそうだ。


「そーそー、俺たち、そのジェンティーリ枢機卿に忘れ物届けに行くんだ。お仕事中の猊下に『あれがない! 困った!』なーんて恥かかせるわけにはいかねーよなあ? 

『忘れん坊猊下』なんてあだ名ついたら困るから、黙っててくれるよなあ?」


「はっ! 仰せのままに!」


 びしっと声が揃って、実に兵士らしい。

 キアロがぽかんとしているうちに、スクーロは「うむ、ご苦労」と堂々とドアを開けた。


 細かい打ち合わせもなく、「だーいじょうぶだって! 俺に任せとけ!」と言われてついてきたが、こんなにもスクーロの大物ぶりが炸裂するとは。


「も、もうちょっと穏やかな感じにやるのかなって、思ってたんだけど」


「あ? 言ったろ、強行突破だって。お前、ほんとに話聞いてねーのな」


「聞いてたよ! けど、これから先もずっとこんな感じ!?」


 皇帝がいるのは二階の迎賓室だ。

 でも、一階からずっと、衛兵や使用人たちに目撃され続けるのは避けたい。


「だから、任せとけって言っただろ……っと!」


 と、歩廊に面したギャラリースペースに入るなり、スクーロはタペストリーをめくり上げた。


 年代物だろう品をこんなにも雑に引っつかむとは、とキアロはあんぐり口を開ける。

 しかし、壁に現れたもの見れば、納得せざるを得なかった。


「扉……! てことはこれ」


「そ、隠し通路! ここから迎賓室の着替え部屋(ドレッシングルーム)まで行けるんだぜ」


 何年も前から地下書庫に潜り込み、宮殿の設計図を見つけて、ありとあらゆる秘密の回廊を頭に入れたというのだから、さすがはスクーロだ。


 ふたりは埃っぽく、肩幅すれすれの細い隠し通路へと入っていった。


 暗い中、うっすらと漏れてくる明かりを頼りに進むのは、なかなか大変だ。

 おまけに、回廊はいろいろなところに通じているようで、次々と分かれ道が出てくる。


 しかし、スクーロは慌てる素振りもなく、右、ここを左、次も左、と最後まで冷静だった。


 おかげで蜘蛛の巣を頭に被った程度で、「この先がゴールだ」という台詞を聞くことができた。息を潜めて向こう側の様子をうかがったが、まさに今着替え中、ということはなさそうだ。


「よし」


 と声を合わせ、まずはキアロから外に出る。


 扉にはやはりゴブラン織りの重厚なタペストリーがかけられているうえ、真紅のソファで塞がれていた。

 音を立てないよう気を遣うが、スクーロによると「ドレッシングルームは吸音構造になっている」とのことだった。


 反対にスイートの迎賓室は、どこも音が反響しやすいように作られているという。


「盗聴にうってつけってわけだね」


 とキアロがスクーロの腕を引っ張ってやると、彼は「そゆこと」とにかっとした。


 キアロは部屋中を見回し、口の動きだけで「うわあ~」と感嘆する。

 王族級の貴賓のために作られただけあって、単なる着替え部屋だというのに目が回りそうなほど豪華だ。


 周囲は艶やかな赤い壁紙に彩られ、ソファや猫足の鏡台といったすべての家具に金細工が施されている。

 窓辺には濃紺のビロードのカーテンがかかっており、キアロが今までに見たすべての布を寄せ集めても、このたっぷりした生地量には敵わなさそうだった。


 さっそく隣の部屋から、くぐもった男の声が漏れてくる。


「どうする? 急に出て行っていいものかな?」


 とキアロが耳打ちすると、スクーロは紺のローブからガラスコップを二つ取り出した。


 まずは敵情視察というわけだ、なんと用意がいいのだろう。

 受け取ったコップを壁にくっつけ、底に耳を当てると、もごもごと響いていた声が、急に会話として浮かび上がってきた。


「陛下、想定問答集に今一度お目通しを」


「わかっておる。が、こたびの会談、どうせ話にもならぬことは目に見えておる。年々怒りっぽくなっておるからな、あのグレゴリオ爺め」


 教皇の話だ! と興奮しながら、キアロはスクーロと目を合わせる。


「聖職者が聞いて呆れる。人造神を造るために、()()()()までに悍ましいことをしてのけた悪鬼の類ではないか! 

 しかも、教国だけでは贄が足りぬと、今度は我が国にも目をつけよった。あの爺の浅ましさに限りはないと見える」


 不穏な流れに、ふたりしてごくりと唾を呑む。

 気づけば、キアロはスクーロの肩を抱いていた。


「……ただ、やつが焦っておるのは、我が国にとっては安心材料でもある。よほどうまくいっておらぬのだろうな、人造神育成計画とやらが」


「ええ、まさに切羽詰まっていると考えて差し支えないかと。教皇も、そして現人造神殿の行く末も」


 皇帝が荒々しくため息をつく。


「新たな人造神が誕生しその能力が発現すれば、今の人造神候補は見限られような。予備としては生かされようが、生涯幽閉生活か。若いみそらで憐れなことよ」


 スクーロがぺたんと尻もちをついた。

 蒼白な顔からは表情が消えているが無理もない。それだけのことを聞いてしまった。


 スクーロ、と声をかけようとした瞬間、首の後ろにひやりとしたものが触れた。


 この硬質な冷たさ、間違いない。刃物だ。


 スクーロも同じ状況らしく、キアロの視界の端には、瞳を見開いて固まる彼が映っている。

 後ろにいる「誰か」は背後の扉から音もなく入室し、ふたりに気取られぬよう剣を抜いたらしかった。


「貴様ら、どこの手のものか」


 問いよりもその声に、ふたりは静かに驚いた。

 小声ながら騎士らしく威厳に満ちたそれは、女性のものだったのだ。


「おかしな素振りを見せれば、すぐにこの手首を返して頭を落としてやろう。答えよ」


 一本のサーベルの柄に近い部分がキアロの首に、剣先に近い部分がスクーロの首に触れている。

 全身がじわりと汗ばむのを感じながら、キアロは口を開いた。


「あ、の……僕たち、皇帝陛下を、お守りするために来ました」


「陛下をお守りするだと?」


 険しい声だが、話を聞いてもらえる余地はありそうだ。

 スクーロがごくりと喉を鳴らす。


御婦人(シニョーラ)、わたくしはジェンティーリ枢機卿の遠縁の者です。教皇庁に暮らし、教皇のたくらみを知っております」


 はっと息を呑むその雰囲気からは、ミケーレを知っていることがうかがえる。

 いける、とキアロが畳みかける。


「お姉さん、僕たち教皇の悪巧みを聞いちゃったんです! 実は」


 そこで世界が暗転した。暗闇から覚めるとベッドの上だった。


 は! と叫んで起き上がるなり、「おはよう」と優しく声をかけられる。

 ここは古代神殿の予備の部屋、付き添ってくれていたのはミケーレだった。


 隣のベッドにはスクーロが寝ている。

 窓から差し込む日はまだ明るい。あれからそう時間は経っていないはずだ。


「冒険は楽しかったかい? 神聖ロンバルディア帝国、近衛騎兵連隊長のヴァルモラナ殿に君たちを引き渡されたよ。庭に倒れていた、とね」


 ミケーレが言っているのは、あの女性騎士のことだろう。

 確か、皇帝暗殺計画を訴えようとしたところで気を失った。


「私は何も聞かない。だから君たちも何も聞かないでくれ」


 キアロの知りたいという気持ちを、きつく縫い留めるような声音だった。こうして心配と迷惑をかけてしまった以上、頷くほかない。


 ミケーレは「肝が潰れるかと思ったよ」とキアロを抱きしめ、まだ寝ているスクーロの額にキスをすると、「会食に同席しなくちゃいけないから」と慌ただしく去っていった。


 キアロが隣のベッドをじろっと睨む。


「スクーロ、起きてるだろ? 寝たふりやめなよ」


 ぱちりと目を開けたスクーロが、へっへーん、と起き上がる。


「俺、好きなんだよね! 寝てるときににいににキスしてもらうの」


「起こさないようハグをせずにいてくれる、ミケーレさんの優しさを利用して……キスを」


「二重に愛情を感じるんだよな~。起こさないようにしてくれてる気遣いと、それでも想いを示そうとしてくれる態度とで」


「話聞いてる!?」


 急に、首にぴりっと痛みが走った。

 そうひどいものではないが、ヴァルモラナに手刀を見舞われたせいと思われる。


「それよりさっきの! どういうことなんだろう。帝国の偉い騎士様に暗殺計画を知らせたのに、まさかなかったことにされたってこと?」


「そういうこったろーな。てことは、あのヴァルモラナとかいう騎士は、皇帝を守るためにいるわけじゃないってことだ。むしろ、皇帝を……」


 胸がざわっとし、急に手のひらが汗ばんできた。


「僕らが庭に倒れていただなんて、明らかに嘘だってミケーレさんはわかっているよね。それを承知で、何も聞かない、何も聞くなって……」


「にいには知ってると思うか、皇帝暗殺の計画を」


 スクーロの白い手が、ぎゅっとシーツを握っている。

 キアロは黙ってベッドから降りると、そっと彼を抱き寄せた。


***


 会談後、皇帝は夜を待たずに宮殿を出発した。

 オス・サクラム教の教義の見直し、及びオウガの島を巡る交渉の決裂は、瞬く間に国内外に轟いた。


 大国の戦争突入を避けるべく、第三国と各国のギルド連盟などが評議会を結成。

 二国間の調停役を買って出ることとなったが、今や人々の不安は加速する一方だ。


 まさに、大陸中に暗雲が垂れ込み始めていた。


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