犬の盆
一緒に暮らしているお婆ちゃんの名前は、おかあちゃんと言う。
でも「かあ」だなんて、狸が死んでいるのを見てキャアキャア騒いだり、空から亀を落として甲羅を割ってみんなで突いたりする烏みたいで変な名前である。
お仏壇の写真の赤い蝶ネクタイをして澄ました、胸に豪華な金色の巻き毛飾りのあるダックスのおじさまは亡きパートナーである。
おかあちゃんはお尻が大きいので、いつもバルーンエプロンで体型をごまかしている。
字が上手なので、近所でお葬式がある時にはのし袋の代筆を頼みに来る人が何人もある。
おかあちゃんは少し色が黒いけれどかわいい顔をしているので、おじさまはそんなおかあちゃんに感心してお付き合いを始めたのだろう。
おかあちゃんは、一緒に暮らしていると不思議な感じのする人である。
鈴はここへ来てから、おかあちゃんがお寺や神社で「宝くじが当たりますように」とか「健康でいられますように」とかお願いするのを聞いたことがない。
お賽銭をあげて手を合わせたら善女の義務を果たすように軽く頭を下げる。
そして、健康に良い食事を自分の保護責任を果たすように少し食べる。
おかあちゃんは、静かに死のうとしているように見える。
よくわからない自信に満ちたおばさんよりはいいが、エリクソンの生殖性対停滞の典型なのである。
おかあちゃんは器用で賢い。
鈴は勉強が好きなので色々なことを教えてほしいのだけれど、あまり目が合わない。
それなのに、やはり飼い主としては完璧なのである。
パートナーの死は人生最大のストレスだというから、おじさまが亡くなった時に確かにおかあちゃんの中の何かが死んでしまったのだろう。
おじさまに添い寝をするように。
今夜は八月の満月である。
良い月だ。
時々白い紗のような雲を被って、恥ずかしげで気品がある。
もう八時だというのに、道はぽっぽとして鈴はハアハアが止まらない。
おかあちゃんは坂の上の月を見上げていつまでも立っていた。
「おかあちゃん、長いことお月様を見ていると桂男に攫われるよ。
そういえば、お月様いくつという歌があったけど、お月様はまだ年ゃ若いなと言っていたな。
あの歌も怖い歌だったな」
などと考えながら、鈴はほかほかする地面に座っておかあちゃんを見上げていた。
おかあちゃんは毎日、少女のような美しい青いノートに日記をつける。
朝になって鈴がこっそり読んでみると、昨日は昔おじさまと一緒に窓枠に座わって月を見た夜の事を書いていた。
最後に「彼がいたら揺り起こして一緒に月を見るのに」と書いてある。
覗き見はよくないけれども、女同士だし一緒に暮らしているのだから相棒の心の中を知っておくのは大切な務めである。
そんなある日、おかあちゃんは急にパタパタと忙しそうに家の掃除を始めた。
そして、お仏壇の中をきれいな布巾で拭いて、いつもと違うおじさまの写真を出した。
それから、シャインマスカットとか桃とか牛乳とか、素晴らしいご馳走をたくさん買ってきて冷蔵庫に詰め込んだ。
どこからか紐みたいなイルミネーションを出してきておじさまの写真の前に置いて、軒に気球の形の盆提灯を吊った。
そうしたら、おじさまが帰ってきたのである。
おじさまを乗せた瓜の馬は、お盆の日の夕方、悠々と門の前に着いた。
鈴はすぐに飛び出して行った。
隆々とした深緑色の瓜の馬は左目のところが、潰れるほど齧られている。
このおじさまは、あまりお行儀のいい人ではないな、と鈴は思った。
「いらっしゃいませ」
と、意外に逞しい馬の脚の下に立っておじさまを見上げる。
かわいい女の子とは言え、犬一匹買っている家である。
黙って通したと言われては、沽券に関わる。
馬から降りると、おじさまは胸の金色の巻き毛飾りに顔を埋めるようにして俯いた。
そして
「鈴なの」
と聞いた。
「そうです」
鈴はくっと胸を張って、おじさまを見上げた。
玄関の前まで来ると、突いているステッキをドアに立てかけて、おじさまは金色のコートの内ポケットから長財布を出した。
お札を一枚出して、鈴の前に屈むと
「しばらくお世話になるよ」
と素敵な顔で微笑んだ。
一万円札だったのでとても驚いたけれど、おじさまが財布をしまっている間に、大急ぎで臍の上にある内ポケットにお金をしまった。
前に、ポケットに桜貝とかたこ焼きについていたマヨネーズの小袋とかゴマせんべいを入れていたら、底に砂やクッキーの粉がたまって、ひどい皮膚糸状菌症になったことがある。
ポケットの内側に生えている白い産毛が全部抜け落ちた。
あまり痒くてお腹の上から掻きむしったものだからお腹の毛も抜けて、ただれた桃色の皮膚が露わになった。
それで、学校で男子にベリーダンスをもじって「ベリダン」とあだ名をつけられた。
しつこく揶揄うものだから走って逃げたら追っかけられて、靴箱の前で転んで後ろ脚の膝を擦りむいて大泣きをした。
その跡が今も剥げている。
女の子の体にこんな傷をつけて、絶対に許してあげない。
だけどまだ鈴は良い方で、ケンちゃんは右の太ももの内側にポケットがある。
コーンポタージュ味のうまい棒を買う時は、邪魔にならないようにモフモフした手で睾丸を左の方に避けておく。
それから長い鼻を突っ込んで睾丸を押さえておいて、肛門を嗅ぐようにしてポケットからお金を出す。
それを見るたびに鈴はあんなところにポケットがなくて良かったと思った。
おじさまは、財布をしまうとすぐに家に入り、真っすぐタンスの上のお仏壇に入って座った。
二、三回、体を揺すってスーツの収まりが良くなると、おじさまは動かなくなった。
おかあちゃんは大急ぎで来ないで、何をしているのだろう。
鈴は、生まれつきのしわがれた細い声で二声ほど鳴いてみた。
家の中におかあちゃんの返事はなかった。
おかあちゃんは、今朝から大忙しである。
お仏壇に供えるお花を道の駅へ買いに行き、大きな苺のついた迎え膳をこしらえて、クリスマスみたいに色々の電気がかわりばんこで点く光の紐に点灯した。
縁側のある方の軒の庇には、青い気球の形の盆提灯を灯した。
提灯にぶら下がったハート形の黄色いプラスチックの札には、おじさまの名前を書いてある。
お盆の間、おじさまはおかあちゃんが拵えたたくさんのお御馳走の前でひっそりと座っていらっしゃった。
帰ってきてからお話したのは鈴にお小遣いをくださった時だけで、本当に亡くなった人のように黙っていらっしゃる。
おじさまが立ち上がったのは、三回だけだった。
初めて動いたのは、帰ってきた日の夜の八時頃である。
ガタン、と大きな音がしたので鈴が跳んでいくと、おじさまはお仏壇の前で金色の毛を白銀にして総毛立っていらした。
跳び上がった時お仏壇の天井に頭をぶつけたらしく、左手で頭を押さえて棒立ちになっていらっしゃる。
見ると、吐き出し窓からアマガエルが入ってきていた。
このカエルの名前はカエ子と言う。
一昨日も先週も家の中にいた。
網戸が開いていなくても、どこからか入ってくる。
一度は鈴の布団の中にいたことがあって、しばらく気持ち悪くて布団に入れなかった。
おじさまはよほどカエルが嫌いだと見えて固まっていらした。
鈴は何気ない風で
「やあ、カエ子ちゃん、また来たの。お盆の間はお客をするから遊べないよ」
と言って、吐き出し窓を開けてやった。
カエ子ちゃんはしばらくきょろきょろしていたが、やがて面倒臭そうにのろのろと帰っていった。
横目でおじさまを見ると、ピンク色だった薄い唇が真っ白になっている。
鈴は気付かないふりで、台所へ帰った。
かわいいおじさまだな、と思った。
しばらくしてドアに隠れて覗いたが、おじさまはまだ立ったまま窓の外を見ていた。
二回目は次の日の昼前、おかあちゃんの妹の亜子ちゃんが訪ねて来た時であった。
おかあちゃんは日曜日に実家のお墓掃除に行ったけれど、亜子ちゃんはその日の朝お墓参りをして、帰りにおかあちゃんのところへ寄ったのである。
玄関で声がして亜子ちゃんが入ってきたとき、おじさまは立ち上がった。
うろうろして声のする方を気にしていたけれど、亜子ちゃんがおじさまのお仏壇にお参りに来たときはむっすりとして座っていらした。
三回目は、同じ日の夕方、パラパラと雨が降った時間であった。
やっぱり珍しそうにお仏壇の中で立ち上がって、吐き出し窓の上の空の雨を見ていた。
おじさまは雨の日が好きなのかなと鈴は思った。
それから少したって、長尾さんが
「お盆やけど」
と言いながら、地蔵盆の分担を書いた回覧板をを持ってきた。
この町の地蔵盆はド派手だ。
郵便局の角のお地蔵さんの祠に町中の人が持ち寄った花を飾る。
お地蔵さんには新しい赤い前垂れ掛けをして、ゴムで絞った赤い給食帽みたいなのも被せてあげて、太っ腹にお接待をするのである。
お婆ちゃんたちは家で作った無花果とか葡萄を、農協へ出す出荷箱に山盛りにして持ってきてお供えする。
それをお菓子やジュースと一緒に、お参りに来た人の袋に入れてあげる。
「ご自由にお持ち帰りください」と書いた紙箱には、ゴーヤや茄子が山盛りにされている。
お詣りに来た人は
「まあ、立派な茄子やなあ。そしたら一ついただきます」
と頭を下げて、それも持ってきた大きな白い巾着袋に入れる。
その時のお接待の当番が決まったので、回覧板を回しているのである。
夕方、阿良山に日が隠れると、おかあちゃんは山道を少し上ったところの、歩いて八分かかるお隣へ回覧板を持って行った。
鈴もリードをつけられて、てくてくと付いていった。
山とはいっても気温は三十度ある。
歩くと鈴の顔には熱風が吹く。
そこへ、今日はカラスがたくさんいてガアガア言う。
どうせ鼬の子供か何かを狙って悪さをしようと思っているのだろう。
スーパーの駐車場の側溝から鼬の子が出てくるのを何回か見た。
そろそろ親離れの時期だから、そこらで可愛いのがちょろちょろしているのだろう。
烏は意地が悪い上に警戒心が強く、自分と同じように黒い生き物をとても警戒する。
ある日あまり騒いでいるので鈴が門まで見に出ると、黒猫が前の畑を歩いていた。
鈴の背中の毛も艶のある黒色なので、おかあちゃんと一緒に散歩に行っているところを見つかりでもしたら、電柱の上で次々と鳴き交わして鈴のことを見張る。
本当に鬱陶しい。
途中から山肌の急な細い山道を二百メートルほど登り、土で踏み固めた階段を二十段降りるとお隣の庭へ出る。この小さな山越えをするとお隣の家へは早く行ける。
昼間なら、ここからは木の間に日本海が見える。
春の終わりに来た時には、畔草の緑に縁どられた水田が縦横に張られた硝子モザイクのように海まで光って続いていた。
お隣からおかあちやんの家の反対側へ降りるとすぐに大きな道へ出るのだけれど、そのあたりの家は茅葺きでもみんな上からトタンを張っている。
ところが、この家はまだ大きな煙出しのある茅葺き屋根のままである。
春には軒にイチハツの花が咲いていた。
家にはお婆ちゃんが一人で暮らしている。
鈴が行くといつも
「まあ、遠いところをお使いしてくれてありがとうね」
といって、干し芋やお餅を煎ったアラレをくれる。
だから偏屈な鈴には珍しく、きちんをお座りをしてお手の準備をした。
「まあ、利口なこと。お座りしたの。そお。利口なこと」
と言って、今日はまだ早い梨を剥いてくれた。
「私もあんたみたいな可愛い子と居たらいいんだけどね。もう命が足らんわな」
と言って、鈴のそこらじゅうを撫でる。
もうすごくお婆ちゃんなのに、優しい良いにおいがする。
上機嫌で家を出ると、まだ表で張り込んでいたカラスに「カア」とやられた。
驚いて門の前の側溝のグレーチングに前足を突っ込んだ。
脚の付け根までズズッと落ちて顎を打った。
最低だ。
おかあちゃんは、そうでなくてもひりひりする鈴の足を引っ張ったり摩ったりして
「良かったね、鈴。網がなかったら落ちてたね、あんなに水が多いのに落ちたら流されてたね。
やっぱりおじさんが守ってくれたね。
鈴、気をつけて歩かないと危ないぞ、って言ったのよ」
と言う。
鈴はイライラして、さっさと立ち上がって歩いた。
おかあちゃんは、おじさまを悪く言わない。
駐車場でバックして入ろうとしていたら後ろから来た車が入ってしまった時は
「横の車にぶつかるから、おじさんが止めてくれたのよ。」
と言った。
鈴はぞっとした。
おじさまは怖い。
スーパーで半額になっていた林檎を横から来た人に取られてしまった時には
「おじさんがもう年なんだから食べ過ぎに気をつけなさいよ、て言ったんだね。」
と言った。
菅原道真とか崇徳上皇って生きている時、一体どれほど人に嫌われていたのだ。
疫病が流行っても落雷があっても、全部自分のせいにされるなんて。
おじさまなんか、鈴を転ばせても「おじさんが守ってくれたね。」と言ってもらえるのだ。
そんなに力があるのなら、もっと助け様があると思う。
使えないおじさまだけれど、おかあちゃんの心の中ではヒーローである。
しかし、今日はおじさまは家にいることだし、今日という今日は鈴の腹の虫が収まらない。
息切れしながらおかあちゃんを引っ張って家へ帰った。
鈴はお仏壇の前へ直行した。
今日は話がある。
「鈴、転んだよ。
痛かったよ。
おかあちゃんが大きな林檎買えなかったり、鈴が転んだり。
おかしいよ。
そんなに何でもできるんなら帰って助けてくれたらいいのに。
おじさまは意地悪だよ」
鈴は泣き声になった。
「それはできないんだよ」
おじさまが言った。
鈴は顔をあげなかった。
お供えを置くたびにおかあちゃんは、リンを鳴らして手を合わせる。
軽く頭を下げて、もう一度深々と頭を下げる。
それからしばらくおじさまの写真を見て、ちょっと目をそらして宙を見て忙しそうに台所へ帰る。
おかあちゃんはおじさまがいてくれたらいいなあと思っている。
「おじさま、おかあちゃんに何か言ってあげたら」
と鈴は言う。
おじさまは黙っていらっしゃる。
十六日はまだ日が暑いのに、擦りおろしの林檎と備前焼の小皿に入れたミルクと高級ないい匂いのするおやつをお供えした。
手を合わせた後、おかあちゃんは寂しい顔でちらりとおじさまの写真を見る。
振り返った掃き出し窓の上半分の、透明な硝子から見える空がまだ青い。
おかあちゃんは鼻でふっと息をした。
いつも感情を表に出さないおかあちゃんが、怒った顔をしている。
おかあちゃんは縁から降りて、石板の上に苧殻を広げた。
緑色のライターで苧殻に火を点ける。
おじさまが掃き出し窓から静かに縁側へ出た。
苧殻火の傍でうつむいたおかあちゃんの髪の根元が白い。
おじさまがその横をすっと過ぎた。
後ろからのっそりと茄子の牛がついて出る。
牛に跨った時、おじさまはこちらを振り向いた。
そしてふっと笑った。
鈴はお手伝いが良く出来たのだと思った。
茄子の牛はゆったりと動き出した。
それから、おかあちゃんは西日の差している寝間へ入って長い間日記を書いていた。
薄暗くなって、畑へ明日のお漬物の茄子を採りに行った。
鈴はそっと日記を開いた。
「お盆も終わった。
朝夕は夏も終わりだなと思う。
お盆の間はいつもと違う写真を出しているせいかよく目が合う気がする。
仏壇のあたりの空気が違う。
今日の新聞の「今朝読む短詩」は、俵万智の麦わら帽子の歌だった。
俵万智に「今いちばん行きたいところを言ってごらん、行きたいところはあなたのところ」という歌がある。
私が行きたいのは彼のところ。
帰りたいのも彼のところ。
最期の一年ほどの看取りは、世の中にはこんなに幸せな暮らしがあるのだなと思う温かい日々だった。
毎日点滴をしていた彼はさぞかし大変だっただろうが「散歩ができないので弱ってしまうから」などと言って、よく抱いて景色の良いところを歩いた。
亡くなった後で、死ぬほど苦しいのに悪かったなと思った。
いろいろな所へ一緒に行ったけれど、見せてあげたかったのでなくて付いて来て欲しかったことに後から気が付いた。
いっしょに行けてよかったな。
楽しかったな。
夕風が涼しくなって、阿良山を越えて渡ってくる鳥の声や畑の花が変わった。
日に日に空の色が変わっている」
また、あのおませな女の子が悪戯をしておかあちゃんの日記を盗み読みしている。
おかあちゃんの掌に顎を乗せてじっとしているのを見た時にはなんと弱弱しい仔犬なのだろうと思ったが、お盆の間、進んでおかあちゃんの手伝いをする様子などを見ていると受け答えもしっかりしていてなかなか利発な子であった。
はるか下に、よく歩いた谷川に沿った杉林が見えてきた。
白いのは物置のトタン屋根だ。
あそこには、私が子供の頃使ったゲージがしまってある。
あの家はいつも色々な匂いがして、様々な音がする。
少しの間幸せな時間を過ごしたけれど、帰るということは常にはいられないということだ。
ポリスチレンビーズみたいな牛の背中は座り心地が良い。
天の川はまだ遠い。
少し眠ろうと思う。




