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優柔不断ゾンビの力


 「うぉうぉんっ!」

 「ケケッッ!」

 「ばろろろっ!」


 シンイチたちの葛藤も虚しく、ゾンビわんこたちは容赦なく襲いかかってくる!


 しかし次の瞬間、優ちゃんの目にも止まらぬ速さの蹴りが前方のわんこたちを粉々に粉砕してしまったではないか!


 「えいっ」


 優ちゃんが思い切り足を振り抜けば、辺り一面に衝撃波が広がる。その猛烈な破裂音に院内は揺れ、ドアは弾け飛ぶ。リノリウムには亀裂が走ってめくれ上がり、窓ガラスは砕け散っていく。


 後に残ったのはゾンビわんこたちの無残な合挽き肉だけだった。




 「え、これは……?」


 あまりの事態にシンイチたちは驚きを隠せなかった。




 その細身の体からは想像も出来ないような恐るべきパワー、まるでミサイル直撃弾だ。そしてそれは一度では終わらない。

 襲い来るわんこたちに優ちゃんはハイキックで、フックで、裏拳で立ち向かっていく。しかしもはや一方的な虐殺と言っても過言ではない状況だった。


 だがこの容赦のなさこそ優ちゃんが持つ力。

 優柔不断ゾンビこと優ちゃんの真骨頂なのだ!




 「あっ、シンイチ!あっちにもいるよ、やっつけてくるね!」

 「ちょっ、ええっ?!ゆ、優ちゃん!待って!」




 シンイチの制止も虚しく優ちゃんはどんどん奥へと突き進みゾンビわんこたちを次々と血祭りへとあげていく。

 もはやシンイチたちの出る幕なんてどこにもありゃしない!




 「おりゃー!」


 「ぷぎーっ」

 「ばるろろーっ!」

 「えいっ」




 だがその時であった!


 天井から機をうかがっていたゾンビゴライアスバードイーターがスキをついて急降下し、優ちゃんの首筋にするどい牙を突き立てたのだ!




 「うああ!優ちゃ……?」


 だがしかし、ゾンビゴライアスバードイーターは咬みついたまま動かなかった。いや、動けなくなっていた。


 優ちゃんの強靭なゾンビ皮膚とゾンビ筋繊維に阻まれたゾンビゴライアスバードイーターは、それ以上咬むこともまた牙を引き抜くことさえも出来なくなっていたのだ!




 「ん、ちょっとお腹すいちゃった」


 そう呟くと優ちゃんは首筋に取りついたゾンビゴライアスバードイーターを無造作に掴むと左右にぱっくりと開いて、ぷるんと垂れた腹の中身にガブリとかぶりついた。


 「むぐむぐ……んぐっ」


 毛虫のような体毛も何のその、優ちゃんはゾンビゴライアスバードイーターの頭を食いちぎり、堅そうな脚まで噛み砕いてバリバリと音を立てながら咀嚼していく。

その様はまるでワニやライオンが獲物を貪り食うかのようだった。




 「あ、ああ、優ちゃん……」

 「シ、シンイチ!見るんじゃない!」


 友人の男がシンイチの目を塞ぐ。

 だがシンイチはばっちりしっかりと見てしまっていた。




 少し腐っていても優ちゃんの愛らしさはまるで損なわれていない。

 しかし彼女の所業はその容姿に似つかわしいとは言えず……そう、彼女は間違いなくゾンビだった。




 「この子も食べちゃおーっと」




 逃げようとしていたゾンビオキノテヅルモヅルを引きずり倒し、べちんべちんと床へ叩きつけて柔らかくすると優ちゃんはおもむろに触手をちぎり、おやつを食べるかのようにぽりぽりと口に運ぶ。




 「ギギーッ、ギギ……ギ、ギ……」


 「あっ、この子はあんまりおいしくないかも」


 「……」

 「……」




 シンイチも友人の男も言葉を失う。

 目の前の光景をまだ信じられずにいたのだ。


 ……しかし、両者が胸に抱いた思いはまったく異なるものであった。




 「二人とも、どうしたの?」

 「あ、あの優ちゃん……」

 「ん?」


 シンイチの頭の中はある思いでいっぱいだった。




 ゾンビたちを食べて平気なのか?

 お腹を壊したりしないのか?


 人間を食べたくなったりはしないのか?


 そんな疑問はその強烈な思いにより次々と打ち消されていく。


 「優ちゃん、あの……か、かっこよかったよ、すごく……」


 ゾンビがこの世に現れる前のあの頃、シンイチが夢中になっていたアニメやゲームの中の超人やミュータント。


 シンイチはそういった憧れの存在に今の優ちゃんを重ね合わせていたのだ。




 「もー何言ってるのシンイチ、いきなりへんなのー!」


 呆気にとられた優ちゃんもまたすぐにいつもの調子に戻って見せる。まるでさっきの大暴れが嘘のようだ。


 しかしシンイチは優ちゃんの手を取ると、片膝をついておずおずと彼女の顔を見上げる。




 「……優ちゃん」

 「ん?」

 「俺とつき合ってください!」

 「え!うんいいよ!つき合おう!」


 優ちゃんはシンイチの告白に怯むことなく声を上ずらせる。絶望の世界に今まさに一つの愛が芽生えようとしていた!




 「優ちゃん!愛してる!」

 「わたしも!シンイチ!わあい!」


 「……」


 猛烈に抱き合って求め合い、イチゴ味の口づけを何度も交わすシンイチと優ちゃん。愛し合う二人を阻むものは何もない。

 二人の行く末に幸多からんことを願うばかりだ。


 ゾンビわんこも友人の男もそんな二人を見ながらただ立ち尽くすのであった。


 そして衝撃の実話を基に予期せぬ恐怖に襲われるサバイバル・ヒューマンドラマが今始まる!




 「シンイチ!おいこの野郎!なんでこんな時に優ちゃんとキスしてるんだよ!」

 「落ち着け。見せつけたりして悪かったな」

 「シンイチ!俺の女を探すって話はどうなったんだよ!」

 「落ち着け。覚えてるさ。とりあえずゾンビどもを一掃してここから脱出からしよう」


 シンイチは折り畳みのパイプ椅子を手に取ると両手でしっかりと構える。そうだ。彼の武器はショットガンではない。その不屈の精神と肉体こそがシンイチの最大の武器なのだ!




 「おるぁああっ!見てろ!こっちもダテに鍛えてないぜ!」




 迫るゾンビわんこの群れをパイプ椅子で殴りつけていく。その度に痛々しい音が院内に響いたが、そんなことを気にする余裕など今のシンイチにはない!


 そしてついに最後の一匹を殴り倒すとシンイチは周囲を見回して叫んだ。




 「こっから屋上に出られるぞ!」


 「いや何でだよ!別に屋上とか行きたかねえよ!」

 「おいおい、女ゾンビたちが屋上で日光浴してたらどうするんだ?悔やんでも悔やみきれないだろ」

 「ん?うんん~?いやまあ、うん……」


 「とにかく行こう!」




 シンイチたちは屋上への非常階段を駆け上がる。


 そこに待ち受けるのはいったい何か!

 優ちゃんを狙う愛と憎しみの運命はいかなる結末を迎えるのか?




 そしてたどり着いた屋上の光景にシンイチも友人の男も言葉を失うしかなかった。そこにはベンチとタンニングオイルがしっかりと用意されていたではないか!


 そう、シンイチの予想は正しかったのだ。




 「院長の趣味だったのかな?」

 「でも女はまったくいねーし、これじゃ意味がねーよ!」


 友人の男はタンニングオイルの蓋を開けて匂いを嗅ぐ。




 「これ期限切れてからだいぶ経ってんな」


 「シンイチ、こっちにバーベキューの道具が揃ってるよ」

 「ああ、優ちゃん、海に行ったらバーベキューしたいね」

 「バーベキュー!みんなでバーベキューしようよシンイチ!わたしお肉食べたいな!」


 「うん、わかってる。でも今は……」


 その時だった!


 屋上の鉄扉がばきんと吹き飛ばされ、巨大な何かがのっしのっしと屋上へ入り込んできたではないか!

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