ネズミの元楽園
私はドブネズミだ。この醜くとんがった鼻、薄汚い毛、気味の悪い尻尾。ネズミ目ネズミ科クマネズミ属、どういうわけか私はドブネズミだ。
カフカの変身を読んだことがある。あれは確か巨大な虫だったか。まあいい。家族とは同居していないし、あんな結末にはならないだろう。
さて、暗くて目が見えなかったが、次第に慣れてきて、もう少しで自分が今どんなところにいるかが分かりそうだ。
「………」
分かりたくはなかった。一面ネズミだらけだった。ネズミの死骸がそこらに散らばり、それにネズミ共が群がっていた。私はどうしようもなくて吐いた。私の吐瀉物にすら飢えたケダモノは群がってきた。悍ましいと、ただひたすらにそう感じた。
一刻も早く逃げ出したかった。よく見ると、隙間から微かに光が漏れ出ているのが見えた。
「しめた、あそこからなら」
はやる気持ちを抑え、ネズミ共を触らないように、触らないように慎重に進んでいく。私は人間であり続けたかった。
隙間からスッと這い出る。以前より3倍ほど優れた嗅覚で懐かしい匂いを嗅ぐ。十数年嗅いだ匂いだった。
「私の家か……」
あれほどネズミが居たとは、私が住んでいた頃には考えもつかなかった。人間に戻った時には、業者を呼んで駆除してもらおう。
と、そんなことはどうでも良く……とりあえず急に襲ってきたこの空腹感を満たしたい。ネズミはすぐに腹が減る。さっき吐いたのも大きいらしい。
キッチンへ行こう、そう思った時、気がついた。一体どこにエサがあるのか。私が作るのか?無理だろう。残飯は?そんなものはない。この前はゴミの日だ。冷蔵庫?開けられない。外に行こうにも玄関も窓も鍵がかかっているし、ドブネズミは壁を登るのが下手だ。トイレ以外の水道には金網をしているし、トイレも開けられない。どこにも行き場所はないし、食べ物もないのだ。
そして初めて合点がいった。ネズミだってタンパク質だ。アレはきっとそういうことなのだ。
ますます腹が減ってきた。生きたい、飢えを凌ぎたいという根源的欲求は際限を知らず強くなる。
私はついに巣へと戻った。




