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6.ロンドン、サロンでの講演(3)

「本当だわ……

 それにしても、こんな素敵な妹さんを亡くされて、伯父様もおつらかったでしょうね」


 レディ・キャロラインが言う。


「伯父へのお言葉、ありがとうございます。

 叔母がいなくなってしまったことは、私たちにとって、何年経っても本当に辛いことで……」


 セシーリアは眼を伏せた。

 涙ぐみそうになって、慌てて説明を続ける。


「叔母は、背がすらりと高く、健康的で活発な人でした。

 顔立ちは口と鼻は小作りで、髪は暗い茶色で巻毛。

 瞳はハシバミ色でした。

 正統派の美人とは少し違いますが、叔母独特の美しさがあって、いわゆる『個性的な美人』タイプでした。

 もっと若々しい服装をしてもいいのにと思うこともありましたけれど、特に会話に興が乗ってくると瞳がキラキラして」


 ジェインが面白がってからかってくる時の、あの眼差しを思い出して、セシーリアは微笑みを浮かべた。


「叔母の、女性としての名誉のために申し上げますが、叔母が生涯未婚だったのは、決して男性を惹きつける魅力がなかったわけではありません。

 20歳の時に一度婚約寸前までいき、27歳の時には年下の男性から求婚されたこともあります。

 相手の方たちは、後にそれぞれ立派な婦人と結婚されていますので、どこのどなたかという詮索はご遠慮いただきたいですが」


 20歳の時に婚約しかかったトム・ルフロイは、アイルランドで法律家になったと聞いている。

 27歳のジェインに突然求婚し、ジェインも一度は結婚を承諾したものの、翌朝、やはり無理だと断ったハリス・ビッグ=ウィザーは父の地所を継いで、スティーブントンやチョートンからそう離れていないカントリーハウス「メニーダウン・ハウス」で暮らしている。


 27歳の叔母が、いったんハリスの求婚を受け入れた理由はわかりやすい。

 ハリスと結婚しさえすれば、もし祖父が亡くなっても、自分自身だけでなく祖母やカサンドラに安定した生活をさせる見込みが立つからだ。

 ビッグ=ウィザー家とは長年家族ぐるみのつきあいで、ハリスの姉妹達はジェインの親しい友人でもあった。

 だが、結局、ジェインは断った。

 大柄で素朴な性格のハリスを男性として愛していなかったし、結婚したからといって愛せるとも思えなかったかららしい。


 叔母の人となりを伝え、作品の背景にある恋愛観を理解するには打ってつけのエピソードだ。

 しかし、相手の名を伏せても、調べようと思えばすぐにわかってしまう。

 他人の興味を惹いてしまうような詳しいことを、公の場で口にするのは不適切だ。


「さきほど、叔母の作品にはモデルがいないと申し上げました。

 エリザベスと叔母が似ていると言うと、結局自分自身をモデルにしたんじゃないかと思われるかもしれません。

 叔母の3歳上の姉、カサンドラは正統派の美人タイプで、真面目な人柄。

 叔母の冗談が行き過ぎたときはよくたしなめていました。

 エリザベスの姉、ジェインに似ていると言えば似ています」


 2組の姉妹は一見似ているが、決定的に違う。

 この点が一番、伝えたいことでもあり、伝わりにくいだろうと思っている点なので、セシーリアは聴衆を見渡して、間を置いた。


「21歳、まだ経験が浅い時に書き始めた『高慢と偏見』の場合、おそらくエリザベスとその姉のジェインの出発点は、叔母自身と姉のカサンドラだったのだと思います。

 ですが、ちょうど、柔らかい金属を鎚で叩いて叩いて、最初とはまったく違うかたちに作り上げていく鍛金加工のように、よりふさわしい言葉、よりふさわしい反応を求めて、幾度も幾度も加筆していくうちに、エリザベスと叔母は共通点はあっても、まったく違う人物になりました。

 『地味で内気なタイプの女性』とひとくくりに出来る女性が何人かいたとしても、それぞれ違う考えを持ち、同じ状況に対して違う反応をしますよね?」


 頷いている人もいるが、いまいち伝わっていない様子で首を傾げている人も多い。

 具体的に、ジェインとエリザベスが違う反応をするだろう例を挙げた方がよさそうだ。


「たとえば……

 もしミスター・ダーシーが叔母に求婚したとしても、叔母は断ったと思います」


「見た目が良くて、年収1万ポンドで、素晴らしい大邸宅マナーハウスも相続していて、邪魔な親戚は高慢ちきな伯母くらいしかいなくても!?」


 最前列の老婦人がびっくりして叫ぶ。

 思わず、みんな笑ってしまった。


「はい!

 叔母は、気取ったところのある人を特に面白がって、よく笑いの種にしていました。

 どんなに顔が良くてお金持ちでも、ミスター・ダーシーのような男性は、叔母にとっては遠巻きにして生温かく観察する対象で、恋の相手ではありません。

 そもそも、叔母は、あんな大邸宅の女主人になりたいと思うような人ではありませんでした。

 とても家庭的で、生活が変わることを好まない人でしたから。

 祖父がバースへの引っ越しを突然決めた時、ショックを受けた叔母は失神してしまったと聞いています」


 またどよめきが広がった。


「愛する家族や気心の知れた友人がいて、執筆する時間があって、できればお金の苦労をあまりしないで済めばそれで十分幸せ。

 女性の幸福は結婚にあるとは思ってはいましたが、愛せない人と結婚して、自分の心を殺して生きることは絶対にしたくないと考えていました。

 そして、エリザベスの最大の魅力である、向こう見ずな勇敢さは叔母には一切ありませんでした。

 エリザベスがミスター・ダーシーの求婚を真っ向から断るあの場面。

 あんなことは、叔母には絶対に出来ません。

 叔母とエリザベスは全然違う人間なんです」


 聴衆からため息が漏れた。

 どうにか、言いたいことは伝わったようだ。


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