5.ロンドン、サロンでの講演(2)
セシーリアは、叔母の家族構成、その生涯を説明した。
叔父のヘンリーが既に紹介しているので、ざっくりとで良い。
ただ、父エドワードがナイト家の養子になったことによって、ゴッドマーシャム近辺の人々とも縁が出来、ブリッジズ准男爵家にも幾度か滞在して、准男爵家の暮らしぶりをつぶさに観察する機会があったこと、祖父ジョージがバースでの引退生活を選んだため、バースで社交界の一端を垣間見ることができたこと、長い期間ではないがロンドンやサウサンプトンなどの都市にも滞在していたことは指摘した。
特にバースに住んだことが重要で、街の規模が小さい分、ロンドンほど階級によって訪れる場所がはっきり分かれておらず、「鉱泉飲用所」など人気のスポットでは大貴族から中産階級まで一緒になる。
ジェインならば、そうした場所で、さまざな人々をよく観察したはずだ。
また、ジェインの教養については、父ジョージの蔵書、ゴッドマーシャムの蔵書を自由に読むことができ、「女性向け」の小説や詩だけでなく、女性はあまり読まないような評論や歴史書なども興味の赴くままに相当量読んでいたとも説明した。
一番好きな作家は、散文ではサミュエル・ジョンソン、詩ではジョージ・クラップ。
ウォルター・スコットの作品は、詩も歴史小説『ウェイヴァリー』も高く評価していたと補足した。
「というわけで、『片田舎の牧師の娘』という言葉からみなさんが想像される生活よりも、叔母ははるかに幅広い経験をしていたのです。
もちろん、叔母はイギリスから出たことはありませんし、ロンドンより北へはほとんど行ったことはありません。
けれど、今度のお話を頂いてから、叔母からの手紙や私自身の日記を確認したら、こんなに頻繁に、あちこち移動していたのかと驚くほどでした」
なるほど、と聴衆は頷いてくれる。
「ところで皆様、叔母の6つの長編のヒロインで言うなら、叔母は誰に一番近い女性だったと思われますか?
お一人1回ずつ、挙手でうかがってもよろしいでしょうか」
来ました来ました!とばかりに皆が拍手をする。
「では、作品の発表順で行きたいと思います。
『分別と多感』、忍耐強く理知的なヒロイン・エリナーに近いだろうと思われる方!」
最前列の老婦人ほか、たくさんの手が上がった。
いきなり半数近い。
その数を数えながら、このまま残りの5作品で手を挙げてもらっていたら、肝心の数字を忘れてしまいそうだとセシーリアは気がついた。
焦っていたら、演壇の脇で座っていたマデレインがさっと出てきて、代わりに数えて手帳に書き留めてくれた。
さすがマデレイン!と、内心感謝して進める。
「次は『高慢と偏見』のヒロイン、エリザベス・ベネット。
叔母のヒロインの中では、一番活発で気が強く、ただ一人『玉の輿』に乗ったとはっきり言える女性ですね」
こちらは迷いながら、ぱらぱらっと挙がった。
サー・ウィリアムは、ここで手を挙げる。
「では、『マンスフィールド・パーク』のファニー。
金持ちの親戚に引き取られたものの、意中の男性は別の女性に恋をしている上に、自分は他の男性に興味を持たれてしまい、その男性と結婚するよう周囲から促されてしまう。
なかなか本当の気持ちを表に出せない、内気なヒロインです」
こちらは、エリザベスよりは多い。
続く『エマ』、『ノーサンガー・アビー』はさっぱりだ。
『エマ』のヒロインは恋のキューピッドを気取って周囲を引っ掻き回すし、『ノーサンガー・アビー』はゴシック小説に入れ込んだヒロインが頓珍漢なことをする作品だから、この2作を選ぶ人がいないのは当然だ。
「最後は『説得』。
ヒロインのアンは、19歳のときに海軍士官と恋に落ちて婚約したものの、親代わりの女性にその結婚は不利だと説得されて婚約を解消。
8年後に元婚約者と再会し、変わってしまった彼の態度に苦しみながら、少しずつ誤解を解いていく女性です」
残りの人たちが、一斉に手を挙げた。
レディ・キャロラインもここだ。
「『分別と多感』のエリナーが22名。
『高慢と偏見』のエリザベスが4名。
『マンスフィールド・パーク』のファニーが7名。
『説き伏せられて』のアンが12名ね」
マデレインが読み上げてくれた。
「概して、叔母は『忍耐強い女性』というイメージなんですね。
あ、レディ・マデレインご自身は?」
数えるのに忙しくて、手を挙げそびれていたマデレインに訊ねる。
「一番好きなのはエリザベスだけれど、ミス・ジェインに似ていそうなヒロインと言えば、やっぱりエリナーかしら。
観察力なら、エリナーが一番優れているように見えるもの」
「なるほど……
でも残念ですけれど、私たち、叔母を直接知る親族としては、叔母に一番近いヒロインはエリザベスなんです。
叔母は、朗らかで、ユーモア豊かで、厭なことや、がっかりするようなことがあったりしても、すぐに笑いに換えてしまうような人でした。
若い頃はダンスが好きで、お誘いさえあれば、何曲でも朝まで踊っていたそうです」
セシーリアは笑みを浮かべて聴衆を見渡した。
やはりイメージが違っていたのか、どよめきが広がる。
「私の言葉だけではなんですから、叔母が亡くなった時に一番上の伯父、ジェイムズ・オースティン師が書いた詩の一部を朗読させていただきたいと思います」
詩はすっかり暗記していたが、念の為ポケットから原稿を取り出す。
少し間を置いて、セシーリアは朗々と詩を読み上げた。
「美しい身体とさらに美しい精神が
彼女の中で結ばれていた
素早い想像と澄んだ良識、
決して人を傷つけることのない機知、
類なく温かい心臓、
穏やか、静かにして優しい気立て。
あわれな自然の欠点を見るに
彼女の心の目は敏く鋭く、
常に見張り怠らず
物笑いの種を捕捉するように思えたが、
友の感情を傷つけることは
ひと言も書かなかったし、
いまわの際に消してくれと願う
一行の言葉も書かなかった」*
静まり返った中、セシーリアは原稿を畳んでポケットに戻した。
「皆様、いかがでしょう?
機知に富んだエリザベスに、この詩が捧げられてもおかしくないと思いませんか?」
* ディアドリ・ル・フェイ『ジェイン・オースティン 家族の記録』(内田能嗣・惣谷美智子[監訳]・彩流社・2019年・pp.418-419)
誤字報告ありがとうございました><




