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2.ゴッドマーシャム、マデレインからの手紙(2)

 祖父には8人の子がいた。


 長男で、牧師になり、スティーブントンの牧師館を継いだジェイムズ。

 「身体が弱くて」──つまり障害があって他家に出されたジョージ。

 そしてセシーリアの父でナイト家の養子となったエドワード。

 さまざまな事業に取り組み、銀行を経営していたが破綻して、牧師になったヘンリー。

 海軍士官として活躍しているフランシス。

 ジェインの3歳年上で、特に仲が良かった姉のカサンドラ。

 そしてジェイン。

 フランシスと同じく海軍に入った末っ子のチャールズ。


 ジョージを除く7人の兄弟姉妹は成人してからも仲が良く、頻繁に手紙のやり取りをし、互いに助け合ってきた。

 海軍士官がヒロインの相手役である『説得』では、海軍士官同士の絆の強さや、家族とのかかわりが描かれている。

 ジェインは、フランシスとチャールズに読んでもらって、おかしいところがないか、チェックしてもらっていた。


 カントリーハウスが主な舞台となる『マンスフィールド・パーク』は、ナイト家の本邸「ゴッドマーシャム」での経験が活かされている。

 ゴッドマーシャムは、スティーブントンやチョートンからは160kmほど離れているが、ジェインやカサンドラもしばしば滞在していた。

 セシーリアが16歳の時、末の弟を産んだばかりの母が突然亡くなった後は、憔悴した父を助け、まだ幼い弟妹の面倒を見るために、ジェインとカサンドラが半年ほど滞在してくれた。


 『マンスフィールド・パーク』のヒロイン・ファニーは、美人三姉妹のうち、金のない軍人に嫁いだ末娘の子。

 子沢山で生活が苦しいからと、大邸宅マンスフィールド・パークを所有する大地主に嫁いだ伯母のもとに預けられるのだが、そこで「令嬢とは言えない、貧しい親戚」として微妙な扱いを受け続ける。


 このような格差は、実際にゴッドマーシャムにもあった。


 オースティン家とナイト家はもともと親戚で、先代ナイト氏とセシーリアの祖父ジョージ・オースティンは又従兄弟にあたる。

 子供のいなかった先代ナイト夫妻は、ジョージの三男であるエドワードが気に入り、跡継ぎとして養子に迎えた。

 セシーリアからすれば、ジェインもカサンドラも大好きな叔母なのだが、父はともかく、ナイト家の人々や准男爵ブリッジズ家の出だった母エリザベスと、牧師であるオースティン家で育った2人では、価値観や常識がズレているのかもしれないと感じることもあった。

 たとえば、叔母達は、使用人の手が足りない時は、自分で簡単な料理をすることもある。

 だが、セシーリアはしたことがないし、祖母の家に滞在している時でも、セシーリアは手を出すべきではないという暗黙の了解がある。

 家格と資産の違いは行動の違いを生み出し、行動の違いは価値観の違いを生み出すのだ。


 ジェインは、スティーブントンの牧師館の本も、ゴッドマーシャムの書斎の本も、歴史書や紀行、普通は女性は読まないような軍の組織を研究した本まで、読めるだけ読んでいた。

 フランス語はかなりできるし、イタリア語も少しできる。

 もともと鋭い観察眼を持つ人でもあるし、文才はもちろん豊かだし、ジェインほど知的な女性は、ブリッジズ家の女性達も含めて、この近在にはいないのではないかとセシーリアは思う。

 だが、ブリッジズ家は、良家の婦人としての振る舞い方や素養に不十分な面もあると感じていたようだ。

 ヒロインが准男爵の次女である『説得』では、家系と美貌を誇るあまり、ひどく薄っぺらい人間になってしまった准男爵と長女が戯画的に描かれているが、もしかしたらジェインはジェインで、ブリッジズ家の人々に思うところがあったのかもしれない。


 そして恋愛。


 結局、結婚しなかったジェインだが、「なにもなかった」わけではない。

 20歳の時に、ある若い紳士と婚約寸前まで行ったものの、互いに十分な資産がなかったために結婚は難しいと、相手の家族によって引き裂かれてしまった。

 27歳の時、家族ぐるみのつきあいがあった、年下の男性から突然求婚されたこともある。

 そしてもう一人、なにか結婚に発展したかもしれなかった出会いがあったらしいが、セシーリアは詳しいことは知らない。


 いずれにせよ、ジェインは男性にとっても魅力的な女性で、そのことを十分自覚していた。

 なんなら、自分に魅力があることを誇るようなところもあった。

 直接、自身の経験を小説に書いているわけではないが、「魅力的だが、資産の面から見ると好ましくない相手との恋愛」「強いられた別離と忍従」「不意打ちの、意に染まない求婚」などの要素は、ジェインの作品のあちこちに埋め込まれている。


 叔父のヘンリーの紹介文では、そのあたりのことはまったく触れていない。

 ヘンリーは、ジェインをひたすら清らかな、篤実で信仰深い女性として強調し、若い頃はダンスが好きで、ゴシップも大好きだったことなどは書いていない。

 恋愛については、相手も、相手の家族も存命なのだからうかつなことは書けないのは仕方ないことだが、あれだけを読んだらジェインの人となりを誤解されてしまうのではないか。

 マデレインとも相談して、ジェインがどのような女性だったのか、恋愛と結婚に関する考え方も含めて話すことにした。


※ジェインの手紙から、ジェインやカサンドラは料理をしていたと推定されている。一方、『高慢と偏見』には、ヒロインの母親ベネット夫人が、娘たちを立派な淑女として育てたと主張するために、「うちの娘達には料理をさせたことはない」と言う場面がある。

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