12.バース、路上にて
その後、セシーリアは昼食をごちそうになることになった。
昼食には、この邸宅の同居人で、ヘンリーに『説得』を勧めたジャクソン大佐とその妹も加わった。
ジャクソン大佐は「ジェイン・オースティンは偉大な作家だが、陸軍士官をもっと活躍させるべきだった」と暑苦しく主張し、陸軍士官がヒロインの相手役だったら、どういう小説になるか、陸軍あるある話で大いに盛り上がった。
2人の叔父のおかげで、セシーリアは海軍士官のめちゃくちゃな生態には詳しかったが、陸軍士官もなかなかのものらしい。
食後、サー・ウィリアムは、セシーリアにサロンでの反響について話すように促し、ウォルター・スコットにジェインの作品を褒められた話をすると、ヘンリーは自分のことのように喜んでくれた。
そろそろ辞去する時間となり、再会を約して別れる。
ヘンリーは馬車を呼んでもいいが、庭から降りられる川沿いの小道を下っていくと、案外早く中心街に出られると教えてくれた。
地図を見ると、20分ばかりで滞在先に着けそうだ。
天気も良かったので、セシーリアはサー・ウィリアムと歩いていくことにした。
パラソルをさして、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら歩く。
きらめく川はゆるやかに流れ、会話もゆったり。
時に途切れても、気まずさはなかった。
「そういえば、私のこと、大佐にどうお話されていたのですか?
なにか私のことを聞いたことがあると、おっしゃっていましたよね」
ふとセシーリアは思い出して、サー・ウィリアムに問うた。
「随分前、あなたがまだ19か20歳くらいの頃のことです。
州の晩餐会で、席次がどうのこうのと夫人達が揉めかけていた時、あなたがまわりにこういう場合はどうすればよいのかと、わざと少し声高に質問して、場を鎮めたのをお見かけしました。
正直に言うと、私が介入しようとしたら、その前にあなたが巧くやってくださったのです」
「ああ、あの時の」
そんなことがあった記憶はある。
サー・ウィリアムが、帰り際の自分を呼び止め、対応を褒めてくれたことも思い出した。
「それで、ミス・ナイトは、愛らしいだけでなく才知に富んだ女性だと、なにかの折りにヘンリーに言ったのです。
もちろん、叔母上とヘンリーに関わりがあったと知らなかったからそんなことを言ったのですが、ミス・ジェインの姪御さんはしっかり者らしいと、ヘンリーの印象にずっと残っていたのでしょう」
「それはまた、なんというか……」
セシーリアは苦笑し、サー・ウィリアムも苦笑した。
もしかしたら、なかなか結婚相手を決めない弟が興味を持ってくれれば、セシーリアを引き合わせるつもりでサー・ウィリアムはそんなことを言ったのかもしれない。
完全に逆効果だ。
それから、サー.・ウィリアムは、「しばらくチョートンの様子を見に行くのは、年長の妹さんに任せた方がいいのではないか」と遠慮がちに提案した。
カサンドラと顔を合わせるのは、辛いだろうということだ。
普段なら、チョートンには祖母もいるのだから、自分が行かなければならないと、ナイト家の長女らしく主張するところだが、セシーリアは素直に受け入れた。
意外なくらい、サー・ウィリアムはセシーリアに関心があったようだ。
長年自分を見てきたサー・ウィリアムが、今はカサンドラと距離をとった方がいいと言うのなら、たぶんそうした方が良いのだろう。
一番上の子が11歳になったという、サー・ウィリアムの子どもたちの話を聞いたりするうちに、二人はあっという間にセシーリアの滞在先に着いた。
セシーリアは少し困った。
送ってもらったのだから、自分の家なら「お茶でも」と誘うところだが、バースの親戚の家でそんなことをしたら余計な噂がぱっと広がってしまいそうだ。
「では、私はここで。
ミス・ナイト、しばらくバースにいらっしゃいますか?」
「ええ。
せっかく来たので3週間ほど、いるつもりです」
「私は来週にはロンドンに戻らねば。
でも、音楽会かなにかで、もう一度くらいはお会い出来そうですね」
「そうですね。
今日は、本当にありがとうございました。
大佐にも、よろしくお伝え下さい。
またいずれ」
二人はお辞儀をして別れる。
セシーリアは、なんとなく名残惜しく、玄関の前に立ったまま、ゆるやかな坂を下って遠ざかっていくサー・ウィリアムの大きな背中を見送っていた。
だいぶ遠くなったサー・ウィリアムが、不意にくるりと踵を返して戻ってくる。
セシーリアがまだ見送っているとは思わなかったのか、驚いた顔になると、どんどん早足になり、小走りになる。
セシーリアも、サー・ウィリアムの方へ足早に向かう。
玄関から数十メートル先のところで、二人は再会した。
「ミス・ナイト。
いつものように、そのうちお会いできるだろうと運まかせにしていては、次にお目にかかるのは随分先になってしまうかもしれません。
明後日、公会堂で開かれる音楽会にご一緒するのはいかがでしょう。
よろしければ、こちらにお迎えに上がります」
「ありがとうございます。
ぜひ、ご一緒させてください」
重々しく、サー・ウィリアムは頷いた。
「では、ミス・ナイト。
1時前に、お迎えにあがります」
「お待ちしております」
はにかみながら、2人は頷きあった。
その翌年、サー・ウィリアムは、セシーリアに求婚した。
二人は結婚し、セシーリアは先妻の子を育てながら9人の子を産み、天寿をまっとうした。
ジェイン・オースティンの作品は、長い間、一部の愛好者以外には埋もれた存在となっていたが、19世紀後半から徐々にその文学的価値が評価されるようになった。
彼女の作品、特に『高慢と偏見』は幾度も映像化され、中でもコリン・ファースがダーシーを演じたBBC制作の連続ドラマは今も人気である。
カサンドラ・オースティンら親族が遺したジェインの手紙は、研究の対象となった。
日本語でも、『ジェイン・オースティンの手紙』(岩波文庫)で、その一部を読むことができる。
お話はこれにて完結です!(後ろにジェイン・オースティンの簡単な年譜とおまけをつけていますが)
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
参考文献
ジェイン・オースティン『分別と多感』/『高慢と偏見』/『マンスフィールド・パーク』/『説得』(ちくま文庫)
※作品はちくま文庫の中野康司訳が圧倒的におすすめです。岩波文庫版は読みにくい…
ディアドリ・ル・フェイ『ジェイン・オースティン 家族の記録』(彩流社)
新井潤美編訳『ジェイン・オースティンの手紙』(岩波文庫)
J・E・オースティン=リー『ジェイン・オースティンの思い出』(みすず書房)
※ヒロインのセシーリアは、オースティンの姪・ファニー・ナイトがほぼモデルですが、だいぶオリジナルです。
※英文学素人につき、色々間違ってるかも…ご容赦ください。




