これからのこと
「ところで、今後の貴女のことだけれど。本来は聖女というのが発覚した時点で国に報告する義務が発生するの」
「......はい」
まあ、ですよねといった感想。
国に益をもたらすのが聖女なのであれば、それを知らせず自分の家族の中でだけ力を発揮する、なんてずるいということだろう。まあ、分からなくは無い。
聖女になり国に飼われるより、この家族に何かある方が嫌なので全て甘んじて受けようと思う。なにしろ、私の失態なのだから。
私がお母様の言葉を待っていると、次の瞬間足元に大きな魔法陣が現れた。
部屋に満ちた光が段々と収束していき、そこには聖精霊女王のエステル様が立っていた。
すぐに誰か察したのであろうお母様がその場に膝を付き頭を下げたのが目に入る。
いつもはお茶を飲むような仲だけれど、私も今この時はそれに倣って膝を付いた。
「顔をあげなさい。光の子、レインシア・ドゥール。そして光の子、イリスティア・ドゥール」
いつもの『近所の優しいお姉さん』という感じではなく、今日は『聖精霊女王エステル』としてここに来たらしい。優しいなかにも深みのある、圧倒されるような声が部屋に響いた。
顔をあげると、いつもの服より少し装飾のある白いドレスを纏ったエステル様がそこにいて、こちらを見て微笑んだ。
「私は聖精霊の女王エステル。そこなイリスティア・ドゥールへ加護を授ける者です」
「な!」「まあ!」
加護のこと初耳ぃ!!!
私の驚いた顔がさぞ面白かったことだろう、エステル様は満足気に笑みを深めた。
「イリスティアに聖女の素質があることは私がよく知っていますよ、レインシア・ドゥール。その上で言いましょう......秘匿なさい」
なんとエステル様は私が聖女になりうる存在だということを知った上で誰にも喋るなと言いに来たようです。
お母様は聖精霊女王陛下の仰せのままにと頭を下げました。
なんということでしょう。トントン拍子に私の都合がよくなっていきます。最高です。
お母様が頭を下げているうちに、エステル様へと口パクでありがとうございますと伝えておきましょう。あ、笑ってくださいました。
そんなこんなでお母様が私の秘密共有者になりました。そういえばそれだとお父様の扱いはどうなるのでしょう。
「あの、エステル様。他の家族へは......」
『それは私が答えよう』
突然男性の声が聞こえたかと思うと、今度は暗色の魔法陣が足元に広がり、そこから闇精霊王のシャドウ様が現れました。
「シリウス・ドゥールは闇の子だ。私がよく知っている。彼にも話して大丈夫だろう」
だ、そうです。
なんかもう色々びっくりしすぎて頭がとっちらかってます。あと、シャドウ様のお声は初めて聞きました。とても落ち着いた低いお声なんですね。
「お前の兄や姉も害にはならないだろう。......ではな」
それだけ言うとシャドウ様はサアアと音をたて砂が風に吹かれるようにいなくなった。
エステル様も、にこりと笑って淡い光になり消えてしまいました。
なんだか怒涛の出来事だったけど、兎にも角にも私はこのままでいいらしいようで……。
精霊王様がいなくなり立ち上がったお母様はソファに座り直し、肘置きに撓垂れ掛かる。
「なんだったのかしら?夢?」
「いえ私も見ましたよお母様」
その顔は疲れていて、今日これ以上なにかあるようなら倒れてしまいそうだなと思ったので大人しく部屋に帰ることにした。
そしてその夜、屋敷に帰ってきたお父様にも件の話をすると……。
「そっかー! だからイリスティアはこんなに賢いんだな?」
そう笑って私を抱き上げくるくる回した。
もっと驚くとかリアクションがあるかと思ったのでむしろ私が驚いた。
この家族は異物のはずの私を受け入れすぎではないだろうか? 少し心配になる。
私がどんな顔をしたらいいのか分からず困っていると眉間にシワが寄っていたようで、お父様は指でそのシワを伸ばすように撫でてくれた。
「私はそんなことより『ぷりん』というものを食べたかったなぁ……愛娘の初手作り……」
『そんなこと』って……。
なんだか重く悩んでいた私の方が馬鹿らしくなってしまって、私を溺愛しているのであろうお父様の頭を撫でた。
「次はお父様にも作りますね」
そう言うと、お父様は嬉しそうに笑って私を力一杯抱きしめたのだった。