私と母と思い出と
「テンセイシャ......」
「はい、イリスティアとして生まれる前の記憶が残っています」
今度は私から真っ直ぐ目を見て告白した。
彼女の瞳はやはり何を考えているか分からなかった。意味がわからないと呆れるでもなく、かといって困惑してる風でもない。
「ある者の人生が終わり別の者としてもう一度生まれ変わった者を私の記憶では転生者と言うのです」
「ああ、なるほど」
どうやら転生者という響きが聞き慣れないらしく、私の説明に納得したという頷きが返ってきた。そして、微笑まれた。
「ありがとう、きっとずっと言い出せずに辛かったでしょう?」
まさかの返答だった。
本当なら“じゃあ私のイリィはどこなのか”とか“それならお前は誰だ”とかなんなら“何を言ってるの気持ち悪い”までは想像していたのだけど......。
目の前の彼女は告白に対してお礼を言い寄り添ってきたのだ。
「えっ......と......気持ち悪いとか思いませんか?」
「なぜ?」
「なぜって......私は......」
貴女の望んだ本当の娘ではないかもしれないのに......
言葉が出かかって、出せない。喉で詰まっているようで、後悔だったり自己嫌悪だったり、どす黒いものがもやもやとお腹でくすぶっているようにも感じる。
私は変なことを言い出しそうな口へ、すでに温くなった紅茶を含んだ。
ちらりとお母様の様子を伺うと、そちらはそちらでじっと私のことを見ていてびっくりして変に飲み込んでむせた。
そんな私にあらあら大変と言いつつ慌てた様子もなくハンカチを渡し、背中をさすってくれた。
少し落ち着いた所で、もう一度お母様を見ると優しく笑っていた。真っ直ぐ私を見る青い目。とても綺麗で吸い込まれそうだった。じっと見すぎたのか、くすくすと笑われた。
「ねえイリィ、まだほんの少し前の昔話を聞いてくれる?」
...
...
...
「あれは、ある女の子が生まれた日のことよ。不思議な夢を見たの」
お母様の視線が懐かしむように遠くを見つめている。外から入ってきた風が長い髪を揺らした。
「なんだかフワフワしていて、とても心地いい場所でね? 奥に行けば行くほどいい香りもしてくるからついつい足がそっちに向かって歩いていたの。
でもふと誰かに手を掴まれて振り返ったら、輪郭がぼやけた人のようなものが後ろにいて、1人は私の手を、もう1人は遠くで赤ちゃんを抱いていたわ」
母の遠くにいた視線が掴まれたらしい手に移る。
なんだか輪郭のぼやけた人というものと2人いるというキーワード、私はその2人を知っている気がした。
「顔は分からなかったけれど、私を止めてくれた子が赤ちゃんの方を指さして『あの子を置いていくな』って言ったの。私も直感的に『私の子だ。戻らないと』って思ったら遠くにいる赤ちゃんの貴女と私の間に赤い糸が繋がってるのが見えて、それをずっと辿って行ったら目が覚めたの。
後々お医者様に聞いたのだけど、私は貴女を出産するときに気を失って、そのまま死にかけていたんだって。天の国へと向かうところだった私をあの子たちとイリィ…貴女が止めてくれたのよ」
最後まで聞いて、多分その2人は私をこの世界に送り出した彼らだとなんとなく合点がいった。転生するときの条件に『私を大人になるまで育ててくれる環境がほしい』と願ったことを思い出したのだ。
きっとあの二人が死にかけたお母様と私を助けてくれたんだろう。そう思うとじんわりと胸が熱くなった。
「まあ、夢の話だなんて信じられないかもしれないけど......」
お母様が困ったように微笑むものだから、手を握って首を振った。
だって、きっとそれは本当の話だと思うから。
「......生んでくれて、ありがとう」
前世の母親にも気恥ずかしくて言ったことがない言葉。言えなかった言葉。
目の前のお母様は、びっくりした顔をして、すぐに照れたように笑って思いっきり抱きしめてくれた。