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思い小屋 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「生きて帰れたら、結婚しよう」。


 これ、典型的な死亡フラグだといわれているよな。

 話す当人からしたら、決意表明なわけだし、口に出すことで現実にしていくための気力になると思う。言霊の力って奴か。

 でも、はたから見たら、それが叶わないだろうことを、心のどこかで察してしまうんだよなあ。どうして、俺たちは素直に言葉通りのことを期待できないのだろう?

 俺が思うに、心のどこかで他人の不幸を味わいたい欲が、深く根を張っているんじゃなかろうか。この世にいる人間の数が限られている以上、得られる幸せの量だって有限だ。

 相手が幸せであっても、自分が幸せになれる保証はない。ならせめて、幸せがこぼれていくのを目の当たりにすれば、そのこぼれた分を自分がすくえるんじゃないか……。

 そんな思いが誰に眠っているか分からないから、この手の心は胸にしまっておいた方がいいと、俺たちは教えられるのかもしれない。

 この秘め方に関して、ここんところ少し興味深い話を聞いてな。良かったら、聞いてみないか?

 

 ときは戦国時代。その領地では、毎年のように戦へ人々が駆り出されてな。えん戦気分があちらこちらの村にはびこっていた。

 しょっちゅうあることだ。ヘタに気負いたくないと、男たちは散歩にでもいくような心地で、家族へ別れを告げるようになっていく。対する女房も、「気をつけて」となじんだ言葉をかけて送り出していった。

 別れた瞬間は、それでもいい。でも時間が経ち、あるいは戦のさなかになって、「もっと言葉を交わしておけば良かった」と、悔いることがままあったとか。

 

 やがて戦を生き延び、代替わりをするころになると、万が一のための遺言を残すことが習慣になり始める。かつて流れてきた僧侶とその弟子たちの教えもあって、当時としては高い識字率を誇っていたかの村こそ、できたことだろう。

 しかし、残すあてのない者はどうすればよいのか。天涯孤独の者たちも、うちに秘めた思いのひとつやふたつで、収まるはずもなく。その思いを届けるべき相手は、遠いところにいて、会うことも向かうこともできない。

 

 そのような願いが集った結果、村人たちの手で「思い小屋」なるものが用意されたんだ。

 そこは、届けられない思いを吐き出すために作られた、小さな平屋。身寄りのない者が、戦に出るときや、この上なくさびしく、気持ちを吐き出したくなったとき。ここを使うことが許されたとか。

 一度に入れる者は一人だけ。先客がいるときは、その声や気配が届かないところまで離れ、静かに順番を待つのが作法とされた。

 いわく、


「届かぬ思いは、誰もいないところだからこそ、意味を持つ。それをそばで聞き耳立ててしまうのは、その思いを受け取ってしまうということ。

 望まぬ者へ届いた思いは、いずれ望まぬものを招く恐れがある」と。

 

 多くは空に言葉を浮かばせる告白だったが、中には小屋の端々に文字を刻む者もいたという。匿名であるならば、黙認される行為だったとか。

 最初は目立たぬ場所へ刻まれる言葉も、人が増え、時間が経つにつれて、壁や床を埋め尽くすほどになっていった。一度、タガが外れてしまうと、ずっとその場に居座り続ける者さえ出てきて、見張りが立つ必要もあったとか。

 

 だが、その込み具合も一気に終わりを告げるときが来た。

 誰が持ち込んだか分からない流行り病が、村中へ急速に広がっていったんだ。

 致死率、速効性、いずれもが段違いに高く、村人たちはわずか半月の間で、もとの人数の4割を切るか否か、というところまで追い詰められたらしい。その中でも寝込んでまともに動けぬ者も多く、看病にあたれるのは指で数えられるほどしかいなかった。

 その彼らがすがったのは、件の思い小屋だった。これまでの時間、彼らはいかなる寺社よりもずっと、ここへ足を運んでいたんだ。自然、彼らの信仰も集まることになる。

 

 このころ、多くの人は小屋の中へ入らず、外で告白を終えることが常になっていた。

 なぜなら小屋の中が、あふれんばかりの思いの言葉で埋め尽くされてしまい、もはやつま先を入れるだけでも、誰かの願いを踏みつける有様になっていたからだ。

 その時も、彼らは小屋の回りにかがり火を焚いて、それを囲うような形で手を合わせ、一心に祈っていた。

 中で一人になれない以上、自分の思いもまた、内に秘めておくべきもの。彼らは黙したまま長い時間をかけ、思い小屋に自分の願いを吐き出していったんだ。

 

 それから二か月が経って。

 いよいよ村人たちも2割に達しようというところで、件の思い小屋に異変があったんだ。

 先の祈りより、誰も近づかないようにしていたはずの小屋。その内側から、人の気配がするらしいんだ。それも一人ではなく、大勢の者が。

 賊でも入り込んだかと、村人たちは手に手に武器を持って、小屋の近くへと集まっていく。

 確かに小屋の中から人の気配がする。しかし聞こえてくる声は、何ら意味を成すものでもない、喃語だったとか。

 

 そう認めたとたん、小屋の壁も屋根も内側からぼろり、ぼろりと崩れていき、這い出てきたのは、たくさんの赤子だったんだ。

 文字通り、山を成すほどいた彼らが、どうして長い間、人の目に触れずにここにとどまり、生きていたかは分からない。しかし、崩れ散った思い小屋の木片たちのいずれにも、所狭しと刻まれたはずの願いの言葉は、こそりとも見つからなかったとか。

 育てられた赤子たちは、やがて戦が終わった後の新たな代として、再び村を盛り立てていったとのことだよ。

 


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