姓はアリゾナ、名はこいつ
「撃ってこないですね」
そう言って最初に沈黙を破ったのはシャルだった。
右腕の腋下と喉元から血を流し絶命した男と、胸部に二発、頭部に一発分の銃創を受けた男。
計二名の物言わぬ肉塊の近くに積み上げられた工業機械の残骸の横で、三人は姿勢を低くしていた。
「結局偵察に寄越したのはこいつらだけだったし、籠城戦か……?」
「中にあの子がいる以上大きな動きはできないし、その可能性は十分にあり得るわね……」
十数メートル前方、室内に設けられた階段の先にある十数畳程の部屋を見つめながら三人は言葉を交わす。
こちら側に向けられた二つの窓のカーテンは閉められ中の状況を伺い知る事はできないが、定期的に三人の様子を確認するように僅かに隙間を覗く視線があった。
「もう面倒だし閃光手榴弾でも投げ込んでみるか……?」
「……!!」
まるで「何言ってんのよ!」と言わんばかりに、呆れ半分怒り半分の様子でメイはリジーの頭を叩いた。
「……そうしましょうか」
悪戯をする前の猫のような表情で二人の様子を見ていたシャルは呟く。
「やりましょう」
発言に対しリジーが突っ込むより早くメイは即答した。
その手中に収めた、グレネードポーチより取り出した閃光手榴弾のピンを抜く素振りを見せながら。
「わー!わーー!!冗談ですよ!その物騒な物を仕舞ってください!!!」
早口でそう言って、心底慌てた様子で閃光手榴弾を持つメイの手を両手で包み込み静止を行うシャル。
「待遇が違う」と心底不満そうな表情でリジーがメイを睨みつけていた。
「―――!!ご、ごめんなさい……シャルの言う事だから本気だと思って……シャルの役に立ちたかったから……」
自身の手にシャルの手が触れている事に対しての羞恥か、メイもまた心底慌てた様子で俯き、顔を赤らめながら告げた。
「シャル。こいつはお前のいう事なら冗談でもなんでもやろうとするから二度と同じマネするんじゃねぇぞ」
「そうですね……肝に銘じます」
呆れた様子でシャルへ忠告するリジーに対し、焦りを残しつつ謝罪をするようにシャルは呟いた。
「メイ。貴女は十分に役に立っていますし、私は仲間を利益で測った事は一度もありません。貴女は私にとって欠かせない存在なんですからもう落ち込まないでください。私は貴女の事を―――――
失態に落ち込む様子を見せるメイに対し、シャルは優しく微笑みながら告げる………も、唐突に何かを感じ取った様子で言葉を途切れさせた。
シャルの視線の先、件の窓にカーテンの隙間からこちらの様子を伺うホルヘの顔が見えたからであった。
「……そういう事ですか。リジーの言った籠城戦という仮定はやはり正しかったようですが…彼はあの子という存在以上に、ある確証があってこうして私達と対峙しているようです」
彼に逃げるという選択肢は存在しない。
彼らにとってもあの子は保護対象であり、それを連れながら彼女達と闘う事は論外だった。
また、緊急で招集した応援の数では彼女達を殺すことはおろか傷を負わせる事も不可能だろうとすら彼は考えている。
そこで彼の取った籠城戦という選択は、あの子を盾とする事で最強の優位性を発揮する。
銃撃から爆発物まで、あらゆる攻撃の可能性を排除する鉄壁。
彼女らがあの子を狙っているという前提が必要であったものの、攻めあぐね物陰から動かぬ彼女達を見て彼の持ったその懸念は払拭されていた。
最初彼はそうする事で彼女達の撤退を目論んでいたが、その優位性は彼の脳裏に一つの閃きを産んでいた。
「Joder......あのガキが強襲してきたって聞いたときゃあ聖母に祈る準備をしようかと思ったけどよ、しらねぇうちに追い込まれてやがったのはあいつら自身の方だったみたいだな」
「目先の利益ばっかおっかけっからこういう事になるんだぜ……」
窓越しに視線を交わすシャルとホルヘ。
最初にその顔に笑みを浮かべたのは後者であった。
「リジーとメイはここで待っていてください。あの子には私一人で挨拶をしてきます」
話の区切りを知ってか知らずか、「待って!」と言わんばかりにメイがシャルの手を取り動きを静止させる。
「さ、さっきの話の続きは……?」
◇
「よくノコノコ入ってこれたな。クソガキが……おまえさん一人で来たってことはよ、今更詫びにでもきたって事か?」
彼の言ったそのガキと知り合ってどれほどの月日が経過しただろうか。
時間を重ねる毎に彼女の前では消え失せつつあった彼の掃除屋としての姿がそこにはあった。
「相手が私達でなかったらよく出来た作戦だったと思いますよ」
両手を上げ、降伏の様子を見せながらこの部屋へと立ち入った彼女は開口一番、その顔に笑みを浮かべながら彼へとそう告げた。
事務所内、ホルヘを含め彼女へと銃を向ける計6人もの男たちは困惑する様子を見せながらも憎悪を露に彼女を睨みつける。
「とうとうイカれたか?おまえがやべぇ腕をもってやがるのは知ってるがよ、状況を見ろよ。これ以上お前に何ができる?」
小銃を支えていた手を広げ、「自身に向けられた銃口の数を数えろ」と言わんばかりに彼は彼女へ告げた。
「あの子で形成された防御の優位性。狙撃手組が見当たらず、その視線がこの部屋に届かないのは明白。事態の長期化と悪化を私達が受け入れる筈も無く勝負を仕掛けてくると……貴方はそう確信したんですね」
「この人数とこの密室なら誰かが殺られたとしても先に私達を殺し切れるとも……」
その返答として、彼女は彼の思惑を推理する。
結論を言ってしまえば、彼女の推理は当たっていた。
彼女らの活躍を一番近くで見守っていたからこそ理解した彼女らの実態。
どこまでも強欲な彼女達が、嗅ぎ付けた利益の臭いを捨てる筈がないと。
それ故に、利益を追い求める余り彼女らは自身らにとって不利な状況を生み出してしまったと、ホルヘは確信していた。
恐怖の裏でプライドを傷つけられ続けた憎悪を晴らせると、心の内に笑みを浮かべて。
「恐怖?降伏?野生を生きる獰猛な肉食獣が捕食対象である餌を恐れ、涙を浮かべながら許しを乞うとお思いですか?どこまでも強かに強欲に傲慢に……捕食者として此処に貴方達全員の臓物を並べて証明して差し上げます」
肩をすくめ、その顔に邪悪とも言える不敵な笑みを浮かべながら彼女は告げる。
彼女の瞳は深淵のように、闇より深い虚ろを覗かせながら彼を見つめていた。
「撃て!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼女の話を聞き終えた彼は僅かな間を空けてその表情に怒りを浮かべた。
弾かれた弾丸。
強く引き絞った筈のトリガー。
連続した炸裂音を響かせ、目前に佇み笑う生物を無数の肉片に変える筈だった未来。
そんな幻想とは裏腹に、その密閉された空間に反響したのはたった一回の轟音であった――――。
否、それは、極限まで重なり合った六発の炸裂音―――。
瞬きすら許されぬ時間の切れ目、事実として起こったであろう出来事は、この密室を漂う霧のように濃い硝煙が証明していた。
咽る程の黒色火薬の臭い。
その空間で唯一一人佇む彼女の腰元で握られた回転式拳銃。
発砲の証明をするように、その銃口から天井へと残滓が昇っていた。
「貴方もよく知っていたじゃないですか。私、誰よりも早く命を刈り獲れるんです。聖母みたいだって、皆さん仰ってたじゃないですか」
その得物を腰に提げた革製のホルスターへ戻した彼女は憐れむように、床に転がった肉塊を見下ろして呟く。
「あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!!!JОDER!!!!!MIERDA!!!!!!ちくしょう!!!!!!!指が!!俺の指が!!!!!!!!!」
たった一人。
ホルヘだけがその身体に命を残し、己の指があった筈の場所を抑えて叫び、痛みを訴えながら悪態をついていた。
「・・・」
哀愁の篭る笑みを浮かべてその様子を見た彼女。
彼の足元に彼の身体の一部と共に転がる小銃を一蹴して部屋の隅へとやると、負紐から提げたもう一方の得物を片手に取った。
銃声
再度発せられた轟音は彼の大腿部へと向けられ、大きく穿たれた傷口を抑えて更に大きく彼は阿鼻叫喚の叫びを上げた。
硝煙を払うように歩みを進める彼女。
彼の様子を横目で流し見ながら通り過ぎ、彼女は部屋の隅に置かれたベッドの前でその足を止めた。
「こんにちは。また逢いましたね」
< 調査報告書 No.6 >
氏名: ???
愛称: ???
性別: 女
年齢: ???
出身: ???
役割: ???
銃器: P30L
戦闘: ???
特徴: 白人, 栗のセミロング, 金眼
注意: 最重要捕獲対象