Search & Destroy
再び目が覚めた時、私はまたベッドの上にいた。
長い夢が覚めたのだと告げる私の脳の予測を否定するように、目前に広がる見覚えのない天井。
薄汚れ、ひび割れたコンクリートの灰色。
ゆらゆらと揺れる灯りが僅かに影を残しながらその表層を照らし出していた。
「こ……こ…は……?」
独りで居るのが怖くて、私は誰かの存在を確認するように告げた。
カチャ―――
ベッドの枠組みに繋がれた鎖が小さく音を奏でる。
その身を起こし、周囲の状況を確認せんと動き出そうとした私の身体を、それは静止させた。
右手首に繋がれた金属製の手錠。
斑点状の錆びを僅かに浮かせながらもしっかりと、強固に私を拘束するそれから逃れる事を諦めるのに、時間を要する事はなかった。
「なん……で……」
少しずつ自分の置かれた状況を把握しつつあった私はその表情に焦りを浮かべた。
その手錠に触れようと左腕を動かす。
思ったように動かない、いや、動かしにくい左腕に違和感を感じた私はすぐに視線を左腕へと向けた。
ベッドの傍に佇む金属製のスタンドに吊るされた輸液容器。
点滴筒からクレンメと連なり、深々と左手首に突き刺さった針。
何か固い物と共に布でぐるぐる巻きにされたそれらを見た私は焦りの裏で若干の安堵を得ていた。
断片的に残る記憶の片隅、自身の命を奪わんと身体を焼き付けた自然の脅威。
呼吸も、己が流した汗でさえも己の生命活動を否定するあの灼熱地獄。
一見した景観と、繋がれた手錠がどれだけ不気味な印象を与えていようと、ここがあの場所でない事は確かであったからだ。
カサカサと、まだ僅かに乾燥の名残りを見せる指同士を擦り合わせる。
それらが現実であった事を確認した私は再び左腕に視線を落とすと、更に高ぶる安堵感に大きく息を吐いた。
少なくともここに私を拘束したであろう何者かは、私が死ぬことを望んでいないからだ。
「ようやくお目覚めか」
扉の開く音。
そう告げながらこの部屋へと入室した一人の男が私へと視線を向ける。
服で隠れていない顔、手足、おそらく全身にタトゥーが彫られた大柄な男だった。
低い重厚感のある声と隠しきれない乱暴さの残る動作は私を非道く怯えさせるのに十分な威圧感を発していた。
「あな…たは…?ここは…外国……?」
未だ渇きを覚える声で私が最初に彼へと発した言葉はそれだった。
「外国…外国か。はは、たしかにおめぇさんからしてみればそうだな。今はそんなもんほとんど曖昧だがよ」
「………?」
私の発言を嘲笑するように、男は答える。
対して私は怯えた様子で男の発言を理解しようと思考を巡らせるが……いくら考えたところで疑問が浮かぶばかりであった。
「サンタ・ソンブラ。サンタ・ソンブラだお嬢ちゃん。聞いたことないか?俺ぁそこでちょっとした厄介事の掃除をやらせてもらってるモンでな、エル・ホルヘっつーんだ」
「お嬢ちゃんの名前はなんつーんだ?」
ニヤニヤと、不敵な笑みを浮かべながらも彼は彼なりに精一杯丁寧に答えてみせた。
対して、私は男が話す全ての事柄に対して腑に落ちないでいた。
聞いた事の無い名前、合点のいかない隠喩、胸の内に在り続ける認識の相違。
そして、男が問うた自身の名前さえも、私は思い出せないでいる。
「私…私は…わかりません…。名前もなにも……」
それが自身の身に降りかかった時、不安が一気に心を蝕むのを感じた。
己が何処で生まれ、何をして生き、何が好きで何を嫌うのか。
なんという名で呼ばれ、いくつの時を経てここにいるのか。
ここが何処で何故私はここにいるのか。
私は、何者なのか。
幾つもの思考や不安が脳裏で渦巻き消えていく中で、私は一つの感慨を浮かべた。
それはまるで――映画みたいだと――――
施設の搬入口から内部へと侵入した三人。
先頭を往くリジーにメイとシャルは続く。
車のパーツや資材、生活用品等が乱雑に積み分けられた山を避け、縫うようにリジーは進んでいく。
搬入されて新しいブツを仕分けるヤツや、何かしらの用でこの搬入口へと訪れたヤツを目視するや否やリジーは躊躇なく得物を弾いた。
状況を察し慌てて己が持つ得物を向けようとする者、別室に応援を呼びに行こうと駆け出す者と反応は様々だったが、リジーを援護するようにメイがそれらの背中を撃ち抜いた。
弾いては倒れ、弾いては倒れる。
斬って撃って組み伏せて、周囲の壁を、物を、生物を塗らす真っ赤な鮮血はその圧倒的な戦力差と悲惨さを物語っていた。
潜入を謳いなるべく迅速かつ静かにこの惨殺を繰り返したものの、限界は近かった。
室内に反響する発砲音はもちろん、暗がりを照らす閃光や肉から零れる僅かな断末魔と衝突音を抑える術はない。
施設内に居るであろう他数名の動向に違和感を感じ始めた頃、シャルは口を開いた。
「ここら辺が限界ですね。やっぱり室内だと特に消音装置も響く」
「上々だろ。奇襲段階で逃げたヤツに応援を呼ばれるのは防げたしな」
「そうは言ってもリジー、詰めが甘いっていつも言ってるでしょ」
炸裂音。
胸と頬から空気を溢し、涙を目にしながら空を仰ぎ見て途切れ途切れの呼吸を繰り返す男の頭部をメイが撃ち抜いた。
虚ろな眼差しで躊躇い一つなくその男の最期を看取ったメイは得物の弾倉を引き抜き、己が身に着けたプレートキャリアの弾嚢から新たな弾倉を手にして取り換える。
親指でスライドストップを弾いたメイはもう一方の手で得物のスライドを僅かに後退させて装填状況を確認した。
「あーあー、優しいんだか怖ええんだか。どうせ助かりゃしないんだしアレならほっといてもいいだろ」
「万が一があるでしょう!私やあなたならともかく万が一虫の息で反撃されてシャルが撃たれたらどうすんのよ!」
「はは……」
拳銃を持つ手で頭を掻き、反省の素振りを見せずに表情を歪めるリジーと、鬼の形相で怒りを露にするメイ。
いつもの光景を目にシャルは苦笑いを浮かべた。
「それでよ、残りの敵とあの子はどうすんのさ」
膝を曲げ、メイが止めを刺した男のTシャツで刃の血を拭うリジー。
すっくと立ちあがり、手に持つ拳銃のマグを半分程度まで引き抜いて残弾を確認した彼女は問うた。
「直接ここの状況を目にはされていませんが間違いなくバレていると思います。相手にホルヘがいるのならそろそろ応援を呼ばれる頃でしょう」
「この先向こうから接近してくる敵は皆、それを経て状況確認に来た方だと思います」
顎に手を当て、僅かに考え込んだシャルは虚空を見上げてそう告げた。
「メイの無人偵察機の情報とここまで来た情報から推測するに、この先の廊下を挟んだフロアの内側階段上、個室の事務所辺りがクサいと思います」
「このままさくっと残りを片づけてあの子と一緒に脱出しましょう」
くるっとその場で回るようにリジーとメイへ振り返る彼女。
笑みを浮かべながら人差し指を立て、推測を立てて二人へと提案した。
「ってことは、ホルヘも殺っちまって構わないってことだよな?」
「………」
目つきを変え、確認するようにリジーはシャルへと問うた。
メイもまた先程の空気とは異なり、口を噤んでシャルの返答を待つ。
「ええ。ここに居るあの子と私達以外は全員敵です。索敵殺害、目に入った者は例外無く即座に射殺してください」
いつかの言葉が嘘のように、シャルは不敵に笑みを浮かべて言い淀む事無くそう告げた。
< 調査報告書 No.5 >
氏名: ???
愛称: シャル
性別: 女
年齢: 18
出身: ???
役割: 分隊長
銃器: Winchester M1873, SAA Frontier
戦闘: 近中距離戦闘
特徴: 白人, 黒のウェーブショート, 黒瞳
注意: 彼女の視野に入り次第、一切の動作を禁ずる