行動開始
「搬入口前の二名を目視。いつでも撃てるよ」
マイクに手をやり、そっと呟くようにサツキは告げた。
麻薬組織サンタ・ソンブラの支配する麻薬ルート上において中継地点を担うその町、サグラダ。
中心地から外れた教会跡地の尖塔に二人は居た。
真剣な眼差しで得物のスコープからターゲットとする男二名の頭部を捉えるアイリスと、その横で単眼鏡を通して動向を伺うサツキ。
先の荒野でのやり取りから数時間が経過し、照り付ける夕日は少しずつその地に影を伸ばしていく。
メイの無線傍受により件の少女がこの地に移送された事と、ホルヘがこの街であの男とコンタクトを取る事が判明していた。
彼らは近くの鉱山に付随した貴金属の加工工場らしき建造物を拠点に、この地から多くの麻薬を運び出している。
過去に関わった依頼により既に内部の構造を把握していた彼女らはメイの無人航空機による偵察を行った後、軽いブリーフィングを経て今まさに行動を開始せんとしているところであった。
「hm...あの程度の数ならコソコソしなくても正面突破しちゃってもいいんじゃないの?あの三人なら難なく行けると思わない?」
「行けると思うよ。あの工場内部にいる10数名程度ならね」
「Which means...?どういうこと?」
「あいつらの応援到着後の人数とあの子を連れて渡り合うのはキツいと思わない?」
「Ah, I see...あーね!」
尖塔の上、鐘の無くなった鐘楼に寝そべりながら二人は言葉を交わす。
得物のグリップを握りスコープを覗き込んだまま、今か今かと伸ばした人差し指を上下させるアイリス。
今一つ理解の及んでいない好戦的な彼女の疑問をサツキは淡々と解消していた。
「だから今回は出来る限り発見を遅らせるっていう意味で隠密を選択したんだよ」
「それに……」
「いつ発見されようと相手が何人だろうと、私たちがやることは変わらない。完全に別動隊として動く以上、予定が大きく狂い易い部分は共有しないって言うのがルールでしょ?」
「Yeah, つまり銃撃戦する可能性も完全には捨ててないってことね!」
「ざっつらいと。そういうこと」
目を輝かせながらアイリスは笑みを浮かべた。
件の少女の救出作戦兼、あの男への接触を目的としたこの作戦は至って単純なものだった。
斥候として内部へ潜入する三人の攻撃を合図に、外側に見える見張りをアイリスが排除する。
敵からの発見を可能な限り遅らせつつ排除を行い、あの子を攫って戦闘地域から脱出するというもの。
見張りの排除と脱出の為、別動隊として任務を与えられた彼女らに戦闘開始後の三人の具体的な動きは共有されていない。
先のやり取りにもあった通り、それはこの部隊における規則であった。
動向が予測できない、大きく予定が崩れ易い状況下において作戦を固めすぎたが故に生まれる想定外の出来事とは、適切な判断を遅らせる要因に成りかねないからだ。
まして、言ってしまえばそれは二人にとって関係の無い事。
サツキも言ったように三人がどういう結果を生もうと、彼女らのやることに変わりはない。
「私たちは私たちの仕事を全力でやるだけ。いつも言ってるでしょ?もちろん、あいつらの無事と成功を祈ってね」
「ほら、そろそろ動き出すよ!」
「Trust me, 準備できてるよ」
遠く離れた視界の先で三人が行動を開始する。
それを見たアイリスは「待ってました」と言わんばかりにその得物を弾いた。
消音装置により圧縮された筒音が一回...二回...と響き渡り、その音の先で真紅の華を咲かせる。
僅かな衝撃、響いては消える炸裂音と閃光、手動で排莢された.300ウィンチェスターマグナムの薬莢が4つほど高い音を奏でた時―――
既に二人の姿は見当たらなかった―――
施設の搬入口、駐車した二台の貨客兼用車を目視した三人は十数メートルほど離れた位置に建つ車両用ゲートの傍で身を潜めていた。
「ほんとに今日あの男と連絡とると思うか?」
別動の二人が位置に着く前、リジーは小さく疑念を呟いた。
それを聞いた二人はリジーに目をやり、メイはやれやれといった表情を浮かべた後に彼女を睨んだ。
「今聞かなくてもいいでしょ!」という声にならない叫びを抑えるメイの肩を叩くシャル。
「もし今日彼らが連絡を取らなかったとしても問題ありません。今回彼が使用する端末の周波数さえ分かればいいんです」
あの男はサンタ・ソンブラの内部でさえも尻尾を掴ませない。
重要な外向きの要件以外では普段から姿や居所を隠し、内外の敵から身を護る為に慎重に立ち回っていた。
それは彼女らでさえ対面以外では接触した事が無いほどで、組織内において連絡を行う際は指定の時間に指定の端末を用いる事を徹底する程であった。
一度用いた周波数を再利用する事も無く、ころころと移り変わる端末の数さえも計り知れない。
あの男と連絡を交わすにはこうして事前に知り得た情報を基に、その端末を強奪する他方法は無かった。
「その為にわざわざ一回泳がせたんだな」
「なるほど」と身振り手振りで理解を示したリジーは告げる。
未だ怒りが収まらない様子のメイを他所に、リジーを見たシャルは口元に笑みを浮かべた。
だが、リジーの疑問も最もだ。
彼らが今日連絡を取り合うとは限らない。
リジーの抱いた疑問はその先にある私たちがあの男と連絡を交わす事にあったが、問題は言葉そのものの方。
エル・ホルヘとあの男が連絡を交わすという機会はあの男が設けた定期連絡の一環に過ぎないだろう。
実際にあの男から連絡があるのは今日?明日?明後日?10日語……?
それまでの期間あの少女を匿い逃げる事にどれだけの利益があるだろう?
……と、そこまで思考を巡らせた彼女はこの疑問を一蹴するように内心微笑んだ。
己の直感が告げている―――
あの少女からはとてつもない利益の匂いがすると―――。
<< 搬入口前の二名を目視。いつでも撃てるよ >>
そして、時が来た。
サツキから発せられた準備完了の合図に三人の目つきが変わる。
先程の空気とは打って変わり、三人の視線は目先の標的へと向けられていた。
僅かな沈黙。
自身の持つ得物の装填を確認したり、心の内で再度作戦と状況の確認を行ったりと、各々が各々の方法で覚悟を決める。
そうして、列となった三人の最後尾であるシャルは目前のメイの背中を叩き、それに続く様にメイはリジーの背を叩いた。
作戦行動開始の合図だ―――。
素早い動きでリジーは二人を残して物陰から飛び出した。
それでいて足音一つ立てず、獲物に飛び掛かる豹のように軽やかに。
目前で佇みゲートを護る男の持つ小銃を片手で抑え、もう一方の手に握られた刃でその喉元を切り裂いた。
次いで彼女は血を吹き出し崩れ落ちる男の身体を払いのけ、開いた手で自身の腰に提げたCQCホルスターから消音装置の着いた拳銃を引き抜くと、一部始終を目撃していた搬入口近くの男二人へ向ける。
最初の男が地に落ちる音と同時に発せられた小さな筒音。
状況を理解する間も無く、片方の男の胸部と眉間に穴が穿たれた。
刹那、彼女が銃口を向けていないもう一方の男の頭部にも風穴が開けられた。
着弾に遅れて響く僅かな筒音の残滓。
別動隊として動くアイリスの狙撃はその差僅か1秒にも満たぬ程精確に男の命を摘んでいた。
地面に横たわり血と肉を滲ませる3人の男達。
得物から排莢された2発の薬莢をナイフと共に手中に収めたリジーは、拳銃を持つ手で二人へと手招きした。
< 調査報告書 No.4 >
氏名: 早月 - さつき
愛称: サツキ
性別: 女
年齢: 17
出身: 東部
役割: 機関銃手, 工兵, 運転手
銃器: 5.56mm機関銃 MINIMI, 9mm拳銃 SFP9
戦闘: 中距離戦闘, 分隊支援
特徴: アジア人, 黒のミディアムショート, 黒瞳
注意: 爆発物・奇襲厳禁、決して後を追わない事